六、
「これとこれを一つずつ。あ、これも貰えますか?」
「あ゛いあい。たぶん五十センくらいでず。あ、おまげでず」
プリムさんが、謎の触手いっぱいで中身がまるで見えない系生物から謎のお野菜を安値で買い取る。
出店のような適当な板張りの店の中、蠢く触手生物。俺は色々とカルチャーギャップのようなものを感じながらも、プリムさんが重そうに抱えていた荷物を受け取る。
宣言から日を跨いで一日。俺は浮遊島の様子を見たくて、プリムさんの買い物を手伝いついでに、色々と案内してもらっていた。
無理ですだとか、恐れ多いだとか、荷物を持つ度に言ってくる様は、少し微笑ましいものがあると同時に落ち着かない。俺ってばそんな偉い人間じゃないからさ……あ、今は魔王か?
プリムさんは荷物を俺に渡してから、謎の触手生物と歓談しながら、最近の野菜の出来などを聞いている。
ほぼ人間の俺に脅えて、この謎の触手生物に物怖じしないのは、何だか理不尽にも感じた。
「ブリムざん。まだぎてぐたざい。お゛野菜作っでまっでます」
「はい。ジョボッチさんのお野菜は美味しいですから、お願いしますね」
触手生物の触手を笑顔で手に取るメイドさん。すごい光景だ。
世が世なら、これを題材にハートフルな十八歳以上プレイ禁止ゲームが作れるのではないか。
などと、現代的な思考を抱える俺の手を引いて、プリムさんは次々に店を案内してくれる。
薬屋、雑貨屋、よろず道具屋、飯屋に八百屋。服飾専門店に占い屋。
店の内容が被っていたり、雑多だったり、もう何でもかんでも扱っていたり。
その無軌道さもまた、この島らしくあるんじゃないかと思った。
「どうでしたか、魔王様。浮遊島の街並みは」
一回り、必要な雑貨と食料品を買い込んで、休むように座ったベンチでプリムさんがそう問いかける。
街と言うよりは集落か村という程度の規模だが、なかなか活気があって悪くない。
そして、面白いことにショップを営んでいるのは、ほぼ全て魔物だった。多種多様な魔物が思い思いのままに店を作って、気ままな経営を行っているのだ。
唯一、一朝一夕ではいかない鍛冶屋のみ人間が経営している。
寡黙な職人気質のいかめしい親父が店主の、雰囲気のある店だった。のだが、浮遊島のまとめ役であるプリムさんには頭が上がらないようで、強面の親父が、へこへこしている様は何とも不思議な感覚を覚えた。
「どこもかしこもモンスターばかりですね」
「人間が少ないのもあります……。全体で十人前後ですからね。魔物の方は、既に百人ほどになりますが……。びっくりされましたか?」
「いやあ、本当にモンスターと人間が共存してんだなあって……。実際、半信半疑だったんですけど、まあ見て回って嘘偽りは無いんだなあって安心してたところです」
「流石に魔王様を騙すメリットは我々にありませんし……」
いやいやという感じで手を振ってくるプリムさんに、俺は「まあ、そうですよね」と曖昧な言葉を返しておいた。
流石に、会って一日、二日の相手を全面的に信用する気は無い、が……。
ここまでの触れ合いも含めて、心情的にはカリンやプリムさんを信用したいと思う気持ちはあるので、角が立つような言葉は心の中だけに留めておいた。
時に、面と向かって信用ならないと伝えるのも一つの腹の割り方だとは思うが、まあ今この場ですることではないだろう。
打算や思惑。実に人付き合いには余計なファクターである。
だからと言って、それを投げ捨てるのはとんでもない。疑うこともまた人には必要なのだ。
「通貨は同じセンなんですね」
まあ、疑ってばかりでは話は進まない。俺は先ほどから気になっていたことを訊く。
「あ、はい。基本は物々交換もアリとしているんですが、共通通貨を持ってる人は優先的にそっちを使って貰うようにしてます。でないと、人間の街に買い出しに行く時、色々と面倒な手間が増えますから」
「ああ、まあ価値がわかり難いですからね……物々交換だと」
「そうなんです……魔物の皆さんも価値の概念はわかるんですが、価値観が我々と似ているとは限らなくてですね。一時期、お金が浸透するまでは本当に大変でした。今でも若干相場は適当で、まあ浮遊島内部だけならそれでいいのですが……」
プリムさんの重苦しい溜息がその苦労を感じさせた。
さて、センとはこの世界の共通通貨である。
くすんだ金色のような色合いをした、直径三センチほどの円形のコインがそれである。
ゲーム時代の説明では、モンスターを倒した場合、モンスターの身体の基幹となっている魔力が形を成したまま残るので、それを加工し貨幣としているということだった。加工に関してはいわばフレーバーテキストだったので、即座にお金は手に入っていたのだが。
まあ概ねこの異世界でもそれは同じらしく、襲ってくるモンスターを倒してお金を手に入れようという安直な利益をぶら下げて、魔物退治を促進している。
とは言え、勿論その残ったもの――この世界の人間は魔脊と呼んでいる――がそのままお金にはなるわけではない。この辺りはうまく出来ていて、貨幣を発行している国家運営ギルドに渡して換金という形でお金に変えるということになってるわけだ。
モンスターを倒して即ゴールドゲットとはならないわけである。
交換レートはその時々の物価や貨幣発行数などで操作され、まあどうにか現状の貨幣体勢は成り立っているようだ。
また、魔脊は武器や防具に直接加工してしまうことも出来る。お金に困らない人間には別の選択肢があり、そういった加工を行うために莫大な資金をつぎ込むのもアリだ。
ちなみに俺の勇者時代は、莫大な資金をゲームから引き継いでいたので、そういったこの世界での恩恵は話半分以下くらいにしか知ることなく、ノンストップで魔王をしばきに行った。
(しかし、そう言った別の用途にしても貨幣的要因によるインフレーションの根本的解決にはならんのだが……。NPCのいないこの世界で、どうやって増えすぎた貨幣を回収しているのやら……)
本来であれば、増加し続ける通貨とそれに依って発生するスーパーインフレに対抗するため、冒険者達の資金を消費させるコンテンツを運営側が用意するものだ。プレイヤー達が相互に関わらない場所で使わせることによってゲーム内通貨をどんどん消化し、貨幣インフレに歯止めをかけるわけである。
この世界の経済が破綻していない以上、それらと同じ貨幣を回収するプロセスがこの世界にもある筈。
しかし、ゲームではない現実において、一度流出した貨幣を効率よく回収する手段など思いつかない。
それこそ|神様(運営者)でもいて、金を吸い上げプールする場所でも無い限りは。
そこまで考えたところで、何か軽い衝撃を感じた。
肩を叩かれたようで、溺れかけていた思考の海からなんとか顔を出す。
「どうされたんですか。魔王様。難しい顔で突然考え事をされてましたけど」
心配そうに顔を窺うプリムさんに、俺は慌てて「何でもない」と答えた。
「あー、いや。今後のことをね。世界征服するなら考えないといけないこともあるし」
これは本当。
なるべく人間側のシステムを壊さないようにしながら、うまくこちらの資金繰りが出来る体制を早急に整える必要がある。
そういう意味では金の流れを掴んで隙間に入り込むべきだろう。
そこで思いつくのがやはり貨幣の回収プロセスだ。
ここに食い込むことが出来れば、金の異常な流れを俺達側でも一部操作することが出来、かつ人間側のシステムに著しい影響を与えずに資金とすることが出来る。
「あー……どっかに無いかねえ。お金のプール」
「は、はあ? お金のプールですか。魔王様ほどの方ともなると、変なものに入りたくなるのですね」
プリムさんが想像してそうな意味では無いんだけども、まあ何か和んだからヨシ。
「あー、魔王様っす。さぼりっすかー? だめっすよー、ぷーぷー」
「こら、リンリン。こんにちは魔王様。浮遊島はいかがですか?」
散歩でもしていたのか、レグナとリンリンが俺達を見つけて歩み寄ってきた。
この二人は初回といいセットで動いてるな。仲が良いのは良い事だ。
「二人は仲が良いんだな」
「そうっすよー! レグナがいないとわたし死ぬっすからー、ぷーぷー」
「あ、もうこら、じゃれつくな! 取り込むな! この娘とは、生まれた場所が近くで、まあ腐れ縁なだけです」
不定形のリンリンが身体をぐにゃぐにゃにしながらレグナに抱き着き、愛情を精一杯にアピールする。
うむ、本当に仲が良いなこの二人は。
「照れ隠しがヘタだと思いませんか、魔王様」
「ああ、いいかプリムさん。ヤツのような娘っ子のことを、昔住んでいた国の言葉では『ツンデレ』というのだ」
「ツンデレ……不思議な響きです。確かに、レグナさんからは、そういった響きが似合うオーラを感じます。ツンデレフクロウの称号をお与えしてもよろしいでしょうか」
「許すッ!」
「違いますからッ! 勝手に人をなにかよくわからない枠組みに当てはめようとしないでくださいッ!」
「うにゃーん……レグナとくっついてるとあったかくて溶けるっすー」
「溶けるなッ!」
俺は能天気なスライム娘と、色々と世話焼きなフクロウ娘、お役立ちメイドさんの会話に、顔を綻ばせた。
こうして会話をしていると、魔物と人間という壁をまるで感じない。普通に人と人とが輪になって会話しているだけという印象すら受ける。
ゲームをプレイしていた時、彼女達――リンリンとレグナは間違いなく、プレイヤーがアイテムと経験値、お金を手に入れるために、ただ殺されるだけの存在として作られた、ただのNPCだった。
俺が勇者となってこの世界に来た時も、その印象は無くならなかった。
こちらが何もしなくても敵対して向かってくる。倒せばアイテムが手に入る。メリットを考慮して殺さない選択肢が無いだけ。人間とは違う生き物。ただのアイテムボックス。
今、こうして話している二人を、そうして見ることは出来ない。
「ああ、もう……! リンリン! あなたがポーションが欲しいっていうから付き合ってあげてるんですよ! ほら、魔王様達に迷惑をかけないうちに行くわよ! それじゃあ、魔王様。私達は行きますね」
どろどろと腕に絡みついてくるリンリンを、力づくで引っ張りながらここから離れようとするレグナに、俺はそういえばと声を掛ける。
「レグナ、お前の得意魔法ってのはなんだ? 風か?」
「えっと、すみません。実は私は光と闇の魔物なので……空は飛べますけど風の魔法は……」
「光か……わかった。ま、侵略の時は存分に活躍してもらうぜ。期待してるぞ」
「はぁ。まあ、その、ご期待に沿えるように頑張りますが……」
「あー、ずるいっす。魔王様魔王様。リンリンもすごい活躍するっすからねー、期待しててくださいっすよー。あれ、でも何すればいいっすかレグナ?」
「あーもういいから行くわよ!」
ずるずるとリンリンを引きずりながら、レグナが意地と根性で去っていった。
俺とプリムさんは頑張れと手を振る事しか出来なかった。全くもっておバカ娘の世話も簡単ではない。
長年連れ添った相棒だからこそ出来るお世話と言えるだろう。
「さて、魔王様。そろそろ時間も良い頃合ですし、カリン様のところでご飯に致しましょうか。その前に、見て頂きたいものがあるんですけれどよろしいですか?」
「お? まだ何かあるんですか? 外周部とかはもう特に何も無いって話だったですけど」
浮遊島は中央に街を置き、その周りの外周部は畑や加工場などの仕事場を雑多に広げている。
生活エリアは基本的に中央の街に集約しているので、無理矢理外を見る必要はないだろう。とはプリムさん自身の弁だった。
「見せたいものというのは、この浮遊島の心臓です」
***
「うわああああああん、魔王様ぁぁ、元魔王様がいじめますーッ!」
まるで狙いすましたかのように、カリンの家まで歩いてきた辺りで、扉から家主のキツネ耳娘が飛び出してきた。泣きながら俺に飛びついてくる。
十四、五歳ほどの外見のわりに育ってるところは育っているので、感触が、その、なんだ。
最高です!
「いじめてねーよ。ただ本を取ってきてくれって頼んでるだけだろうが。五分に一つ」
「それ端的に言っていじめだよな」
「そんなことはねーよ。オレが本気を出せば、何から何まで全て頼むぞ」
「もうこの元魔王様ったら本当に王様なんだから……!」
元魔王は、力をほぼ全て無くしても王様でした。
長く王と言う座にいると性格が捻じくれるもんなの?
「お前ももう力とか無いし魔王でも無いんだから、周りと仲良くすることを考えろ。な」
「ハッ、冗談。魔物はすべからくオレ様にひれ伏し、人間はオレ様に這いつくばって許しを請え。それが自然の摂理だ。神の描いたストーリーだ」
「聞こえんなァ?」
「やめろォッ! 人を子ども扱いするかのように高い高いするのはやめろォッ!」
肩の下に手を入れて持ち上げてやったら、すごい嫌がってくれた。
まあ実際、前の姿に対して見る影も無いくらいに子どもになってしまっているので、本人も子ども扱いされると自尊心が傷つくのだろう。
とは言え、不和を起こされても困るのでここは徹底的に嫌がらせをして上下関係を叩き込みたいところだ。
「流石、魔王様の前には元魔王様もたじたじですね! ふんす!」
「カリン様が偉ぶる必要性は全くありませんからね」
「まあ、いいや。お前らも一緒に浮遊島の心臓部見に行こうぜ」
「あれを見に行くのですか! あれは凄いですよぉー。なにせ、このカリンが見てもちんぷんかんぷんですからね」
それは多分、主に君のおつむが足りてないせいかな。
「では、行きましょうか」
プリムさんの後に続いて、なだらかな丘陵の起伏部を回る。カリンの家の裏手まで来たところでプリムさんは立ち止まった。
「案内と言ってなんなのですが、ここです」
丘陵の内部へと続くように取り付けられた鋼鉄の扉。
プリムさんがその扉に手を掛けると、その仰々しい造りに反してすんなりと扉は開いた。
中は多少暗いものの、足部に小さな明かりが点々と灯っているため、歩くのに支障はない。スロープのように斜めに下るような道になっているのが、多少厄介だが。
プリムさんに導かれるまま歩き続けると、やがて視界が開けた。円形状の広間。機械的な仕掛けが様々施されてあるが、中央の『それ』は原始的に台座に嵌っているだけだった。
巨大な発光する石というべきだろうか……、『それ』は点滅するような発光を繰り返して、あたかも浮遊島に力を定期的に送り続けているような雰囲気を醸し出している。
いや、ような、ではないのだろう。これが正しく浮遊島を飛行させているものの正体。
「この巨大な浮遊石から得られる力を台座が吸収して島全体に巨大な浮力を発生させている。……とのことです」
「周りの機械類はなんですかね?」
「私も詳しくは……カリン様の話と残されていた資料かせすると、後付けされたものは確かなのですが」
「そうです! 昔々、何も知らないわたしにラブ&ピースの精神を教えてくれたお友達がつけました!」
「と、あまり要領を得ないものの、そういう感じでして……」
「いや、まあ機能がわかってるなら今は深く追求するつもりはありませんけどね」
後付けされてそうなものは、台座に更に力を供給するために繋がる台座。
その他に、外部へとチューブで繋がる台座がある。
「それは大丈夫です。浮遊石の台座へと繋がるものは、階層を移動させる際に必要な浮力を補充したり、浮遊石の魔力が減り過ぎた場合に補充するための装置です。こちらは何かしら魔力が込められたものであれば、何を台座に設置しても大丈夫でした。
もう一つ、外に繋がるものは浮遊島を動かすための風を発生させるための装置ですね。これを使うには、風の力を持つ魔脊を用意しないといけません」
「あれ、この島って一応動いてますよね?」
「普通に吹いている風の影響も受けますので。舵が無いので、完全に流されるままになってしまうというのが難点ですね。この台座から発生させる風は、装置のスイッチで完全にコントロール出来るので、目的地がある場合はこれを使わないといけません」
つまり、七層の中央都市を目指すなら使えということか……。
俺が、「じゃあ」とばかりにスイッチに手を伸ばそうとしたところを、プリムさんが手を掴んで止めた。
「……魔王様。純粋な風の魔脊の塊は高いということをご存知ですか」
「……もしや……」
ドッドッドッドッという効果音が聞こえそうなくらいに、真に迫ったプリムさんの表情が俺に切実なものを訴えてくる。
それは――――。
「既に魔脊はこの台座にはまっている分一つしかありませんから、大事に使って下さい。お金は首です。お金が無いのは、首が無いのも同然なのです。何をするにしても、維持費がかかることなどはゆめゆめお忘れにならないように……」
お金が無いというのは辛いことなのだ……。
「サ、サーッ! 大切に使います! マジで!」
元商人の威圧に押され、俺は即座に頷いた。
金銭的な問題を解消する為に今から動く訳だが、その前に浪費をしていいという理屈にはならない。
まあそれは仕方がないことだ。
地図を見ながら最短距離と方角を正確に調べるとしよう。
そうこうしていると、プリムさんが、「では」と息をついた。
「ところで、今日のご飯はあらためて二人の魔王様の歓迎もこめまして、ハンバーグでよろしいですか?」
「や、やりましたよ魔王様ッ! 奇跡の晩餐です! カリンはハンバーグが大好きなのですが、月三くらいでしか作って貰えないのです!」
「うん、良い子にしてたら俺の半分分けてあげるから……」
「や、やりましたよ元魔王様ッ! 奇跡の晩餐がカーニバルです!」
先ほど散々に小間使いにされて泣かされたと言うのに、カリンは全くそんなことも忘れて元魔王の手を取って飛び跳ねる。
カリンの勢いに、元魔王もたじたじだ。
「お、おう……よくわかんねえけど、すごい嬉しそうだな。そんなに美味しいのか? ハンバーグって」
「至宝です! 人間が生み出した究極のレシピです!」
「そ、そうか。じゃあ楽しみにしておくか……」
好きな食べ物を目の前にぶら下げられ、狂喜してはしゃぐカリンを先頭に俺達は家へと戻った。