五、
「ごめんなさいです魔王様、今ある武器はこんなものしか……」
方針を定め、動き出すことを確定した今、俺に足りないのはまず装備だ。
カリンの家の隣の倉庫を漁り、なんとか見つけたのは古ぼけた黒い鞘に納められた平々凡々な剣だった。
カリンが鞘から抜いて差し出してきた、大した手入れもされてないロングソードを見つめながら、俺はため息を吐いた。
アイテムを目視しながら、ウインドウを開いて確認して、またため息を吐く。
【***ロングソード+】
●攻撃力・10~15
●付与/スタン・0.2秒
付与ひとつというと、もう下の下も良いところ、店売りよりマシ程度の品である。
そも最初の街に売ってるような装備品がなんであるのよ……。ここ腐っても最深部なんだから、もうちょっと良いアイテム置いといて。
とは言え、人懐っこい子犬のようなカリンに八つ当たりするのも、ただただ可哀想なだけだ。
俺はそれを微笑みながら受け取った。
「まあ問題ない。武器があるだけマシだよ。ものは考えようだ」
「うう、お優しいです魔王様。感動のあまり今日の晩御飯の献立を忘れてしまうほどです」
「エルダーとかつくほどのモンスターなのにこの有り様で、俺はお前のことが超心配」
「そうでしょうか?」
「父性に目覚めそうなレベルでな……」
なまくらのような剣を鞘に納めつつ、嘆息した。
「ここにおられましたか。魔王様」
プリムさんが丘の上にあるこの家まで道を登ってやってくる。
用事を頼んでいたのだが、さてどうなったのやら。
「どうだった、プリムさん」
「ええ、問題無く。すぐカリン様の家に来てくれるとのことです」
「おし、まず一手」
「片方はカリン様以上におつむがちょっとアレで、もう片方は頭がよく優秀な方なのですが、ちょっと難も……」
頼んでいた用事は、『七つ色』で戦闘などを行える人材の捜索。
まあ難があるくらいは乗り越えて見せよう。今からやるのは人類や魔物、魔王などという枠組みを越えた……そう世界への"反逆"なのだから。
***
「ぷあーい。どもー。わたし、スライムのリンリンっすー。あれ? なんの用事でしたっけ」
「新魔王軍に招致されたのよ……どうも魔王様、ナイトアウルのレグナと申します」
軟体でしっかりとした人間の女性体を作っているスライム。
背中に翼を持っている以外は、人間の女性ほぼそのままといったモンスター。
リンリンとレグナと名乗った二人は、緊張した様子も無く適当に二人で駄弁りながら、俺を前にしている。
レグナは横に広がる平たい耳をピクピクと動かして、興味津々な顔を俺に向ける。
「あ、あの魔王様。元勇者だと聞いていますが、ほ、本当なのですか……?」
眼鏡を指で押し上げ、眼をくりくりとさせている様は、確かにフクロウそっくりである。
「うむっ! 俺こそが魔王を七体一気にぶちのめした今回の勇者様だ。まあ今は魔王だから、安心してくれていいぜ」
「かっこいいっすーぷーぷー」
「興味深いですね……人が魔王になるだなんて」
リンリンが泡を吐きながら囃し立て、レグナは相変わらず好奇心が飛び出している。
なるほど、頭の弱い子と我も忘れて自分の興味を優先してしまう子か。
下手に扱えない子(作戦を理解してもらえるか不安的な意味で)と、扱いに困る子のタッグとは……しかし、戦える部下無くして進むのは無理だ。
ま、まあ、ほら、うん。部下がいるだけで全然違うって言うしね。
「こらっ、リンリンにレグナ! 魔王様に失礼なのですよ!」
「そんなことないっすよ、ねえー魔王様ー」
「ああ、もうほら離れなさいよリンリン。魔王様も困ってらっしゃるから」
スライム特有のぽよんぽよんの身体を押し付けられると、なんかちょっと良い気持ち。
「と、取り敢えず、二人ともよろしくな。これから先の大きな目標のためにも、戦力としてアテにしてる」
「はいっすー。まかせるっすよー。ところでアテってなんっすかね?」
「この娘のことは放っておいてください……。はい、私の魔法で必ずや勝利を」
リンリンは狙ってアテには出来んが、まあレグナは大丈夫だろう。問題らしい問題も、好奇心が強過ぎること以外は特になさそうだしな。
「おい、そんなことよりいいから早く進めろよー。オレは会議するって聞いたから来たんだぜー」
元魔王が机にだらけて突っ伏しながら、俺へとヤジを飛ばした。
会議室代わりに客間を使っていることも忘れて、二人の品定めに集中し過ぎたか……。
気を取り直して、俺はみんなを見渡せるように地図が張られた壁際へと移動した。
俺を含めて、たった六人の魔王軍。さて、この六人で何が出来るかはまだ未知数であるが、やるしかない。
みんなへと向けて、俺は言葉を口にする。
「よし、じゃあみんな揃ったところでスパッといこう」
切れる手札が少ないのに守りに入るのは、ジリジリと死にゆくだけだ。
手札を増やすためには、時に無謀でも攻めなければならない。
まあ、無謀にさせるつもりも無い。
俺がいる。
「取り敢えず、収入を手に入れる為に、七層で一番大きい人間の街を攻め落としまッすッ!」
七層の地図に記された街。その中でも七層の中心――流通を一手に担う大都市に向かって、俺は手を振り下ろすのだった。