四、
俺はカリンの家の屋根に立っていた。小高い丘の上、島の象徴のようにある家は、島を一望するのに丁度いい。
景色を眺めながら、プリムさんが簡単にまとめてくれた書類に目を通す。
一悶着はあったものの、どうにかこうにか、今俺の腹の中では世界征服をしてみるという方向性が固まりつつあった。
問題は本当に色々あるのだが……。更にあれから増えたし。
思い出しても頭が痛い。
***
「ほ、本当ですか!! 魔王様!!」
カリンが飛び掛かって俺に抱きついてくる。はは、やめろよ、嬉ションは勘弁だぜ?
子犬系モンスターの頭を撫でながら、俺は鷹揚に頷いた。
「ああ、やるって言ったらやる。この剣に誓おう」
俺は……腰に差してあった剣の柄が無いッ!?
「? 剣なんて無いですけど」
「最上位のネームドモンスターを云千体狩り尽くしてついに手に入れた神付与の剣が……無いッ!?」
ていうか、装備品が無いッ!! そういえば魔王っぽいローブとマント着てるだけで、俺が今までかき集めて転生しても持ってて安心した装備群がなあああああいッ!!
『セブンス』はハックアンドスラッシュ要素の強いゲームだった。敵を倒すことによって簡単に装備が手に入るかわりに、それら装備の吟味を怠って次の強さの敵に挑もうものなら、すぐさま死亡して凶悪なペナルティを受ける。
装備品にはドロップ時点で様々なエンチャントが施されるため、それらを吟味するのは醍醐味でありストレスの素でもあった。
凶悪な低確率ドロップと付与値という運を乗り越えて手に入れた……俺の装備……。
「やっぱり世界征服やめていいですか……」
「魔王様!!?? どうされたんですか一体!!??」
「俺の何年間が無駄になっちまったから……ちょっとショックで……立ち直れない……」
うう、残酷過ぎる。道中の魔王すら軽々屠ってきた業物とガチガチの防具が……。
そこで俺は嫌な予感に苛まれる。
まさか、他に無くなったものがあるのではないか?
ウインドウを開く。アイテムの欄は一切何も無く……。
「金も、スキルも無い……ッ!?」
金の欄には、燦然と輝くゼロの文字。スキル欄はバグッた表示だらけである。何が何だかわからない。
最早、全ての生きる気力を失う勢いで崩れ落ちる。
終わった。
「……死にたい」
「まおおおおおさまあああああッ?!」
カリンがぴょんぴょん飛び跳ねながら慰めの言葉をかけてくれるが、俺の心を癒すには至らなかった。
ダメだ。生きる気力が湧かない。
俺の駆け抜けた時間が全て無為に奪われてしまったのだ……。そりゃ仕方ない……。
「ぐす、お前、ちょっと来い」
床に手をついて全ての気力を失っていた俺を、元魔王が引っ張る。
なに……? もう俺、生きていくのが辛いんだよ。静かにしてくれよ。
部屋の隅に連れていくと、少女は内緒話の様に身を寄せた。
「なんだ……もう今の俺には生きている価値はなくなっちまったんだよ……」
「じゃあ返せよ。オレの力」
「知らんがな。返し方がわからんものをどうしろというんだ」
「どうにかしろって言ってるんだよ! だから、世界征服なんてやめて、オレにつけ勇者」
手を差し出してくる元魔王。コイツはコイツで思惑があるようで、ややこしい。
「……その提案を受けて俺にメリットはあるのか?」
俺は元魔王にそう投げかけた。結局の所、俺に得が無いのなら受けてやる義理は無い。
「カリン達の提案は受けてもいい程度に魅力がある。魔王になった以上、その本分に沿ったことをやるべきだし、何よりやってみて面白そうだ。それを越えるメリットを提示出来るなら考えてやるよ」
とてもシンプルな交渉だ。何をくれるかシンプルに提示してくれればいい。
元魔王は、その返答自体は想定していたらしく偉そうな顔でうむと頷いた。
思いっきり自慢げに少女の姿をした魔王は言った。
「オレが世界を奪ってその半分を貴様にやろう!」
「いや、いいわ。そんなら自分で征服するわ。むしろ俺が貴様にくれてやるわ」
「なに――――――――――――ッ!?」
当然だろ。世界征服をするって言ってるヤツに世界の半分をくれてやるとか無いわ。
「オ、オレが奪えば、貴様は……楽だよ?」
「楽と言うそれ自体は魅力的であるが、今の俺を従えるには弱いなあ、弱い弱い」
「くううううう、なんだよ! 酷いだろ! 折角あれだけ気持ちのいい死闘をしたのに! 人の力を奪って魔王になるとか最低だろお前ッ!!」
「俺がしたくてしたわけじゃねーよ」
言わんとすることは実にわかるが、俺がやりたくてやったわけではないので、今ひとつ同情する気が起きない。
そもそもコイツもまた人間を虐げる魔王の一人だったわけだし。力を奪い取られても自業自得の一言だろう。
ただまあ、俺も魔王になってしまい、今となってはコイツの身内みたいなものになってしまったので……。
そうだな、譲歩するのはやぶさかではない。
自分で言うのもなんだが、目の前で涙目になって困ってるヤツを切り捨てるほど冷血漢ではないつもりだ。
それにコイツは魔王としてのノウハウを持っている。利益という面から見ても、助けて俺側に引き込むのは理に敵っている。
「まあ落ち着け。まるで手伝わない訳じゃない。実はな、俺は魔王になったが別にお前の力を奪った訳では無さそうなんだよ」
「どういうことだ?」
俺はウインドウの自分のレベルを思い出す。100レベルという前人未到の領域に到達していたレベルであるが、そもそも俺は自前で99に到達していた。
この元魔王の力を奪い取ったというなら、理屈としてもう少しレベルが上がってもそれこそおかしくないだろう。
ステータス値もほぼ変わりは無いので、確信がある。
「俺の力自体はそう変動していない。つまり、お前の力は俺に譲渡されたわけではないということだ。お前の力ってのは簡単に消滅しちまうもんなのか?」
「い、いや……そう簡単にオレの持っていた力……巨大なエネルギーが何の因果関係も無く消滅してたら世界が成り立たない。恐らくお前が持ってないというなら、また別にこの世界に保存されてある筈だが」
「だろ。それを俺が探すっていうのはどうだ。悪い話じゃないだろ?」
「ま、まあ……それなら……」
何というか、元魔王様が無駄に取り乱してくれてるおかげで、俺もまた冷静に普段の調子を取り戻せた。
装備は仕方ない。諦めよう。金もいい。苦労したステータスは少なくとも残ってるし、スキルも完全に消えたわけではない。元に戻せる可能性は残っている。
全てが全てニューゲームだったら俺も流石に力尽きていたが、幸いなことに『強くてニューゲーム』くらいの勢いは俺に残されている。
この元手を賭け金にして、どこまでも稼ぎ直してやろうじゃないか。
「……絶対に探し出せよ」
「嘘はつかん主義だから安心しろ。かわりに、お前にも俺の世界征服を手伝って貰う。相互に助け合わないとな」
「今のオレには申し訳程度も力は残されてないぞ。それでいいなら、まあ何か出来ることはするが……。ただ、力を奪われたという以上に身体が重い。これは恐らく……」
「恐らく?」
「急激に力を奪われて存在が不安定になり過ぎるのを阻止するため、そのエネルギーを少しでも補填するよう何か人間としての力が混ざってる……気がする。恐らくは……お前の人間としての側面を引き換えに与えられたのかもしれない」
「ああ、交換ね。そりゃ仕方ない」
「何か色々不思議な力も感じるしな。人間が使う技も使える気がする」
「逆にお前が俺のスキル奪い取ってんじゃねーかそれ!?」
「? よくわからんが、まあお前がそのスキルというのを使えなくなっているのなら、そうなのかもな?」
うおおおお、返して俺の年単位の努力ッ!!
***
というわけで、腹が決まるまでの顛末はこうである。
元魔王と共闘関係を結び、この浮遊島を使った世界の征服に乗り出す。それが、ここまで確実に決まった事。
何をどうするかはまだわからない。この島に住む魔物も人間も温和なものが多く、戦闘には不向きなものばかりだ。
戦いに巻き込むのは少々気が退けるため、そうなると使える部下は限られてくる。
まあ、とは言っても戦って勝ち取るばかりが戦闘ではない。
要は自分の下に世界をつければいい。その手段は何でもいいのだ。
考えよう。そのための手段を。
「まあ、しかし当面は……」
この島を本格的に稼働させ、戦っていくための維持費が問題だろう。
支出と収入の問題に、俺は頭を悩ませることとなる。