三、
「人間はわかるんだが、魔物からもってのは……なんだ?」
「そ、それは……」
カリンがあわあわと、説明に困り出した時。
「うわああああああああぁ――――ッ!?」
なんか凄い叫び声が背後から聞こえた。
そうしてキョロキョロと見回して、自分のいる場所がそもそもロッジ風の全面板張りの書斎だとか、床に不器用に魔法陣が描かれているなとか、辺りの様子を把握し始める。
自分が存外テンパっていることに改めて気づかされる。恥ずかしい。
で、さっきの叫び声はなんだ!?
「な、ななな、お、オレの身体が……どうなってやがる!?」
振り返った先に立っていたのは、だぼだぼのローブに身を包んだ女の子だった。
十二、三歳と言ったくらいか? カリンよりも幾分年下に見える。
「あ、魔王様魔王様。言い忘れてましたが、あの人も魔王様ですよ!」
「ホワッツ?」
「なんだか召喚したら二人いらっしゃったんです! すごいです! 魔王様が二人!」
「おかしいと思わんかい! 魔王が二人生まれてもお得でもなんでもないから、マジでないから!」
「そうなのですか……?」
シュンとして言うカリン。あまりに可哀想になって頭を撫でてあげたら、花が咲いたような笑顔を見せて、なんというか……愛玩動物を愛でている気分だ。
「オレを放っておくな……! なんでだ……なんでオレがこんな……ち、力も感じられない子どものような姿に……」
震えながら自分の両手や身体を『ありえない』というまなざしで見つめる少女。
その瞳は揺らぎながらも俺を捉えて、怒りに目を見開いた。
「これはどういうことだ……答えろ……ッ!! 勇者ァッ!!」
「……」
「……」
あ、すんません。色んな意味で真顔になってましたわ。
俺に撫でられていたカリンも、俺の方を見上げながら固まっている。
俺の顔を知っている少女。そして、魔王として召喚されたこと。力に対しての圧倒的な自信、そして喪失に対しての絶望……。
符号が繋がる。こ、コイツ……もしかしなくても……。
「お、お前、先ほどまで俺と戦っていらっしゃった……魔王サン?」
「ううううううう……そうだよッ!! オレが魔王だ。魔王なのに……ううううわああああああああああああああああん」
「うおおおおマジ泣き!?」
「どういうことですか魔王様!? 魔王様は魔王様じゃなくて勇者様だったのですか!?」
「ややこしくなるからちょっと黙っててカリンちゃん!」
元魔王らしき少女をなだめようとする俺に対して、一歩も退かずにどういうことか訊いてくるカリン。
た、助けてくれ。俺の最大の弱点は女子とのコミュニケーション力なんだよ。異世界だからとか割り切ってるけど、こういう状況は聞いてないよぉぉお!?
「カリン様!! どうされました!!」
「新手もきちまったじゃねーか!?」
なんかメイド服姿の人間らしき人まで来ちゃって、どうしたらいいのよ!?
***
「ぐす、ひぐ……」
「話は理解致しました……私はカリン様の面倒を見ております、プリムと申します。種族は人間です。魔王様、お見知りおきください」
「かたくなんなくていいよ。どうせ俺も人間だし。いや、種族的には魔王になるのか……?」
「わかりませんね……。人間が魔王として召喚された例はありませんので……少なくとも人間離れしてしまったことは確かでしょうが」
結局、カリンの説明は要領を得ず、元魔王は泣きじゃくるばかり。
俺がバレてしまった身元も含め、ヘタクソながらにここまでの説明をこなして今に至るのだが……。
案内された客間の椅子に座って、お菓子を貪りながら取り敢えず身の振り方を考える俺。
プリムさんはどうしたものかと言うように顔に手を当てて、ため息を吐いた。
「我々も、まさかカリン様が本当に召喚を試すとは思っていなかったのです。それがとてつもないイレギュラーな形で成功してしまったのもまた頭が痛いのですが……勇者である貴方様に、いきなり倫理観ぶち壊しで魔王として振舞って欲しいというのも難しい話でしょうし」
「流石に無理だわ。俺もそこまで外道にはなれないわ」
ゲームだったらそういう外道プレイも出来んことはないけどね。難しいと思うよ。現実には。
そもそも自分が魔王として人間を虐げるというのが想像出来ないからな……。
魔王をやれといきなり言われても、呆然と首を傾げるしかないだろう。
「ねえねえプリムー。どうしてダメなんですかー? 魔王様は最強ですから、何でも出来ますよね? 別に勇者様でもいいじゃないですか?」
「そうじゃないのですよ……カリン様。ちょっと現状だと色々と乗り越えないと壁が多過ぎるのですよ……」
説明に困り果てて、プリムさんが頭を抱えてしまう。俺も頭を抱えたい。
「プリムさんは、なんでまたこんな子どもみたいなモンスターに仕えてるんです?」
「カリン様はエルダーフォックスでお年だけなら、すごいものですよ」
「マジですか」
「はい。ただ……その……凄い時間をかけて低位のモンスターから、超高位モンスターに進化された方みたいなので……実は進化はしたものの、未だに頭脳が発展途上でして……」
ああ、それで思考が不安定なのね。確かに、知識面なんかはかなりありそうなのだが、如何せん精神面が育って無さ過ぎる。
そこら辺もやはり進化の弊害なのだろう。
「それと、これは……カリン様がされたお願いにも関係があることなのです」
「それですよ。この『七つ色』は人間と魔物に何かしたんですか?」
この浮遊島はゲーム時代は未実装の島ということでアップデートが期待されていたところだ。
俺にとっては未開拓領域となる。ゲーム中でも、進入禁止ではあるものの最終七層をふわふわ浮いてプレイヤー達に、アップデートでの追加を心待ちにさせていた。
実際、案内されてる最中に窓から外を覗いて、雲を通り抜けてゆく様を見せれてしまうと、ここが浮遊島ではないと言うことは出来ない。
「厳密には何かしたわけではありません……この浮遊島が魔物、人間からも厳しい眼で睨まれるのは……。ここが世界でも唯一、魔物と人間が共存しているコミュニティになるからです」
「……」
合点がいった。そりゃあ目の敵にされるわけだ。
この世界に階層ごとに魔王という存在がいる。それら魔王と人間と睨み合いを続けることが仕組まれている以上、二つのコミュニティに共存する余地は無い。
モンスターは人間を食べたりするヤツもいる。人間を獲物としか見てないもの。遊び道具とすら捉えてるヤツもいるかもしれない。相容れない存在なのだ、本来。
それでいて魔王という圧倒的な存在が七体もいて、復活が約束されているのだから、魔物側からしても人間に屈する必要性は微塵も無いだろう。
人間側も恒常的に襲われる以上、勇者を擁して魔王を退治する以上のことは考えまい。
「この浮遊島は実は階層を越えて飛び回っております。私は四階層を巡る行商人一座の人間だったのですが、魔物に襲われているところを四階層を飛び回っていたこの島、カリン様に助けられまして……」
「そうなのです。乱暴はよくないと思います! 本にも書いてありましたしね!」
「このように、カリン様は魔物なのですが不思議なことに一定の倫理観を持ち合わせているのです。確かにおつむの方は魔王様が仰る通りおバカと言わざるを得ません。しかし、私を救い、この世界を憂い救おうとする、立派な仕えるべき主だと思ってます」
「酷いのです!?」
さり気無く酷いな、このメイドも。いや、主が主なだけに逆に凄いか? ここまで心酔した言葉を吐かせるのは。
カリンは、メイドのちょっと歪んでそうな忠誠心に小さくないショックを受けつつも、すぐさま気を取り直して身振り手振りで俺に話しかけてくる。
「まあ難しいことはいいのですよ魔王様。カリンのお願いはわかりましたですか?」
「おお、バッチリ。と言いたいが、つまりなんだね。魔物と人間から守って欲しいというわけか?」
「うーん、ちょっと違います。魔物と人間が仲良く出来ないのは悲しい事です。だから……」
はにかんだような笑顔で俺の側でカリンは笑った。
「世界征服をして欲しいのです!」
「どうして笑顔でそうなるのかがわからない……!」
「世界を魔王様がまとめあげてしまえば、何も問題は無いのです!」
「ああ、そういう直情的な思考なのね。ステイ、ステイだぞカリン」
「んふー」
俺はカリンの頭を撫でて返答の時間を稼ぎながら、少しばかり思考をまとめる。
仮に世界を征服するというこの提案を受けたとして問題は山積みだ。
そもそも仲良くなれない魔物や人間だって腐るほどいる。
世界を統一することがイコールで人間と魔物の安寧とならないのは、百パーセント確実だ。
だが、しかし、この提案……それ以上に面白い。
俺は少し手を振ってウインドウを開く。
カンストしていた筈のレベルは限界を突破し、100の壁を越え、999を目指せるようになった。
STRなどのステータス値も、全て9999という更なる高みを目指せるようになった。
ステータスは申し分ない。誰をも立ち向かえないような凶悪な魔王を目指せる下地があるのだ。
魔王が世界を征服するなんて、胸が躍る。
元は勇者だとかただの一般人だとかは関係無い。
本来の物語にはありえないような展開。ありえないという言葉に、俺の興味はぐんぐんと惹かれる。
そうだ、狂っていると言われても、意味不明だと罵られても、ありえないような物語に俺は触れたい。
それだけが今の俺の中にある情熱を滾らせる。
日本では得難かった"楽しい"という感情を俺にもたらす。
いいぜ。
「やろう。世界征服。俺が無敵の魔王になって、お前達を導いてやる……! 世界を俺とお前達で新しくしようッ!」
絶望的くらいが丁度いいんだよ。
いこうぜ、魔物と人間の新世界を見にッ!