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異物感

 俺は木造建築の二階建ての建物の前に立つ。

 以前も見たことがあ……うん、三日間に見たねこの光景。

 そう、俺は約束を果たさなければならないのだ。

 隣で急かしてくるシーナと、本国に帰ったミツキと果たした約束を。


 「なぁシーナ、たしかに俺はこの迷宮を攻略したらこの店の皆に会うと約束した」

 「うん、そだね。おにいちゃん」

 「だが、少し予定が前倒しになってしまった。本来ならば攻略にはあと二日かかる予定だったわけだ」

 「でも、おにいちゃん約束したよね。攻略したら絶対会うって」

 「だけどなぁ……」

 「だ、け、ど?」

 「はい、行きます。男に二言はありません」


 今回は俺が悪い。だが、行きにくいものは行きにくいのだ。

 迷宮の主があっけなく倒されなければ、いまごろシーナを主軸として迷宮の最上階で戦闘が行われていたはずなのだ。

 

 空の迷宮を攻略して一日が過ぎた。

 シーナとの約束の内容は、この店にいる俺の家族に会うこと。

 実際は血なんて繋がっていないが、俺にとっては家族みたいなものだ。


 「おにいちゃんは、その人達と会うの嬉しくないの?」

 「いや、そうじゃないんだ。気まずいっていうかさ」

 

 正直かなり気まずくなるだろう。

 あちらからしたら、まだ十歳の俺を店から追い出したようなものなのだ。

 こちらは気にしていないが、やった方は案外気にしてしまうものだ。


 「つらくは……ないんだよね?」

 「ああ、泣いちまうくらいに嬉しいさ」

 「だったら問題ないじゃん」


 シーナが得意げな顔で一歩前へ出る。

 彼女の突き出した拳に、俺も拳を重ねた。

 やっぱり、俺は戦闘以外はからっきしなのかもしれない。


 そうだ、きっと皆も喜んでくれる。俺だって皆に会えることは泣くほど嬉しい。

 少なくとも、嫌がりはしないはずだ。


 

 「ありがとなシーナ。じゃ、いくか」

 「うん! おにいちゃんがテンパったら、シーナがフォローするから!」

 「お前のフォローか、どうかなぁ……」

 「ぐぬぬ……シーナのフォローが心細いと……」

 

 隣で悔しそうなシーナの額にデコピンを一発食らわす。


 「お前に心配されるほど落ちぶれちゃいないからお前はいつもどおりでいいぞ」

 「……おにいちゃん」


 ドアに手をかけた。現在時刻は、三時過ぎ。ちょうど店が空いている時間帯だ。

 夜でもないのに冷たいシーナの小さな手が、俺の手と重なった。

 

 

 ギィィ……

 扉を開けるとゆっくりと中に入る。

 不思議なことに感情の高ぶりはない。


 「店は……合ってるよな」

 「どうしたのおにいちゃん?」

 「いや……何でもない」


 おかしい。 

 懐かしい感じが全くない。

覚えているのだ。このイスもテーブルも、天井にぶら下がった照明さえも。

 だが、違う。なんとも言えない異物感を覚える。


 「いらっしゃい、二人かい?」

 「はい、サラダを二つと酒を一つで」

 

 最初に俺の前に現れたのは、少しシワが目立ってきた、ケインさんだった。

 やはりこちらにはまだ気づいていないらしい。

 こっちは声変わりだってしている、気づいたほうがおかしい。


 「なぁ、おにいちゃん。打ち明けるんじゃなかったのか?」

 「あ、ああ……そうだな」

 「このご飯たべたら打ち明けて、シーナのことも紹介してよね」


 打ち明けなければ、俺がモトキであることを。

 だが、なにも感じなかった。ケインさんがまるで別人であるかのように感じた。


 しばらくして、食事が運ばれてきた。

 運んできたのは先ほど姿を現したケインさんではなく、これまた少し老けた、親父だった。

 顔は少し老けていたが、その体はまだ衰えを見せていなかった。


 「サラダ二つと酒で銀貨3枚、銅貨10枚だ」

 「ありがとうございます」


 なぜだ、なぜ敬語になっている、ちゃんと面と向かって言わなきゃダメじゃないか。

 顔を上げ、親父の顔色を伺う。

 親父はなにやら興味深そうに俺の武器や俺の体を見ていた。

 

 「どうか……しました?」

 「あ、ああすまねぇ。いい武器持ってんなっと思っただけだ」

 「それはどうも」

 

 やはり分かる人には武器の凄さとかがわかるものなのだろうか。

 横で、サラダに文句を言いながらも食べているシーナは、恨み深そうな目でこちらを見ていた。

 


 「それにしてもお前さん、相当な腕だろ」

 「そうですかね?」

 「体の各部もよく使い込まれてる。そのバックから出ているドロップ品だっておそらく九十層くらいのモンスターから出るものだろ」

 「は、はぁ……」


 違う。やはり親父に会っても、やはりなにもこみ上げてこない。

 まるで他人のように接してしまう。おそらく緊張のせいではない。

 率直に言って喜びが湧き上がってこない。三年近く、同じ屋根の下で暮らしたというのに。


 俺はモトキ……いやこの店でのあだ名はトモだったか。

 どちらにしろ言わなければ……言わなければいけないのに。

 本当のことを話そうとすると、途端に声が出なくなってしまった。


 「おい、おーい。聞いてるかー?」

 「あ、え? すいませんボーとしてました……」

 「苦しそうだけど大丈夫か?」

 「だ、大丈夫です。続けてください」


 いつの間にか親父は椅子に腰掛けていた。

 仕事をしなくていいのかと言おうと思ったが、あたりを見回してみると客は俺達しかいなかった。

 

 「お前さん、何歳だ?」

 「16、7ですかね」

 「その年でその強さか……久しぶりに逸材を見たな」

 「ちょっと照れますね」


 視線を横にやると、「いつ打ち明けるの?」というような、シーナのきつい視線が刺さった。

 一方、親父は空中になにかいるかのように、天井を見据えていた。


 「なにしてるんです、店主さん?」

 「ああ、ちょっとな。お前の年を聞いて、アイツもおんなじくらいかなって」


 親父は先程よりも重そうに、その口を開いた。


 「昔なぁ……この店に、今はお前と同い年になっているトモって奴がいたんだ」

 「……はい」

 「そいつなぁ、その年にしてはなかなか剣の扱いが上手くてな。今頃、何やってんのかなって」

 「えっと……その少年は何でいなくなったんですか?」

 「国に追い出され、いや直接追い出したのは俺か」


 親父が、今悲しそうに話している、ある少年というのは、言うまでもなく俺だ。

 打ち明けようかと口を開こうとすると、またしても口が固まってしまった。

 親父は、話を続けた。


 「それで、十二歳で免罪押し付けられて、今はどこにいるのかもわからないんだ」

 「ブルーズさんは、今、その少年が帰ってきたらどうしますか?」

 「全財産叩いてでももてなすさ……でも、追い出してちまったことを恨んでいるだろうし――」

 「きっと恨んでいませんよ、喜んで帰ってきますよ。ほとぼりが冷めたら」

 「そうだといいがな……」


 恨んでいないのは事実だが、喜んで帰ってくるのは嘘だ。

 事実、俺は今、目の前に家族同然の人がいるのに、喜びが感じられずにいる。

 こんな無様な愛想笑いしかうかべられない顔を見せろというのか、冗談じゃない。


 

 「まぁ……あの年で一人旅に出かけたんだ。もしかするともう死んでいるかもしれ――――」

 

 親父が言いかける直前。

 俺の口が先に動いた。


 「生きてます!!」


 咄嗟に口が動いた。

 死んだことにされたくなかった、というのが正直な思いだった。

 親父は目を丸くして、驚きで顔が固まっていた。


 「おい……トモが生きているってどういうことだ?」


 ――直後。

 店内が一瞬にして凍りついた。

 ケインさんはトレイを床に落とし、調理場からは2、3枚皿の割れた音が響き、炎は高く上がった。


 「トモが生きてるって!?」

 「トーモにまた会えるの!?」

 「トモくん、生きてるってどういうこと!?」

 「おい!? トモが生きてるってどういうことだ親父!」


先ほどまでは俺と、不貞腐れているシーナと親父しかいなかったテーブルを囲むようにぞろぞろと人が集まりだした。まさに一瞬の出来事だった。


 「落ち着けお前たち。客が困っているだろう」

 「カーテたちも混ぜてよおじさん!」

 「トモくん生きているの……」


 親父に詰め寄る少女が二人。

 おそらくカーテ姉さんとライル姉さんだ。かなり背丈や体型に変化があるものの間違いない。

 そして、包丁片手に驚愕の表情を見せているのはトールさんだろう。少し大人びて見えたが、髪の色で直ぐに判別できた。


 「おい、お前。トモと知り合いなのか? トモとはどこで知り合った?」

 「え、えーと……半年前に……えー……魔界で知り合いました」

 「半年前に魔界か……」


 俺に質問を投げかけてきたトールさんは顎に手を置いた。

 やはり魔界というだけで生存率は下がると考えてしまうのだろうか。


 「珍しい出会いもあるものだな……俺はトール。お前は?」

 「名前……ですか?」

 「トモと一時期は組んでたんだろ?あいつが出て行って以来、はじめてトモを知ってるって奴に出会えたんだ。お前の名前は?」

 「そういや聞きそびれてたな、その腕なら地元では有名だったろ?」


 俺の名前……言えるだろうか。

 シーナに言ってもらう? だめだ、こんなとこで頼ってはだめだ。

 ふと隣に目をやると、シーナが肘で俺の脇腹をつついていた。


 (チャンスだよ、おにいちゃん)

 (ああ……)

 

 だめだ……こんな顔は見せられない。

 こんなにも家族同然の人達と再会したというのに、一切なにも思うところがない。

 目は見開かれ嬉し涙も出ることなく、口元は作り笑いしかうかべられない。

 最後に笑ったのは何ヶ月前だろうか。覚えてすらいなかった。


 (ゴメン……)

 (どうしたの、おにいちゃん?)

 (本当にごめん……)


 自分ことじゃないと、こんなにも簡単に声が出せる。

 

 

 「僕は、トキです。下の名前はありません……」

 「おにいちゃん!?」 

 「いいんだ、これで……」

 「おにいちゃんが言わなきゃ私が言う! おにいちゃんはモ――――ンモォ!?」

 

 シーナの口を片手で塞いだ。

 

 (お願いだシーナ。今は俺に合わせてくれ)

 (でも――!)

 (頼む……!)

 (でも……)


 シーナが大人しくなった。

 改めて皆の方へ向き直る。


 「兄弟喧嘩か?」

 「そんなところです、すみませんお騒がせしてしまって」

 「トキっていうのか、珍しい名前だな」 

 「よく言われます……はは」


 それからのことはよく覚えていない。

 ただ、架空の人物、トキとなり、俺――モトキの生存を証明し続けた。

 モトキとトキの迷宮攻略やなどを流れるように話し、モトキの生存を証明し続けた。

 勿論、話はでっち上げだ。明日同じ話をしてみろと言われればできないだろう。


 「モトキは……強くて、僕なんかじゃ足元にも及ばない人で……だから心配しなくても大丈夫ですよ」

 「そうか。モトキは俺達についてなんか言ってたか?」

 「……最後まで味方でいてくれた人、と」

 「そうか」


 

 結局……俺は、また嘘をついた。 








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