挑戦者
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魔界に建つ魔王城の一室で魔王ロンギルは今日も目を覚ます。
軽く腕をゆっくりと回し、体の調子を確かめる。
「魔王さま、お召しものを」
「……んん」
使用人から渡された服に袖を通しながら今日のスケジュールの確認を済ます。
(おっと、今日はモトキが話があると言っておったな)
数日前、モトキに時間を空けてくれるように頼まれたのだった。
本人によるとそれほど時間をとる用件でもないので、時間を朝としたのだ。
ロンギルは壁に立てかけてある杖を片手で握り締めるとドアを開け、客間を目指す。
美しい白に黒の文様がある大理石の床をコツコツと進んだ。
(そろそろ、この魔界を旅立たつのか……あるいは、我が娘であるシーナとの婚約の破棄か……後者ならその場で極刑だがの)
この話し合いは別に貴族連中との金が絡むじゃれあいと違い、もっと気楽なものだ。
ロンギルは内ポケットから隠しウイスキーを取り出すと、琥珀色の液体を煽る。
三分のニほど飲み終えると、ポケットへしまい、ドアに手をかける。
「お、やっときたかロンギル」
「いきなり呼び捨てか……まぁ構わんけど」
ロンギルを呼び捨てで出迎えた少年――モトキは大した装備はしていないものの、剣だけはしっかりとすぐ手の届く場所にある。おそらく無意識的にやっているのだろう。
「随分と遅かったな」
「こっちも忙しい時には忙しいのじゃ……で、用件というのは?」
「ああ。かれこれ二~三週間この城に住まわせてもらっているわけだが、そろそろ旅を再開させなきゃよ思ってね」
「やはりそうか、それで、行き先は?」
「……イヤール王国」
「ほお」
ロンギルは少し驚きを顔に出しながら杖の文様を指でなぞる。
イヤール王国とモトキとの関係はロンギルの耳にも入っている。あの国の勇者はモトキという存在がいる限り、勇者としての完全覚醒は先延ばしにされる。
「お主にとっては、あそこに帰るということは、火に身を投げ出すようなものだとおもうが」
「ああ、このままじゃな」
「と言うと、なにか秘策でもあるのかのぅ?」
「ここからが本題だ」
いくらモトキが強かろうと、それは唯の一戦力過ぎない。
何万ならまだしも、敵が何十万となると太刀打ちは困難だ。
「一つ願いを聞いてくれないか?」
「ワシに叶えられることなら」
「じゃあ俺に"鬼の迷宮"への立ち入りを許可してくれ」
「……そうきたか」
モトキは落ち着いた表情で使用人が用意した酒を煽る。
「あの迷宮……なぜ封鎖されたか知っておるかの?」
「いいや、鬼の迷宮については何の情報も仕入れていないからなぁ」
「あの迷宮は誰も攻略した者がいないんじゃよ」
「それは、魔王のアンタも含まれるのか?」
「無論じゃ」
ロンギルはまるで悪夢でも思い出すかのように顔を歪めると、話を続けた。
「ワシがあそこに潜った時は、迷宮主は一言も交わすことなく魔法を使った」
「魔法か……厄介だな」
「ある槍使いが潜った時には、槍を携えた鎧騎士が出迎えた。槍使いと闘う時は魔法は一切使ってなかったらしいんじゃよ」
「……ということは、鬼の迷宮は探索者の強さによって変動するのか?」
「おそらく、しかも迷宮には一人しか入ることができん」
「なるほど」
迷宮に潜った者が魔術師であれば魔術を行使し、槍であれば槍で、剣ならば剣で迎い撃つということになる。今までとは異色の相手だ。
しかも、ロンギルの話を聞く限りでは相手はモンスターではなく魔族や人間に近い形態をしていると考えられる。
「どうするかの? それでも挑戦するか、お主よ?」
「力はいくらあっても困らないからな」
「そうか、それならシーナに伝えておこう」
「ん? なんでここでシーナが出てくるんだ?」
「ワシは忙しいから迷宮の術式解除はシーナに一任する」
ロンギルは自らの得物を掴み、席を立とうとする。
モトキは残りの酒を一気に飲み干す。
「さて、ワシもこれから仕事があることだし、この辺でよいかの?」
「色々情報提供ありがとな」
「構わん、構わん」
ロンギル、モトキ共に席を立ち、この客間をあとにしようとする。
ふと、なにかを思い出したようにロンギルが立ち止まる。
「そうじゃった、どうしても勝てなかった時なんかは右下の洞穴を走って行けば外にでられる。どうしようもない時は逃げ――――」
「関係ないさ」
モトキはロンギルの言葉を遮って、客間を後にした。
***
――鬼の迷宮入口。
一ヶ月前、俺をかつてないほど追い詰めたその穴は荘厳に待ち構えていた。
門の前に立つのは、俺、ミツキ、そして魔王の娘でありこの障壁の解除役でもあるシーナだ。
「迷宮には一人しか入れないと聞きましたが……大丈夫ですか? 私は心配です」
「俺は子供か!?」
「ミツキお姉ちゃんに比べると子供だな!」
「10歳のテメェにだけは言われたくない……」
あれからかなり月日が経ったので、シーナとも普通に会話ができるようになった。
いや、あいつの方は最初からフレンドリーだったか。
「おい、ほんとに解除できんのか?」
「任せろ!」
「大丈夫ですよ。シーナちゃんは魔力の質も悪くないし技術もかなりありますから。それについては私が保証しますよモトキ様」
「まぁ、ミツキが言うなら問題ないか」
「兄ちゃんは、ミツキお姉ちゃんの事しか信用しないのか!?」
「あたりまえだ、ろ」
すがりつくような目のシーナに軽くデコピンを入れる。
数週間前からシーナはミツキに魔術を教えてもらっているようだ。俺も廊下の窓からや、間近で拝見させてもらったが、何やっているのか分からないので、正直凄いのかどうかは分からない。
「解除するだけで相当な魔力を消費するもんなのかシーナ?」
「うん、でもシーナは魔力が多いからな。問題ないのだ」
シーナは自らの杖を手元でクルクルと軽快に回す。
確かにシーナの魔力保有量には驚かされた。
一度シーナがロンギルから教えてもらったという大魔術を見せてもらったことがある。
闇魔術なのだが、地面、空から三角錐のような数十の黒い物体が出現し、目標物を八つ裂きにしていた。
もし決闘でロンギルがあの魔術を使っていたら・・・考えたくもない。
「さて、そろそろ始めてもいいか、お兄ちゃん?」
「ああ始めてくれ」
シーナは見えない障壁前に立つとなにやら複雑な詠唱を始める。
中心、左、右……杖で障壁を優しく叩いていく。
この障壁には魔法は効かない……だが、それはあくまで通常の話だ。
おそらく俺たちが知らないような抜け穴があるのだろう。
「火、闇、無……属性はこの障壁に……三属性の魔法は合わさりて力を発揮す―――」
やがて5分にも及ぶ詠唱の末、シーナは最後に障壁の中心を優しく叩いた。
叩かれた障壁は刻まれた文字を黒く光らせたかと思えば、下の文字から順に剥がれ始め、シーナの杖に吸い込まれていった。
「終わったのか?」
「うん、多分おわったぞ」
「初めて見ましたよあんな魔術」
俺も途中から見とれてしまっていた。
こういう所をみると、シーナも魔王の娘なんだなぁという実感が沸いてくる。
拳で障壁を叩こうとしてみたが、何も遮るものはなかった。
「シーナ、この障壁解除って、制限時間みたいなのはあるのか?」
「ないよ、術式ごとシーナが吸い取ったからな」
「そうか」
俺はロンギルから新しくもらった剣の具合を確かめると鞘におさめる。
防具はといえば、地の迷宮の報酬である"神木土の手甲&脚甲"があるが、胸や腹部などを守る防具は持っていない……というか耐え切れるものが見つからない。
「さんきゅうなシーナ」
「もう行くのか?」
「ああ、さっさと終わらせてくる」
「モトキ様……ご無事で」
二人に見送られながら洞窟へと進んでいく。
ロンギルの話だと一階層しかないらしい。つまり、この迷宮には迷宮主しかいない。
話から推測するに、俺の場合は敵は剣を使い、実力は俺と同格か、それ以上。しかも形態が人型というのがまた厄介だ。
(扉か……この先にいるとみて間違いはないか)
そびえ立つ重く高い岩の扉。
おそらくこの扉で挑戦者は篩にかけられるだろう。
この扉をこじ開けられれば、その先へ行く権利が与えられる、実に簡単な仕組みだ。
「……っとぃ!」
何度も蹴りなれた靴で易々と厚い岩に穴を開け、その穴を自らの手で広げていく。
正直なところ、魔王の体の方が硬かったような気がする。
轟音を五、六度立てて開けた大穴を潜り、中へと突き進んでいく。
(意外と最新部は明るいんだな……)
最奥部はやはり主の部屋ということもありかなり広い。まるでドームだ。
目を凝らせばコケのようなものが発光し、この部屋全体をぼんやりと翠色の光が照らした。
だが、俺にはそんなものに見とれている暇はない。辺りに気を配り、迷宮主の姿を探す。
(人型だから小さいからな。この部屋のどこかにいるはずなんだが、一体どこ…………あ)
俺の双眸がある者に釘付けになる。
「……あいつか?」
50メートル先人影が見える。
近づくにつれて奴の服装や顔、背丈なども目視できるようになった。
俺と同じ背……いや、俺よりも少しだけ大きいか。
着物のような服装で出迎えた迷宮主はあぐらを掻いていた。
体の各部に目を凝らすが、目立った防具は見当たらない。
「…………!?」
声にならない叫びが部屋中を駆け巡る。
得物は刀……この世界来て刀など初めてみた。
もっと驚くべきところは男の顔だ。仮面をしているらしく表情は伺えなかったが、男の頭にはかなり年季の入った角が生えていた。
「……」
(寝てんのか?)
警戒をしながらも相手の出方を待つ。
だが、一向に動く気配がない……本当寝ているのだろうか?
一旦落ち着き、呼吸を整える。
それから男の各部をチェックし、動きがないかを確かめる。
もう少し近づき、剣の鞘で突こうとしたその時――――
「異界の民か……だが、勇者でも賢者でも英雄ですらない」
(なんだ!?)
男の口が何の前触れもなく開く。
やがて、俺の剣など気にしないかのように悠然と立ち上がった。
再度、男が口を開く。
「俺の記憶にはない、今までとは違うタイプの異界の者の挑戦者……異界の者、お前はいったい何者だ?」
男は顎に手を添えると何やら考え始める。
しばらくして男は自らの体の具合を確かめ始める。
「俺が負けたら考えるか」
男は刀の鞘を慣れた手つきで抜き放ち、鞘の乾いた音が部屋中に鳴り響いた。
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