プロローグ
場所は都内の大病院だった。
様々な設備の整った――医師のレベルから見ても比べるべきもない。都内でも有名なその場所には多数の重篤患者が入院している。
俺もその一人だった。
(一体なにが悪いんだか……)
天上、壁紙、寝具にいたるまで白い病室で俺……高橋 元比呂は心の中で理不尽に震えていた。
なぜ、こんなことになってしまったのだろう?
「持病ね……」
俺は持病を患っていた、医者が手を尽くしても治らない不治の病だそうだ。
歳を重ねていくにつれ、筋力は弱まり、金を惜しみなくつぎ込んでくれる両親には申し訳が立たなくて。まだ二十歳にもなっていないというのに人生におけるエンディングニートに手を伸ばす始末だ。ただ単に運が悪かったとしか言いようが無い。最初の数年は受け入れられなかったが、最近では妙に達観していて、ふと自身の現状を振り返れり他人と比べてみると呪われいる気もするが、割り切ることが早くなっている気がする。そう人間は運で人生が左右されるのだ。
――抗えぬ病。
ベッドに寝そべっていても何も解決しない日々から目をそらしていた。
こんな日常ならいっそのこと死んでやろうか……そう思ったのも一度や二度でもない。
(昔はこんなはずじゃ……)
俺は九歳までは活発な方だった。学校が終わり放課後には友達と校庭や近所の公園を駆けずり回り、日が落ちれば仕事から帰ってきた母を迎え入れ、夕食を頂きテレビを見て寝る。そんな偏りのない、突っ込みどころもない生活を送っていた。
それが今じゃベッドで入院生活だ。どんなに力を入れようとも右腕は10度も上げられないし、左腕に至っては指先を動かすのが精一杯なのが現状であり数年によって衰弱し痛感した自身の限界だった。
俺は運命の非常さを痛いほど思い知らされた。だが、こんな理不尽な運命に怒りはなかった。
……ただの諦めだ。
諦めて空になった心は満たされない。それとも満たす容器が無いだけだろうか。
***
――ある日、俺が諦めたと体が察したのか、事態が急変した。
体がだるくなり、頭は狂いそうなほど痛い。
呼吸は荒くなり、口から消化物を吐き出しそうになるが、食べ物をほとんど口に入れなかっため吐き出したのは胃液のみ。
頭が痛い。今までのことを思い出す。
もしかしたら死期が近づいているのか……そんな不安が俺の頭を過ぎる。
しかし、幸いなことにそのその日は一命を取り留めていた。
――数日後、母と医師の会話が偶然聞こえてきた。
そして、聞いてしまった。できれば聞きたくなかった。でも耳に入ってしまったものは消せない。
「持って、元木さんはあと2日でしょう」
「そ…そんな…! なんとかならないんですか先生!!」
そんな会話が耳に入る。
俺の顔は人生を諦めていたはずなのに蒼白になる。それはまだ死にたくないという証拠だ。
(え…ウソだろ。これで終わりか?)
さっきの医師と母の会話がずっと俺の脳内でリピートされている。アニメの名シーンよりも頭に鮮烈に残っている。
あと2日で死ぬ。正確には死ぬ可能性が高い。もしかするとあと1日かもしれない。
(色々してきたな…)
以前のように奇跡でも起きてくれればいいがそこまで神は暇ではないのかもしれない。
俺はその日、溜まっていたアニメを見た。今はどれも始まったばっかで三話までしか見てない。できれば最後まで見たかった。
そして2日後、医師の余命宣告はピタリと的中した。
「患者をすぐに緊急手術室に回せ!!!!」
先生の怒鳴り声が聞こえてくる。
「元木!元木!」
母の声が聞こえる。だが小さい。意識もクラクラする。
そして声は聞こえなくなり、俺は目を閉じた。
色々と昔のことが蘇ってくる。小さい頃、公園であそんだことー誕生会をしたこと、色々だ。
そういえば彼女できなかったな。まあ俺の彼女画面の中にいるし。嘘だ……本当は彼女がすごく欲しかった。
そして、心肺停止音の「ピーーーーー」という音が鳴った。
泣いている母の後ろ姿が見える……って俺死んでないじゃないか。
じゃあなんだこれ? 自分の姿は見えない体という部位が存在しない。
だったらなんだ……漫画であるような幽霊第二の人生か?
すると、どこからか知らないが声が聞こえる。
女性の声だ。
だが余り感情が籠っていない声。電車のホームで流れるような声だった。
《生きたいですか?》
当たり前のことをほざくなよ。
《こちらの世界はあなたを必要としています》
まず、お前は誰だよ?
なんだいきなり。
もしかして地獄か天国かを選べるのだろうか?
《もう一度聞きますが、生きたいですか?》
何回も言わすな。つか、俺の質問に答えろよ……
《あなたの思い、確かに受け取りました》
その時、黒い光が俺を包んだ。