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トリプル・トラブル  作者: 美紀美美
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10/18

珠希の魂

珠希の魂のある場所は?

 毎年恒例だった珠希のお墓参りは、大阪に来る前に行って来た。


そんなことで済ませれないことくらい解っている。

それでも、息子達の試合が大事だと思ったのだ。



無料で使用出来る、筋肉増強マシンの置いてある体育館近くのお寺に珠希のお墓はある。


正樹は子供達と歩いて其処に行った。



お墓の前には既に沙耶がいた。


沙耶が、家族の留守の間に珠希のお墓を守りたい言い出したからこの合同お墓参りが実現したのだった。



(――珠希。沙耶さんと二人で応援してくれよ。でも、出来ることならお前を一緒に連れて行きたい……)


正樹はそっと提灯を取り出した。


お盆のお墓には魂は居ないと言う。

提灯と迎え火によって家に戻るからだ。

だから正樹は敢えて提灯を用意したのだった。





 (――せっかくああ言ってくれてる沙耶さんには悪いけど、良かったら一緒に行かないか? お前だって見たいだろう、息子達の晴れ姿を)


正樹はそう思いながらろうそくに火を灯し、お盆用の丸い提灯にそれを移した。



「まだ早すぎるけど形だけでも」

言い訳だと解ってる。

それでも、そうせずにいられなかった。

珠希だけを此処に残すことなど出来なかったのだ。

沙耶には悪いけど……



(――提灯は持って行くよ。でもは火は心に灯すからな。だから一緒においで)


そう念じながら、沙耶を見た。

後ろめたさからか、正樹には沙耶が悲しそうに映った。





 「解っているわお義兄さんの気持ち。本当、お姉さんも一緒に行きたいに決まっている」


沙耶には、どんなに姉が悔しいかが解っていた。


自分だって一緒に行かせたいにだ。


だから此処に来て、一緒にワンセグで応援しようと思ったのだ。



(――お姉さん。充電出来る充電器用意したからね。楽しみに待っていてね)

沙耶はそう言いながら、充電さえしておけば何処でも携帯に充電出来る充電器を触っていた。





 その約束通り、沙耶は松宮高校の中継がある度に此処でガラケーを見た。



そのお墓の中に珠希の魂が居ると信じて……



「お姉さん、見辛くてごめんなさいね」

そう謝りながら……

見えないワンセグに耳を傾けた。


でも本当は、中継がある日だけではなかった。

珠希の魂を癒すために毎日此処に来ていたのだった。

美紀と一緒に甲子園に行ったことなど知らずに。





 八月十九日。

大会十二日目。

順調に勝ち進んだ松宮高校はベスト十六に残り、三回戦まで駒を進めていたのだった。



この試合に勝てばいよいよベストエイト。


準々決勝だ。


プロ野球の選手になりたいと、子供の頃から憧れている秀樹にとっては負けられない一戦になる。





 八月八日の第一試合から始まり、八日目の十五日には二回選。



今までは疲れた体を癒す時間はあった。

でも明日からはノンストップ。


そう思うだけで、武者震いしたくなる秀樹だった。





 八月八日。

松宮高校は開幕したての第一試合だった。


その日は三試合が行われて、五対三で勝った。

九日は四試合。

十日は四試合。

十一日も四試合だった。


翌十二日は三試合。

十三日は四試合。

十四日は生憎の雨で中止だった。


十五日は四試合。

十六日は四試合。

十七日は三試合。

十八日は四試合。

十九日は四試合。


第二回戦終了時点でベスト十六が決まり、三回戦終了時点でベストエイトが決まるのだ。



松宮高校は初日と、ベストエイトを決める最終日に戦うことになったのだった。





 そして運命の第三試合が始まった。


松宮高校は先攻だった。


甲子園では、先攻の方が有利だと言う。

出所は良く判らないが、噂としても間違はないらしい。



正樹の傍には何時も提灯があった。

それは珠希のお墓でお盆に来られないかも知れないと正樹が用意した物だった。

正樹は常に珠希と共にいた。


美紀に珠希を感じながらも、娘に恋心を感じながらも、素直に愛せない正樹だった。

だから尚更、珠希の魂に触れていたかったのかも知れない。



でも本当は自分への戒めだった。


幾らなんでも、娘を愛する訳にはいかないのだ。

それは神をも恐れぬ背徳の行為だったから。





 秀樹はマウンドに立ち、直樹を見つめた。


もう一度コーチの言った、基本はキャッチボールと遠投の意味を再確認するために。



一イニングは、先頭打者から第三打者まで塁に出られなかった。

三者凡退で、呆気なく終わってしまった。

でももう、それを引きずるような秀樹ではない。

あの決勝戦での、直樹の満塁ホームランによって生き返ったのだ。



だから何も心配しないで、女房役を信頼するたけで良かったのだ。



「ストライク。バッターアウト!!」

主審の声が高々と見逃し三振をアピールした。




 秀樹はバッターボックス立ち、マウンドを見つめた。



(――えっ、カーブ!?)


直樹のサインはコーチの指示で封印していたあの球質だった。



(――本当にいいのだろうか?)

迷う秀樹に、再度ゴーサインを送る直樹。


直樹はコーチから、全権を任されていた。

カーブもチェンジアップも、投げられることをコーチは知っていたのだった。



秀樹は見えない場所で努力していた。


そもそもコーチは、秀樹の能力を高くかっていたのだ。

だから女房役の直樹に一任したのだった。





 『ストレートもまともに投げられない奴に、変化球が投げられる訳がない!』

コーチの言葉が脳裏を掠める。



(――俺の場合、手首をひねって親指が上に来るから危険なんだ)


解っていながらやっていた未熟者だった自分を思い出す。

。


(――でも……

外に向かって曲がるボールだからその方向に手首をひねってしまうけど、ストレートと同じでいいって直樹に言われた)



今、甲子園の晴れ舞台。



(――このマウンドに立たせてくれたコーチと直樹の行為に報いるために……)


秀樹は直樹の指示通りに初めてカーブを投げた。



「ストライク!!」

主審の声が響き渡った。





 「へー珍しい」

美紀の傍で何かをメモっていた後輩が言った。



「確か、カーブは封印していたはずなのに」


その言葉を聞いて、美紀は鳥肌を立てた。


八月十九日。

お盆は明けたけど、陽射しは刺すように痛い。

その中で……



美紀は泣いていた。

秀樹の苦労を……

秀樹の傷みを知っていたからだった。





 「兄は悩んでいました。『外に向かって曲がるボールだから、その方向に手首をひねってしまう』って言いながら……」



「そう言えば……、『俺の場合、手首をひねって親指が上に来るから危険なんだ』って言ってましたね」


その後輩の言葉に美紀は愕然とした。



「あっ、申し遅れました。私野球部でマネージャー見習いしてます」


後輩は手を差し出した。美紀はそっと握手をした。



「やったー!!」

その言葉に美紀は目を丸くした。



「だって美紀先輩、ミス松宮だもの」



「ミス松宮?」



「一年生で人気投票したのです。女子の憧れナンバーワンでした!!」



「えっー!? そんな」

美紀は嬉しい反面困惑していた。

自分で本当に良かったのだろうかと思いながら……



「男性は秀樹先輩と直樹先輩。同票でした。双子……、あっごめんなさい。みつ子全員トップだったんです」


後輩の嬉しい言葉を聞きながら、ふと手元を見た。


何やら訳の判らないマスが書かかれていた。





 「あっ、これはスコアブックって言います。野球の流れを記しておく物です。記憶より記録が大切らしいです」



「記憶より記録?」



「記憶って言うか、思い出は人それぞれで違いますが、これはそれを思い起こさせる記録なのではないでしょうか?」


彼女はそう言いながらもせっせと鉛筆を動かしていた。



「スコアブックには早稲田式と慶応式があるらしいけど、今の支流は早稲田式なのよ」



「ふーん、そうなんだ」

美紀は試合を応援しながらもそのスコアブックが気になって仕方なかった。



早稲田式も慶応式も美紀には解るはずがない。

それでも興味が沸いていた。





 「簡単に説明しながら進めますね。上の欄に場所な日時主審など解る範囲で書き込むの」


彼女は指差ししながらも目は試合に向いていた。



「左側に選手の名前。これも解る範囲でね。番号だけでも良いと思うわ」



「番号?」



「ホラ、ピッチャーが一とか、キャッチャーなら二とかあるでしょう? あの番号よ」


美紀はその説明が嬉しかった。

でも彼女の邪魔をしてはいけないと思った。



「ごめんなさい。今は試合に集中して。悪いけど又後で教えてね」


美紀の言葉に彼女は頷いた。





 秀樹はさっきまで悩んでいたことが嘘のように晴れていた。

カーブでストライクが決まって有頂天になってしまったのだ。



でも二番バッターでプレッシャーを掛けられる。

それはフェアプレーとは程遠い高校球児らしからぬ攻撃パターンだった。



バッターは打席に入り投球を待つ振りをしていた。

勢い付いた秀樹は絶好調のツーシームを投げた。



「ボール」

主審の声が響く。


秀樹は首を傾げた。

何故だか判らないのだ。


バッターはバットを下ろして打席を外すように後ろに下がっていたのだ。



結局、秀樹はバッターにフォアボールを与えていた。



次のバッターも最悪だった。

打席を外すと見せ掛けて、ボークを誘ったのだ。

結局ボロボロになった秀樹は一回裏に三点を献上してしまったのだった。





 ボーク。

ピッチャーがバッターに対し投球動作を起こしたら、その動きを途中で止めたり変更することは出来ない。


ランナーがスタートを切ったからと言っても宣告される。


判断が難しいケースもあるが、厳しいジャッチをしても良いとされている。



セットポジションに入ったピッチャーが、投球前に身体の前でボールをキープしたら完全に静止しなければなない。


この時、ランナーを確認するために動かしても良いのは首から上だけ。


上半身を捻って肩が動いた場合はボークになる。


牽制球を投げるには、上半身を含む身体全体を塁の方向同時かステップした後に動かさなければいけない。





 ボークとはセットポジションに入ったピッチャーが、投球前に身体の動作で決まるのだ。


主な物は、投球動作の中止や変更。


肩が動く。


塁方向に足を踏み出さない。


静止せずに投球。


ボールを落とす。


バッターが構える前に投げる。


グラブの中でボールを持ち直し腕や肩が動く、、


プレートに触れていない状況での投球。


などが上げられる。


ボークは守備チームのピッチャーにとって、常に気を配らなくてはならない重要案件だったのだ。





 「汚いな」

ベンチに入るなり、直樹が愚痴をこぼす。



「こんなの当たり前だ。みんな此処に勝つために来ているんだよ。ああやって、ピッチャーにプレッシャーを掛けるんだよ。もっと酷い手を使うチームもある。だからと言って、みんながみんな喜んでやっている訳じゃないんだ」


コーチは意味深けにそう言いながら、直樹の肩を叩いた。



「秀に……イヤ直……、いいか直、秀を頼むぞ」


直樹にはコーチの気持ちが解った。

秀樹が心配でならないのだ。



「任せてください」

直樹は胸を張った。





 相手の高校も、汚い手ばかり使って勝って来た訳ではない。

ただ、調子に乗ると怖い投手を潰しに掛かるのだ。

それは秀樹だから、敢えて出したプレーだった。



ツーシームだけだと思われていた秀樹に鋭いカーブが存在していた。

その上、研究し尽くしたたはずのストレートの威力が違ったのだ。


だからみんな、イヤでも監督の指示に従うしかなかったのだ。



それでも秀樹は持ち直し、最後まで投げ抜いた。


結果は三対一だった。



最初に高校球児らしからぬプレーで得点されただけで抑えられたのだ。


でもそれは、キャッチャーの直樹のみ知る事実だったのだ。





 美紀は後輩に、一イニングでの打者のプレー内容を聞いた。

どう見ても、秀樹が納得していない感じだったからだ。



「私も良く判らないんだけど、多分……でもああ言う汚い手を使う人が甲子園に出場出来ること自体信じられないけどね」


そう言いながら、膝に消しゴムを置いた。



「これがベース。この横に立っていた人が体を移動させる訳。ホンの少しでストライクゾーンが変わるの。だからボールの判定だった訳ね」



「それじゃ秀ニイは?」



「完璧なストライクだったはずよ。だからあんなに悔しがったのよ。その後のボークも、打席を外した振りをして誘ったのよ」



「酷い……」



「あんまり誉められたプレーじゃないわね。でも秀樹先輩偉いわよ。その後見事に立ち直ったもの」



「きっと直ニイが支えたのよ」

美紀はそう言いながら泣いていた。



納得出来ないプレーに負けた秀樹。

お調子者だからこその洗礼を受けて、きっと自分を責めていると美紀は思っていた。





 「ねえ、一回表三者凡退でしたでしょう? 良かったら流れ教えてもらえないかな?」


美紀は試合終了後、マネージャー見習いの彼女に持ちかけた。


彼女は頷いた。



「復習は私の勉強にもなります。試合は残念でしたが……」


彼女はそう言いながら、さっきまで記帳していたスコアブックを取り出した。



「四角の中に菱形なんてパッチワークの模様みたいですね」


美紀が言うと、彼女はハッとした。



「あぁ、言われてみればそうですね。そうだこのパターン使えそうだわ」



「パターン?」



「私パッチワークもやるんだ。素晴らしいヒントありがとうございます」


彼女はペコリと頭を下げた。





 「一回表での三者凡はね」

彼女の解説が始まった。



「最初の打者は三だからファーストね。一番バッターは兎に角塁に出ることなの。四角い枠の横に投球カウントを記入するのね。菱形の中にはアウトカウントや得点など記入するのね大概ⅠⅡⅢね」


美紀は指で確認しながら頷いていた。



「そうだ。これだけ説明しておくね。菱形の右下には打撃結果と本塁から一塁までのプレイを記入するの。右上には一塁から二塁までのプレイを記入するのね。左上には二塁から三塁までのプレイを記入するの。左下には三塁から本塁までのプレイを記入するの。全部ひっくるめて、一人の一イニングでの攻撃になるのよ」



「この丸は何ですか?」



「見逃しでストライクです。中に十字を入れると、空振りです。黒く塗り潰したのはボールなんだけど、ファールやバントファールにも使うの。後二重丸はバント空振り……」



「えっ、私二重丸は良い結果だと思っていました。違うんですね」



「そうテストの成績とは違いますね」


彼女はそう言いながら笑っていた。





 「あっそうそう。ライナーが一本棒。丸の下半分なのがゴロ。上半分なのがフライね。三者凡退はね。一番バッターは打つには打ったけどサードでゴロを捕球され一塁でアウト。菱形のⅠは、第一打者なの。第二がⅡ第三がⅢって訳です。右下に五ー三って書いて、五の下に下半分の丸がある訳ね」



「じゃあこれも同じだからサードでゴロを捕球され一塁でアウトってことですね。でもその下にスラッシュが二本あるけど」



「ああ、これでイニング終了ってこと。つまりスリーアウトです」



「スリーアウトで三者凡退か……」


美紀はそう言いながら、ずっとスコアブックを眺めていた。


秀樹と直樹の苦しみがその中に凝視されているような感じがして……





 「それともう一つ聞いてもいいですか? さっき秀ニイの取られたボークのことですが?」



「解り難いですからね」

そう言いながら彼女はスコアブックに挟んであった紙を取り出した。



「ボークとは塁上にランナーがいる時のピッチャーの反則球ですね、審判が相手を欺く行為と判断した場合にも取られるそうです」



「相手を欺く行為?」



「ピッチャーの意図を感じて取るみたいです」



「そんなー。秀ニイが悪い訳じゃないのに……」



「相手側が上手だってことですよ。よっぽど練習したのでしょうね」



「何か辛いですね。みんなの頑張り目の当たりにしてきた者としては……」


美紀はそれ以上何も言えなくなった。



見上げた空には太陽が輝いていた。


松宮高校の甲子園挑戦は終了した。

美紀は、勝ちチームがこれ以上ピッチャーを苦しめないことを太陽に願った。





 夏の終わりの風物詩。

珠希の楽しみにしていた地元の花火大会が始まる。


ルーフバルコニーには、叔母の家族と大も招待されていた。



(――お姉さん!?)


沙耶は美紀を見て驚いた。


家族のために甲斐甲斐しく働く美紀の中に珠希を見たからだった。



(――お姉さん此処にいたの?


――そうか。だから美紀ちゃん……)


沙耶はまじまじと美紀を見つめた。


美紀はそんな沙耶が怖かった。



沙耶は美紀に懐かしさを感じた。


その感覚が何なのか?


答えが出ないままで……



「高校野球、実に惜しかった」

正樹が口火を切る。



「もうちょっとでベストエイトだったのに」

大が悔しそうに言う。



「でも。俺達を負かしたチームが優勝決定戦に進出したんだって、みんなに自慢しちゃた」

美紀を見ながら、大が照れながら言う。



大は秀樹が潰れた経緯を知らない。

審判のボーク判定さえも、秀樹がミスをやったと思っていたのだった。



秀樹はただ一人で耐えていたのだった。





 こんなにも近くに美紀が居る。

それだけで大は舞い上がっていた。



「美紀ちゃん、やっぱり好きだ! 俺と付き合ってくれ!」


突然交際を申し込んだ大。

美紀の前に右手を差し出した。



「ちょっと待った!」

慌てて隣りに駆けつける秀樹と直樹。



三人の手が、美紀の前にある。


美紀はただ戸惑っていた。



「ちょっ、ちょっとあんた達!?」


沙耶が美紀の前に立ちふさがった。





 「ねえ、あんた達。美紀ちゃんが誰を好きなのか知ってて言ってる訳?」


言ってしまってから沙耶は慌てて口をふさいだ。


「あれ私……? 何ていう事を」

沙耶はそっと正樹の顔を伺った。



でも、正樹よりもっと困った人のいることに沙耶は気付いていなかった。



それは大だった。

大は沙耶の言った意味が理解出来なくてキョトンとしていた。



実は大は美紀が正樹を好きなことに気付いていなかったのだ。





 正樹は正樹で、三人の告白を目の当たりにしておどおどしていた。


美紀が心をとらえて放さない正樹。

どうしようもない程苦しみ、もがいていた。



正樹も美紀の中に珠希を感じていたが、それを口にする訳にはいかなかった。



それを口実に、自分が美紀を襲う。


正樹はそうなることが怖かった。



好きだと言えばいい。

解ってはいる。

でも言える筈がない。

正樹には此処は生き地獄だった。



花火が上がる度、一緒に過ごした珠希を思う。


プロレスラーを辞めてからもトレーニングに勤しんできた。


珠希が作り上げてくれた肉体と体力を維持するために。



正樹は珠希を忘れることなど出来なかった。



だから……


部屋の鍵は掛けなくなった。


珠希に帰ってきてほしくて……

魂でも良いから添い寝してほしくて……



そんな男が珠希の代わりに美紀を愛してはいけないと思ったのだ。





 やがて夏は終わり運命の秋になる。


秀樹と直樹にとって一生がかかる、ドラフト会議が始まろうとしていた。



新人選手選択会議。

通称ドラフト会議。


以前はストーブリーグの開幕とも呼ばれていた。


でも今はクライマックスシリーズが始まり、日本シリーズが十一月に延びたためにその表現は使用されなくなった。



希望選手はまず所属している野球部に、退会届を提出する。

それをやって初めて、出場資格が得られるのだった。



地元ではちょっとした有名人になった二人。


双子のバッテリーを目指してとの、期待する声を励みにその課題を乗り越えようとしていた。





 平成十七年より三年間。

『大学生-社会人ほか選択会議』

『高校生選択会議』

に分れて実施されていた。


平成二十年から一括で開催される。


新人選手は全員で百二十名。


秀樹と直樹も、この中に入っているものとみなされていた。



 プロ野球各球団の、前年度の成績とオールスター戦の勝敗で指名順位が決まる。


一巡目。

投票した希望選手が、他球団と同一なら抽選。

単独指名なら、交渉権が確定する。


二巡目。

逆回りになる。


三・四・五巡と繰り返し、合計人数が百二十名に達するまで行う。

達しない場合、強化育成を目的とした選手を指名することも出来る。

その場合、あくまでも百二十名が限度となる





 報道陣が詰め掛ける中、学校関係者がその対応に追われる。



モニターからは各球団の引き当てた、選手名が次々と発表される。



でも結局どの球団からも、長尾秀樹・直樹兄弟の指名はなかった。



地方の決勝戦で秀樹のツーシームが打ち込まれたことが敗因らしかった。


研究されると使い物にならない。

そのように思われてしまったのだった。



高校に集まった報道陣からもため息が漏れた。


大学に行くか、社会人野球に行くかは、二人の選択に任されることになった。


二人は迷わず社会人野球の道を選んだ。


正樹にこれ以上の負担を掛けたくなかったからだった。


大阪に住む美紀の祖父からは、ドラフト会議の始まる前に大学の入学金などの援助話もあった。

それでも、それに甘えてはいけない。

秀樹と直樹は自らそう決意したのだ。



大は大学に行き、教師を目指すと言う。


三人はそれぞれの思いで、美紀に告白しようとしていた。






ドラフト会議の続編は秀樹と直樹の歩く道にて。


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