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物語のはじまり


 人に姿を見られてはいけない。捕まって売られてしまうから。きっと酷い目にあわされてしまうから。

 繰り返し告げられる言葉に籠められた哀しみを知りたくなったのはいつの事だろう。


「おばあちゃま、どうしてそんなかなしいお顔でお話しするの? 昔誰かが捕まってしまったの?」


 祖母に無邪気にそう問いかけた覚えがあるから、おそらくはまだ自分が小さい頃だったのだろう。

 大好きで優しい祖母が、地上の物語を聞かせた後に繰り返し告げた言葉。

 満天の星の煌めき、優しく吹く風の声、儚くも美しい花の詩、それらを愛し焦がれても構わないから、けして「人間」には心を奪われてはいけないと。

 それについて訊ねた自分に、祖母はそれは哀しげな、それでいてどこか懐かしそうな顔をしていた。


「そうね。そろそろお前にも話して置くべきでしょう。私の末の妹の話を……」


 それは『人魚姫』という名前で何度も聞かされた話だった。母や姉からも。けれど、祖母はただ淡く憂いを帯びたまなざしで、それだけではない内緒の話を告げる。


「誰も信じないけれど、私にはわかるのです。あの城のどこかに妹の真珠が残ってる。それを見れば、本当の事がわかるのですよ」

「本当の事?」

「ええ、私は知らない。あの子が本当に王子に恋して地上に上がったのか、それともさらわれたのか。幸せを少しでも感じたのだろうか。知らない――知りたい」


 知りたいとそう呟く祖母の言葉が、憂いを帯びたその横顔が、忘れられなかった。

 だから、今日。

『人魚姫』と同じ年齢に達し、水面へ出る事を許されたルルは、ひとつの決意を胸に海の洞窟へと向かっていた。

 そこには海の魔法使いがいる。あの時『人魚姫』に魔法をかけた、魔法使いが。

 海藻に守られるように、珊瑚に囲まれた小さな入り口をくぐれば、そこには深淵の闇の世界が広がっていて、ほんの少し先も見えないそこにほんの少しだけ躊躇う。


「……誰か、来たのかい」


 地を這うように低い声が、唐突に響いた。

 話に聞いただけの存在で、一度も会った事はない。けれど、何故かわかる。

 この声が、魔法使いのものだと。


「わ、私はルル、魔法使いにお願いがあって参りました!!」

「……そう、なら、そこの彼についておいで」


 そこの彼と言う言葉に小首を傾げれば、暗闇の中に仄かな明かりが覗いた。

 指先よりもなお小さい本当に微かな明かりだったが、完全な闇の中では充分すぎるほどに明るい光。

 ゆらゆらと今にも消えそうな明かりとともに現れたのは、一匹のチョウチンアンコウだ。

 ルルの姿を確認すると、すぐに取って返すその姿を慌てて追いかける。このアンコウが魔法使いの言っていた彼なのだろうと思って。


「わぁ……」


 くねくねと複雑にまがった内部は、驚く事に奥に行くほど明るくなった。明るいと言うのは五平かもしれないが、少なくともぼんやりと自分の輪郭を確認できる程度の明るさはある。

 それが洞窟のあちこちに住む不思議な生物たちの明かりによるものなのか、それとも洞窟そのものがほんのりと明るいのかはわからないが。

 ただ、予想外なほど幻想的な空間に、ルルは本来の目的を脇に置いてうっとりと見惚れてしまう。

 そうして辿り着いた先は予想外に広い空間で、あちこちに海藻で隠された入り口らしきものがあった。


「一番右に入っておいで」


 その言葉と共に、アンコウはすっとルルには入れない小さな岩の隙間に潜り込んでしまう。ここから先は一人で来いという事なのだろう。

 これは魔法使いの力を借りる為の試練なのかもしれない。そう思ったルルは深呼吸をし、言われるまま一番右の入口へ向かった。




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