第四話 - 轢かれました -
再び、僕は草刈鎌を持ってサンバード高原へとやってきた。目的はもちろん、敵の討伐および素材の採取である。
「おっと、危ないな。燃えろッ!」
道なりに進んでいると、雑草から颯爽と現れた子兎が僕に向かって咬みつく為に飛んでききたので、杖で『スマッシュブロウ』で地面に叩き付けてから『ファイアーボルト』で焼肉にして倒す。
兎種は炎属性が弱点な上にライフが少ないのか、簡単に倒れてくれるので非常に楽だ。おかげ様で『炎魔』のスキルの経験値がどんどんたまっていく。
周りには数人のプレイヤーがモンスターとせっせと戦闘を行って経験値を入手するべく、頑張っている。
僕はのんびりとエリアの奥に進みながらも敵を倒しながら目に付いた物を草刈鎌で採取中だ。
おっと、薬草見つけた。前に大量生産したポーションは店売りし、鞄の中をすっきりさせたのだけどまたアイテム欄が埋まってきている。
ちょうど今の薬草を採取した所で最後の草刈鎌が壊れた。薬の材料になるものも十分すぎるほど集まったし十分だろう。
周りに敵もいないし…ちょっと休憩しよう。近くにあった木の木陰に隠れ、背中を預けるように座った。
太陽は空上で燦々と輝き、あたりを涼しい風が舞う。のんびりと涼んでいると、ふとある事を思い出した。
「そういえば、紙装甲の対策方法考えてなかったなぁ…。」
この問題は早めに解決したい。しかし、どうやって解決しようか…。幾つかもう解決方法は考えているのだけど…。
その一。レベルを上げる。レベルを上げて基本能力を伸ばそうという考えである。簡単かつ単純なのだけど、僕の低いステータス成長率では余り見返りはないかもしれない。
その二。いっそのこと軽装備ではなく中装備にする。そこらへんの店で買うことによって簡単に調達することはできる。確かに布から革に替えれば防御力は増すかもしれないけど、素早く動けなくなるからなぁ…。せっかくの平均以上の素早さを捨てるのはもったいない。
その三。防御力の上がる魔法を製作する。プロテスとかラクカジャとかスカラがこれに当てはまる。これはいいかもしれない。ただし、本当に作れるかどうかは知らん。やってみなきゃわからない。
この中で選べっていわれると…どれを選ぶべきかはみなさん一目瞭然だろう。
「じゃぁ、魔法。新しく作ってみますか。」
まず、魔法を製作するために円だけの何も書かれていない魔法陣を展開する。ここから魔法をどのように動かすのかという設定を作って術式を作ることによって陣が描かれていくのだ。
魔法を製作する上で忘れてはいけないことがある。それは属性による性質しよる概念の違いから術式上では同じ物を作っても効果は異なる。
例えば、炎は全てを燃やす『焼却』の性質、氷はあらゆる物を凍らせる『凝固』の性質。この違いで同じ術式でも魔法の効果は異なってくるというわけだ。
聖属性の回復魔法は聖属性の性質の概念の一つである『再生』の効果を利用しているのである。
さて、先ずは僕が作りたい魔法のイメージを思い浮かべる。僕が作りたいのは防御力を上げる魔法である。一定時間自分の能力を上げるバフ効果のある強化型が望ましいだろう。
炎と雷、聖属性だとちょっと違うものが出来てしまいそうだ。理由を簡単に述べると身体に炎や雷を纏ってても物理的な攻撃を防げる効果があると思うだろうか?固体じゃないから無理だろう。
僕の予想だとダメージを受けた時にその属性で反撃するカウンター系の魔法になると思う。聖属性の場合はおそらく物理防御力では無く魔法防御力が上昇したものが完成した。
『ホワイト・シェル』【聖属性Lv6】
説明:一定時間聖なる器を生成し、自身の身体を保護させる
効果:魔法防御力向上 照明範囲拡大
照明効果は自分で狙って付けたわけじゃないんだけど…まぁあったほうが何かと便利かな?
残る属性は一つ。地味に便利な氷属性だけだ。
「性質は『凍結』で…。あんまり複雑にすると消費魔力が凄まじいから出来るだけ簡単にっと…。身体の周りを覆うように展開。消費魔力と燃費の比は…これぐらいでいいかな。」
指先で魔力を込めながらも魔法陣を指示された様に描いていく。かきかきか~き…っとな。
「よし、これで完成!」
ミスが無いか用心深く確認した後に最後の一筆を書き込むと、魔法陣が光り出して作業が終了したことを知らせる。
30分間性能の調整をした結果このように仕上がった。ついでに名前も自分で考えてみた。
ぼくが かんがえた さいきょうの まほう。というわけじゃないけど…。
『フローズン・アーマー』【氷属性Lv6】
説明:一定時間氷の鎧で自身の身体を保護させ、被弾時に自動で氷属性の反撃を行う
効果:物理防御力向上 物理攻撃被弾時氷属性自動反撃
仕上がりは上々でかなり活用できそうだ。防御力が上がって自動反撃能力付きとはなかなか恐ろしい。
「んじゃぁ早速…。凍える冷気の衣よ、我が身を覆い尽くせ。」
若干長くなった詠唱を行うと一拍ほど遅れて僕の周りを一気に透明度の高い蒼色の冷気があふれ出し始めた。
効果時間を出来るだけ長くした上で効果も高くするために対象は自分だけに固定し、発動タイミングも少し遅れるように設定したのだけど…本当にこれで効果があるのだろうか?
使ってたら分かるだろうから、後で実戦で試してみようか。しかし…燃費が悪いな。マナが結構無くなった感じがする。実質的には『フロストノヴァ』の2倍ぐらいは…。
まぁ、これはこれで後々改良していけばいいだろう。ズボンに付いた砂を払いながら立ち上がっているとなにやら賑やかな声がエリアの奥から聞こえてきた。
「ん…?」
耳を澄まし、方向を確認してからじぃっとそちらの方向を見ると白い煙が舞いあがっており、その先頭には人がこちらに向かって走ってきていた。
「―――っ。―――、―――!!!」
何かを叫んでいるようなのだが距離が離れているのでよく聞こえない。しかし、様子を見ると尋常ではない模様で、物凄く嫌な予感がする。
だんだんとその全貌を確認できるようになってきたので目を凝らしよく見た。そして、僕は愕然とした―――
―――その必死に逃げる男の後ろには大量のモンスターが追いかけてきていたのだから。
「は?」
必死に逃げていくプレイヤーの後ろを続々とモンスターが追いかけているこの状態をオンラインゲーマーは"トレイン"という。
プレイヤーがモンスターと戦闘中、不利を悟って逃走した時に他の敵と次々にリンクしていき、敵は逃げた距離ほど数が増す。
そのあんまりな危険性から非マナー行為とまで言われており、下手をするとMPKを発生させてしまう可能性がある。
のちに僕はこう語る。この時にすぐに逃げなかったのは失策だったと。
目の前で逃走者がモンスター達に追いつかれ、あえなくフルボッコの餌食となり瀕死になって地面に伏した。
モンスター達は戦闘不能の状態からをオーバーキルをして殺した後、警戒状態で周りを見回し始め…僕と目が合った。
その瞬間、僕は背中を翻し必死に逃げ始めた。だが、奴らは次の対象を僕に定め、後ろで無数の足音を鳴らしながら追いかけてくる。
「トレイン嫌ぁあああああああ!来るなぁあああああああああああッ!」
必死に走って逃げているが、人間と獣の駆けっこなんて実に勝負が決まっているようなものだ。あっという間に距離を詰められ、いわずとも恐怖を感じる無数の足音が大きく鳴り響く。
こわッ!後ろ見えない状態でめっちゃたくさんの敵が追いかけてくるとかこわすぎる!無数の鳴き声がすぐ背後で聞こえることがさらに僕に恐怖を植え付ける。
「がぁッ!?」
さっと後ろを見ようと顔を動かそうとした瞬間、背後から体当たりを食らう。『高原の甲虫』にどつかれたのだ。おかげ様で体制を崩してこけてしまった。
「うぁ、うぁッ―――うぁぁぁああああああッ!!!」
一瞬で周りを囲まれ、物理的にボッコボコ。ツノに腸を貫かれたり、くちばしで頭を突かれたり、食いちぎられたり散々だ。足掻こうにも身体が恐怖のせいで動かず、どんどんと怪虫達が僕の上にたかってくる。
複数のデカイ怪虫が人間にたかっている今の状況を第三者から見るとまさにゾンビが人間の血肉を食うために地面に押さえつけて集団で襲っているような感じだ。余りの怖さに断末魔を上げてしまいそうなリアルバイオがここにあり。一歩間違えたら違う方向なR18に直行するぞ…。
すでに僕の視界には戦闘不能を表す赤いフィルターがかかっており、目の前にはモンスター達が執拗に僕を攻撃している。
戦闘不能状態ならば蘇生が行われれば復活できるのだけど、この様にオーバーキルをされるとそれすらできなくなってしまうのだ。何度も何度も攻撃を受け、ついに僕も死亡。
画面には『YouAreDead...』と表示され徐々に薄れゆく意識の中、僕はこう思った。
あぁ…。電車に轢かれたなぁ…。と。
っていうか初めての死亡がトレインってなんなのさ…。