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太陽の姫君  作者: おきょう


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9  招集命令

「陛下。ご命令の精霊使い、候補2名の資料をお持ちしました。」


執務室の扉を開くなり、王弟でもあり国王補佐官を務めるナスラは2枚の紙を差し出した。

ブラッドは書き物をしていた重厚な木製の文机から顔をあげ、それを受け取る。


手渡された書類は2枚。


2枚の書類の一行目を流し読みして、紅い瞳を細めてにやりと笑みを浮かべる。



「『花の乙女』と『冷徹な魔術師』、か。」

「2人とも精霊使いとしてはかなり優秀な人物です。どちらにしましょうか。」

「『冷徹な魔術師』。彼の方が面白そうだ。」


ためらいも無く『花の乙女』の情報がかかれた方の書類を放り投げる。

文机の上の書きかけの書簡をそのままに、王は手に持つ『冷徹な魔術師』の身辺資料を読み始める。

ナスラはひらひらと宙を舞う紙を指先で挟むと、丁寧に折りたたんで机の傍らに置かれた屑箱(くずばこ)へ入れた。


「この精霊学の教師の他に語学、数学、地学、歴学に礼儀作法の教師を手配してあります。」


「相変わらず手際が良いな。」

「おそらく一生を月宮殿(げっきゅうでん)で生きる事になるであろう姫君ですからね。あまりにバカでも困るでしょう。」

「ははっ!確かに。今のままではあまりに無防備過ぎる。」



純真なのも、無垢なのも、彼女の長所ではあるのだろう。


しかし何も知らないままでは困るのだ。

人の汚い欲望渦巻くこの国の中心地では、綺麗なままでは生きていけない。

国内随一の教師たちが施す知識と教養は将来の彼女に必要不可欠なものだろう。



「5つの今であの美しさ。成長して、知識と教養まで身につけたとしたらどれほど上等な女になるのか。楽しみだな。」


「うわぁ、おっさん臭いですよ陛下。あとで奥方に告げ口しておきます。」


ナスラの一言が放たれた直後、ブラッドの手にある書類に皺がよる 。

動揺してうっかり力を入れ過ぎたようだ。


「弟よ、笑顔でさらっと恐ろしい事を言ってくれるなよ。」



机を挟んで目前に立つナスラを国王は眉を下げて見上げる。

その姿に荒野の獅子のようだと称される面影はなく、さながら主人に叱られて震える子犬を思わせる情けなさだった。


(相変わらず、あの方にだけは弱いのだから。)



この国王の唯一の弱点である女性を脳裏に浮かべ、ナスラは苦笑した。

国王でありながらも側室をもたず、ただ一人の女性を愛する兄の彼女への想いは本物だ。

体が弱く、月宮殿(げっきゅうでん)の自室のベッドの上からほとんど降りることの出来ないあの人には、これ以上の子を産むことは望めないだろう。



だからこそ、変えの効かない第一王子の次期王としての立場を揺らがすわけにはいかない。

彼が『王』として不合格の烙印を押されれば、王座を巡って争いが起きるのは必然だった。


多少厳しい課題を課してでも、フレディを誰もが納得する人材に育てあげる必要があるのだ。



「はいはい。黙っていてあげますよ。私も義姉上を泣かせたくはありませんしね。」

「……泣かれるのは困るな。」


怒られるならばともかく、泣かれるのは非常に困る。


「だから言いませんってば。陛下?聞いてます?

…そんな事より、午後はフレディック様をお呼びになっているそうですね。」


「うん?ああ…。まだ図書館での騒動を放ったままだしな。」

「ちまたでは太陽神ラビナオーレの力を実際に目にした民の話が、噂に噂を呼んで尾ひれに背びれ、胸びれまで付いて広まっているようですからね。」

「つまり結構な騒ぎになっている、と。」

「簡潔に言えばそうです。」


ブラッドは読み終えた『冷徹な魔術師』に関する資料を机上に置く。

自らの顎鬚(あごひげ)(ふし)ばった手を沿えて、紅い瞳を細めて含んだ笑みを漏らした。



「ふむ、少し(つつ)いておくか。」


「ふふっ、午後が楽しみですねぇ。」




****************************




「フレディック王子、国王陛下がお呼びでございます。太陽宮廷、執務室へ御来廷(ごらいてい)ください。」

「…来たか。」


ブラッド国王が息子フレディを呼び付けたのは、王立図書館での書物浮遊騒動より3日後の事だった。

お茶の入ったティーカップをテーブルに置きながら、あくまで無表情を装って伝令役の騎士に視線をながす。


「分かった。御苦労だった、下がれ。」



…フレディに対しての現在の周囲の評価は『冷静沈着で頭の切れる美少年王子』である。



髪と瞳の色意外、線の細い母親に似たために父親のような豪胆な外見には生まれなかった。

口数が少なく、年齢に見合わぬ落ち着いたその物腰は、なによりも重鎮や貴族の令嬢達には好評価を受けていた。


しかし実際には親しい人間以外には素を見せられない――――己の立場やプライドを優先するがゆえに他人と距離を置いてしまうという面倒な性格をしているだけなのだ。


「はっ!失礼します!」


今日もまたこうして、年と見目にそぐわぬ冷静かつ落ち着いた物言いの王子に対し、伝令役は『さっすが王子!俺の子供の頃とは雲泥の差の優秀さだぜ!』と言う感想を得るのであった。



退室する伝令役を見送ると、フレディは椅子にもたれて脱力したように大きくため息をはく。


(あー、やっぱり来たか。説教だろうな。

レーナの存在を公表したとは言っても、まだ公に顔出しさせたいわけでは無いようだし。)


騒動を起こしたあげく、その場の収集も付けずに逃亡したのだ。

父親に弄られる格好の材料を与えたようなものであり、叔父(おじ)とつるんでチクチクねちねち嫌味を垂れられるのは想像に難くなかった。



(でも、何か情報引き出せるかもしれないし。)


太陽神の再来を示す神託は、当時非常に大きな話題となった。

いつ生まれるのか。どこに生まれるのか。

さまざまな憶測が国中を飛び交った。


国民全ての注目の的となりながらも、5年と言う年月秘匿(ひとく)され続けた存在。


どうして今、彼女を月宮殿(げっきゅうでん)に住まわせることになったのか。

リーナの力や知名力、成長すれば得ることになるであろう富と権力。

もし王がそれらを欲しているのならば、生まれたその場で手中に収めていたはずだ。



「…………。」


ふわりと髪を撫でる風の感触につられ、開け放たれたままの窓に視線を移した。



雲ひとつ無い快晴。 中庭に咲き誇る花々の香りが、風にのってかすかに香る。 


フレディは、空の色を焼き付けるかのように目を瞑った。



-----脳裏に浮かぶのはあの青い瞳。


ゆっくりと息を吸い、吐き出しながら目を開ける。


「…よし。」



立ちあがり、月と太陽の国章こくしょうが刻まれた剣を腰に下げ、彼は扉へと足を踏み出した。





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