8 精霊というもの
「緑の子は緑色の目をしてるのよ。だから緑の子。」
――――――彼女いわく、彼らは当たり前にその辺を漂っているらしい。
基本的には手のひらサイズ。
たまに大人以上の大きさの力の強いのもいるようだ。
池や川などの水辺には青い子が多くて。
暖かな日向には、黄色い子が集まっている。
彼らは口では話さない。
しかし言葉は頭に響くように伝わってくるから意思疎通には困らない。
「つまり、ファリーナ様の言う緑の子とは風精のことなのですね。」
「黄色が光精で、青色が水精か。」
(ふうせい。こうせい。すいせい。)
リーナは『彼ら』に個称がある事を初めて知った。
空気と同じように、そのへんにいつでも漂ってるものなので、一応色分けはしていても呼び名まで気にしたことは無かったのだ。
「リーナ姫、他の属性は?えーっと、姫流に言うと茶色の子と黒色の子ですかねぇ。」
「茶色と黒はほかの子よりちょっとイジワルなの。」
「意地悪?精霊がか?」
「うん。でも凄くがんばってお願いすればきいてくれるわ。」
「建国神話でも、太陽神の眷属は光・風・水の精霊とされています。地と闇は月神の眷属ですからファリーナ様には少し扱いにくいのかもしれません。」
国で把握されている精霊使いは基本的に1属性の精霊しか使役できない。
ごく稀に2属性使役する者もいるようだが、それさえも奇跡だと崇められる存在になる。
3属性以上は、この世に存在しないとされていた。
「しかし、程度の差はあれど全ての属性を使役できるのか…。」
「これまでの学説がことごとく崩されてますねぇ」
「アイラスでなくても興味を持つものは多いだろうな。」
(ぞくせい。け、けんぞく…?んー?)
3人は精霊についてずいぶん語り合っていたが、難しすぎてリーナにはほぼ理解できていなかった。
分かったのは、いつもふわふわ浮いている『彼ら』に名前があると言う事だけである。
サラリと髪をなでられる感触に目を向けると、傍らに黄色い子がいた。
<こうせい、さん?>
青い瞳を瞬きさせて目で追いながら、そっと頭の中で呼びかけてみる。
光精は黄色い瞳を細めて柔らかく幸せそうに頬笑んだ。
リーナの頬に優しく親愛のキスをすると再度リーナに微笑み、そのまま空を駆けて行った。
優しい感触に、思わずリーナの頬も緩んでしまう。
「あのぅ、皆様?」
背後から声をかけられ振り返ったリーナは、それを自分付きの侍女である赤毛のおさげの女性だと知る。
「マリー!」
マリーは駆け寄ってくる少女の背に合わせて膝を折ると小さく柔らかい体を抱き止めて微笑んだ。
「おかえりなさいませ。リーナ様。」
「ただいまっ。」
「図書館はいかがでした?絵本がたくさんありましたでしょう?」
「………えほん。」
そういえば一冊も読まなかったどころか児童書コーナへさえも辿りつけなかった…。
「リーナ様?お好みの絵本がございませんでしたか?」
「ううん。違うの…。」
色々あって本は読めなかったのだ。
けれど、まだ言葉の言語の少ない5つの子供には、何をどう話せば全てが伝わるのかが分からなかった。
沈黙して考え込むリーナへ、助け舟をおこしたのはローザだ。
いつもの何を考えているのか分からない含んだ微笑みを称えて、マリーに声をかける。
「ねぇねぇ、マリー?私たちに何か用があったのでは?」
「え?あ、はい。皆様ずっと立ち話しておられるようなので、中庭にお茶の席をご用意させていただきました。もし宜しければそちらに移動されてはと…。」
「ほんと?嬉しいなぁ。おやつは有る?」
「はい、本日はシフォンケーキをご用意しております。」
「よし。じゃあお茶にするか。」
時刻は3時過ぎ。午後のお茶にはちょうど良い頃合いだった。
…国随一の庭師により管理される月宮殿の中庭は、彫刻の施された石造りの噴水を中心に、色とりどりの可憐な花々が咲き渡っていた。
芝生で開かれた空間には、白い丸テーブルとイスが常にセットされている。
テーブルの傍らに侍女が用意したと思われるワゴンが置かれており、見るもふっくらと柔らかなシフォンケーキとティーセットが乗せられていた。
「おいしそうー!」
子供らしく甘いお菓子の好きなリーナは、マリーの手によって切り分けられたシフォンケーキに目を輝かせた。
更に上にはクリームとフルーツが添えられ、出来あがった皿をテーブルに置いてもらう。
リーナはすぐにスプーンを手に持ち幸せそうに頬張った。
ちなみにリーナの座るイスにだけは何枚ものクッションが積み重ねられている。
底上げ効果により、今は他の者と同じ視線の高さだ。
今回もちゃっかりリーナの隣の席を取ったアイラスは、スラリと長い指先でティーカップを傾ける。
着ている衣服がパンツ姿に白衣でなくドレスで、ここが月宮殿でなく貴族の館のサロンならば、どこの貴族の令嬢なのかと見紛う男達の注目の的だったのであろう。
それほどに優雅で完璧な所作であり、彼女の豊満な肢体は男心をくすぐるのである。
しかし美女の熱い視線は、残念ながら現在5つの少女に一心に向けられていた。
アイラスはリーナを観察するかのようにじっとその行動を追っている。
「ファリーナ様は、普段はただの愛らしい少女と言うだけなのですね。とても太陽神などという大それた存在には見えませんもの。」
「そう、だな…。」
「………。」
アイラスの言葉に、少年2人は顔を合わせて微妙な心境で言葉を濁す。
彼らの内に流れる血は、常にリーナを至上の存在だと訴え続けていた。
『ただの愛らしい少女』などと、どうやっても思えないのだ。
だが万が一アイラスに知られれば間違いなく実験やら観察やらを欲求されるのは分かり切っている。
フレディもローザもこれに関しては沈黙を守ったのだった。