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6  赤紙の薬師2

アイラスがまだ医師団の見習いだった頃。


彼女は毎日薬草園と研究室に入り浸り、薬の研究と開発に没頭していた。

アイラスは薬学の分野では天才と称されていて、数年後には王直属医師団の中でもかなりの地位に就いているだろうと誰もが噂しており、そして実際にそうなるのだが。


現在の話はともかく、当時のアイラスは医師としての地位よりも、純粋に薬学が好きで、いかに高い効能の薬を生み出すかと言う事しか頭の中にはなかったのだ。


ただ困ったことに、薬の効能を試してもらう実験台がいない。


もちろん自分でも試す。

国で雇った治験体もいる。


しかしそれでは足らないほどの数の薬を、彼女は毎日作り続けていたのだ。


そこで白羽の矢が当たったのが、ローザとフレディだ。

治験体は基本的に丈夫な成人とされる中、子供の体にどう影響が出るのかを試せるのはアイラスにとって非常に興味分深いことだった。


「別に危ない薬飲ましてたわけでは無いでしょう?

王子達に何かあっても困りますから、栄養剤や美容ドリンクばかりだったじゃないですか。王と王弟陛下の許可もきちんと取りましたし。」

「危険性の問題の話じゃない!毎日毎日、臭くてにがい薬湯飲まされ続けてみろ!アイラスの顔見るたびに口の中がにがくなる!」

「父上達は、薬湯から必死に逃げ回る(わたし)たちを見物して、腹抱えて笑ってましたしねぇ。」


エスティーナ王家の子育ては、ライオンの親子のごとく崖から子供を突き落として『生き残りたいなら死ぬ気で這い登れ!』と言うような感じなのだ。


もっとも、フレディ達が必死になって右往左往してる様を高い位置から面白おかしく見物し、楽しんでる事も事実だった。


「苦い薬が怖くて医師から逃げ回るなんて、まったく情けない。

ファリーナ様は(わたくし)の煎じた薬を実に素直に飲んで下さったとお伺いしましたよ。」

「そ、それは…。」


(飲まないと、マリーが泣きそうな顔するから…。)


リーナにとっても、正直にがい薬は苦手の分野にはいる。

だが侍女たちがどれほど心を砕いてくれても、食事も睡眠もとれなかった。

せめて薬だけでも無理して口にしなければ、彼女達に申し訳なくて、必死の想いで苦い薬湯を飲んだのだ。



好きで飲んだわけで無いことを説明しようと、眉を下げてアイラスを見上げると、リーナと視線があったアイラスは赤い髪を揺らし『ちゃんと分かってますよ。』とでも言う風にしっかり頷いてくれた。


「理由はともかく、さすがにそろそろ薬嫌いを直さないと恥ずかしい年齢ですよ……っと、失礼。何か用事があってこちらへ?引きとめてしまいましたよね。」


「あぁ…いや、これの読む絵本を見に来ただけだ。」


これ、と指を差されたのはもちろんリーナだ。


「でしたら座ってゆっくりお話をさせて頂いても?特にファリーナ様には興味がありまして。」

「……?」


ふふふふふっと、実に怪しく嬉しそうな含み笑いを浮かべるアイラス。

リーナはとまどい助けを求めて少年達に視線を送ったが、『逃げることは不可能だ。あきらめろ。』と諭されてしまう。


「最初からリーナが目的ってことか。」

「こちらから紹介してないのにリーナ姫本人だと知ってらっしゃいましたし。」



アイラスは上機嫌で、先ほどまで自分で使っていた、分厚い医学書がうず高く積まれたままの観覧机まで彼らを案内し、リーナのために椅子を引いてやる。

更には軽々と彼女を抱きあげて椅子に座らせた後、真っ先に隣の席に腰かけた。

王子と王弟子息(おうていしそく)というすごく偉い立場の彼らを放置して、だ。

少年2人は無言で女性2人の目の前の席に着席した。


「よほど彼女の事が気になってたんですねぇ。」

「だってこんな面白い素材、他には絶対ありませんよ?精霊使いというだけでも立派な研究対象なのに、太陽神なんてそんな素敵な!!もう隅から隅まで観察して実験して可能ならば解剖までしてしまいところですね!」

「解剖はもちろん実験も観察もしないでいい。」


「王子だけが独り占めしたいなんてずるいですよ……あれ、姿が見えません。」

「この本が邪魔なんだ本が。どれだけ積み上げてるんだか。」


積み上げられた大量の医学書によって机の向こう側に居るはずの相手の姿はほぼ見えなくなっていた。

特に背の低いリーナからの視線では、本の壁しか目えなかった。


(わたくし)としては今日のところはフレディック王子とローザ様に用はないのでどうでもいいです。」

「っ…この研究バカが!よけるぞ。」

「どうぞお好きに。」


フレディはそれらを端に寄せようと、本に手をかけた。


「ちょっ、フレディ!そんな乱暴にしたら崩れる!」

「え?うわっ…」


グラリと、積み上げられた本が揺れる。



「ファリーナ様!」



……普通は、机から本がいくら落ちようが大した被害が出ることはありえない。


せいぜい表紙が折れたり破れたりするだけだろう。

少々高く積まれていても、心配するのは落下した本の角で足の指を打つかどうかという事くらいだ。



しかし、幼く小柄な子供の頭上高くから



重くて分厚い書物が何冊も落ちてきたら?



-------それは、幾つもの鈍器が降ってくることと同義なのだ。



「リーナっ!」

「っ……!」



すぐ隣にいるアイラスがリーナの腕を掴んで引き寄せようとしたが間に合いそうになかった。



その場にいる誰もが、書物の落ちる鈍い音と、少女の悲鳴を覚悟した。



………………。


……………。


………。


……。


しかしながら、結果は予想に反していた。


「………素晴らしい!!」



大きく響いたのはアイリスの感極まった歓声である。


図書館で出す声にしては大きすぎる声だったが、注意しようとは館内にいる人間誰もが思わなかった。

残念ながら、そこまで思考が回る者はいなかったのだ。


なぜなら、床に落ちるはずだった本はもとより、図書館に存在するだろうと思われる本全てが、空中に浮いていたからだ。



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