5 赤髪の薬師
「おっきい!」
興奮した面持ちで、石造りの巨大な建物を見上げるリーナに、護衛として付けられた2人の若い騎士達も思わず笑みをこぼしてしまう。
淡い桃色をしたシフォン地の、柔らかい印象を与えるドレス。
髪はサイドのみを編み上げドレスと同じ色の花飾りで飾ってある。
せっかくの外出なのだからと、侍女たちが大急ぎで整えてくれた装いは、彼女によく似合っていた。
「では、我々は入り口で待機しておりますので。何かあればお呼び下さい。」
「あぁ。ご苦労。」
昼間の一般開放時間中は、扉は常に開け放たれていた。
中は手前のエントランスは3階までの吹き抜けの造りをしており、天井までの壁は全て書物で埋め尽くされている。
王子と王弟子息の登場に、図書館を訪れていた民や司書に緊張の色が走る。
しかし場所柄、直接話しかけられないかぎり礼を取る必要はなく、あくまで遠巻きに視線を集めるだけだった。
大勢の人間の視線が集まっている事に戸惑うのはリーナだけで、フレディとローザは慣れた様子で彼女を奥の児童書がまとめられた一角に促した。
「リーナ姫は、どのような本がお好みですか?」
「どうぶつさんが出てくるの!あと、お姫さまとか、王子さまとか、まほう使いさんとかのも好き。」
「なるほどなるほど。」
「まぁ、絵本なんて大体そんな感じだろう…あ。」
その時、何かを視線に収めたフレディの足が、ピタリと止まった。
一角に大きな観覧机が並べられており、その机のひとつに誰かが置いたらしい、何十冊という分厚い本が積まれていた。
その大量の本と本の隙間から、強いウェーブかかった赤毛がちらりと見えてしまったのだ。
(間違いない、あの人だ。)
「フレディ?どうし…うわ。」
彼の視線を追ったローザも、それに気付いたとたん納得したように足を止めてリーナの手を引き静止させた。
何事かと彼らを振り返るリーナに、やけに真剣な表情をした2人が声を潜ませて彼女を方向転換させる。
「遠回りして別の通路で行くぞ。」
「リーナ姫、こちらです。」
「え?え?」
ローザはリーナの手を引き、フレディは背を押して通路を引き返す為に促した。
やけに緊迫した様子の2人に戸惑うリーナだったが、彼らに促されて足を踏み出すまでには至らなかった。
リーナの背後から伸びてきたすらりとしなやかな手によって、2人の少年の肩はしっかりと掴まれ、前に進むことは不可能になったのだ。
「おや、久しぶりに会ったのに挨拶も無しですか?ずいぶん薄情なんですねぇ、ローシザネール様?フレディック王子?」
フレディは気まずげな様子で、ローザは引きつった笑顔でおそるおそる振り向いた。
「ア、アイラス…。」
「-----ご無沙汰しております。アイラス先生。」
リーナも2人にならって彼女を見上げる。
赤毛の、強いウェーブの効いた長い髪は高い位置で一つにまとめられており、この国の女性にしては珍しいパンツ姿だった。
上衣は丈の長い白衣を羽織っているが、白衣の釦は下の方しか留められていない---------いや、留められないのだろう。
(わぁ、おっきいお胸。)
豊満な胸が邪魔をしていて最後まで留められないのだろうとリーナは理解した。
丁寧に化粧を施し、爪には髪色と同じ赤いマニキュアも塗られている。
大人の魅力たっぷりの美しい女性だった。
視線に気づいたアイラスは、リーナの視線の高さに合わすために腰を落とし、鮮やかな赤い唇をニヤリと上げた。
「お初にお目にかかります。エスティーナ国王族付き医師団に所属しております、アイラス・サシャ・トナーと申します。」
「おいしゃ様?」
「はい、ちなみに先日までリーナ様の睡眠薬と栄養剤を処方させていただいてたのも自分ですよ。」
「……?」
リーナの記憶にある医師は確か老齢の男性だったはずだ。
首を傾げるリーナに、アイラスは彼女の疑問を察して笑みを深めて答える。
「ファリーナ様を診察したのは医師長ですわ。私は主に薬の作成と研究開発を担当しておりますので、医師と言うより薬師に近いですね。医師長の診断に合わせて、私が煎じさせて頂きました。」
「あ、そうなんですね。ありがとうございました。」
「いいえ、お元気になられたようで安心しました。…さて、王子とローザ様?」
「…なんだ。」
「いくらなんでも怯え過ぎではないですか。さすがに傷つきますよ。」
まったく傷ついた様子のない平然としたアイラスに、少年二人はため息を吐いた。
「仕方ないだろう。」
「条件反射ですから。」