3 祈神祭
「……どう思う」
ファリーナに絵本を読んだ後、数日睡眠をとっていない彼女を休ませる為にフレディックとローザは早々に退室した。
ファリーナに誂えられた部屋からフレディックの私室へ行くには、中庭をぐるりと囲む回廊を渡ったあと、階段で1階分上階に上がらなければならないが、彼ら2人はわざわざ回廊を周るのは面倒とばかりに、庭の中を突っ切って歩いている。
中庭の中心に置かれた噴水から跳ねる水しぶきを目に映しながら、さきほどの少女の事をフレディックは傍らにいる友に訪ねた。
「うんうん、なかなかの美姫でしたねぇ。」
「違う!そうでは無くて、感じなかったか。」
「分かってますよ。……ぞくぞくしました。」
濃い色のさらりと真っ直ぐな茶髪のローザは、王家の血が入っている事を示す紅い瞳を細めてうっそりと微笑んだ。
ローザは現王の弟にあたるナスラ・ラタ・エスティーナの第一子。
王家の血の濃さはフレディックと同じ位のはずなのだが、フレディックのルビーのような紅とは違い、ローザの瞳はやや紫がかった色だった。
このように月の神スザナの子孫である象徴の紅い瞳は、血の濃さよりもむしろ王位に近いものに、より強く表れるのが特徴なのだ。
それでも、フレディックと同じようにスザナの血がローザにも流れていると言うことは変わらない。
そしてやはり、フレディックと同じように、ローザも感じたのだ。
-----血の鼓動を。
「姫の空色の瞳に自身が映された瞬間、体中の血が沸騰するような…スザナの血の歓喜を感じました。」
普段は静かに微笑み、他人に内面を悟らせない腹黒性質のローザが、らしくもなく興奮した面持ちだ。
「あぁ、どうやら本当に本物のようだな。」
「えー?フレディったら疑ってたんですかー?」
「だってあり得ないだろ!太陽神ラビナオーレの再来なんて。」
「まぁ、確かに。本気で信じていたのは特に信心深い一部の人間だけでしょうからねえ。」
「まったくだ!」
そう言ってフレディックは不機嫌そうにやや口を尖らせる。
3つ年下の皇子の、珍しく年相応の拗ねかたをする様子に、ローザはこっそりと苦笑しながら、丁度5年前の祈神祭を思い出す。
-----正確には、5年3か月前のこと。
毎年、首都ロアで春に行われる、月の神と太陽の神を讃える祈神祭。
ローザは幼いフレディックと共に、祈神祭の催しを王族用の席から観覧していた。
正式な祈神祭に参加できるのは上位の神官と王族、一部の貴族のみだった。
この後、一般向けに誰もが参加できる簡略形式のものが首都ロアの広場で行われる予定だ。
大神官が月の神の子孫である王へ、感謝と祈りを捧げる祈りの儀の途中。
大神官が突如、苦しむように呻きだしたのだ。
急病かと慌てる者達の中、突如大神官は立ち上がり、王に向かって声を発した----あきらかに、大神官とは別人の声で。
<今宵より三月以内に、太陽神ラビナオーレの魂を受け継ぎし者が人の子として生を受けるであろう。>
それだけだった。
大神官の体を乗っ取った者が何なのかもわからなければ、生まれるラビナオーレの魂を持つ子が何をするとも、反対に人間達に何かをしろとも神託されなかった。
神託を信じる者もいれば、大神官の演技だと言い張る者もいた。
そうして一時は国中が神託の真偽の話に持ち切りになったものの、三月経っても半月経っても一年経ってもそれらしい事はおこらず、徐々に人々の記憶から消えていった。
このまま終わるのだろうと誰もが思っていた。
しかし数週間前に、突然ファリーナの存在が王より公表されたのだった。
「国王陛下、最初から彼女の存在を掴んでたんでしょうねぇ。」
「だろうな。」
そのうえで、秘匿した。
5年と言う月日を、世間から王かもしくはそれに近しいものがファリーナを隠し続けた。
そして、なんらかの事情があって先日公表し、王の名の元に月宮殿に保護をした。
あれだけ両親や兄弟の事を好いているのだ。
愛され、守られ、大切に育ってられてきたのは言わずとも分かる。
親が娘を国に売り渡したなんて事はなのいだろう。
どういう意図があってのことなのか…。
「ふん、あの人の事だ。何を聞いてものらりくらり交わされて終わりだろうな。」
「それでからかわれて遊ばれて泣いて帰ってくるんですよね。」
「何年前の話をしてるんだ…。」
まだ成人もしていない子供のフレディックとローザには一切教えてはくれないのだろう。
言葉で言いくるめて聞き出せるほど、王は愚鈍でない。
「教えてくれないのならば、どうします?」
答えなんて分かっているのに、ローザはフレディックにわざと聞いてくる。
「自分で調べるだけだろう?」
口元を上げて、得意げに笑んで頭一つ分背の高いローザを見上げる。
夕日の明りを受けた紅の瞳がいっそう強く輝いていた。
--教えてくれないから諦めるなんて、絶対ありえない。
欲しいものも知りたい事も、自分で掴んで捕りに行く。
将来エスティーナ国を背負う事になる少年の、こういう所がローザは好きだった。