2 建国神話のものがたり
----遥か昔、この地が最も混沌としていた時代。
絶えず起こる部族間の争いに、この地は疲弊しきっていた。
力の無い女子供は蹂躙されそこらじゅうに行き倒れ、男たちは絶えず起こる戦闘に駆り出され、死んでいった。
追い打ちを掛けるように、干ばつと異常気象における飢餓。
このまま、この地の人間は壊滅してしまうのではないかと思われた、その時。
天から2体の神が舞い降りたのだ。
一体は白銀の髪に紅い瞳を持つ月の神、スザナ。
もう一体は金色の髪に青い瞳を持つ太陽の神、ラビナオーレ。
月の神スザナは己の眷属である闇と地の精霊を、太陽の神ラビナオーレは同じく己の眷属である光・風・水の精霊をしたがえていた。
彼らは己らの精霊を使役し、土地に豊穣と実りを与え、争いを納め、その地の部族全てを纏めて『国』を作った。
『国』の王には、当初月の神スザナが付いていた。
しかし彼の本来住まう場所は天上の世界。
スザナは己と人間の娘との間に作った子を『王』に育てあげた。
子が王位につくのを見届けると共に、スザナとラビナオーレは天上界へと帰っていった。
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「そして月の神スザナの血を引く一族エスティーナ家が、現在の国王家と言うわけなのでーす。」
建国神話が書かれた絵本を手に持ち、ファリーナに読み聞かせているのはフレディックの従兄弟であり側近でもあるローシザネール・ラタ・エスティーナだ。
「…と言うか、どうしてローザがいるんだ。」
「え?やだなぁ、フレディがファリーナ姫の部屋に突撃したあげく見惚れてボーッと突っ立ってる時から一緒にいたじゃないですか。」
「妙な言い方をするな!」
ローシザネール…通称ローザは、ソファに座りファリーナを膝に乗せた状態で絵本を読み聞かせていた。
子供の扱いに慣れた様子に、さすが5人兄弟の長男だともはや感心する。
ファリーナに読み聞かせた建国神話は、この国の人間ならば誰もが知っているものだ。
もっとも、今回のものは絵本の為ずいぶんと省略系ではあるが。
実際の建国神話はキロはあるかと思われる分厚い本5冊分になるのだ。とても幼児に読まして聞かせられる長さではない。
「私、けんこくのお話すきよ。かあさまがいつも読んでくれたもの。」
ファリーナが、2人を見上げてにっこりと笑う。
ここ数日泣き続けた影響で目が赤く腫れてはいたが、曇りの無い笑顔に2人はほっとする。
同時に部屋に待機している、ファリーナの傍にずっといた侍女達も胸をなでおろし、彼女の笑顔に釣られて頬を緩ませた。
皇子であるフレディックと側近のローザがファリーナの相手をしている間に、彼女たちはファリーナを十分に休ませる為の寝所を整えたり、消化の良い食事の準備をする事にした。
「ついさっきまで『煩い!邪魔だ!うっとおしい!』ってプンプンしながら廊下を駆けてたのにねぇ。」
可笑しそうにからかう隣の人物の脇腹を肘でどつきながら、フレディックはファリーナを見下ろした。
「それで、この太陽神ラビナオーレがお前、ファリーナと言うわけだ。」
「んん?」
「いや、それじゃあ分からないでしょう。えーっとね、姫は精霊が見えるんだよね?しかも彼らを無制限に使役できる。」
「しえ、き?」
「ローザの説明でもわかって無いじゃないか。」
「えー?どういえばいいのかな。」
「………・・。」
眉を寄せて首を捻るファリーナに、フレディックとローザはなんとなく理解してしまった。
この子はあまり頭がよくない。
素直で純粋ではあるが、聡くはない。
自分たちが5歳の頃はもう少し物事を考えていたはずだ。
いや、ファリーナが標準なのかもしれない。
王宮と言う複雑な人間模様のある場所で育った為に精神的な成長が早かったのか?
どのあたりが普通なのかはいまいち分からないが。
だが、両親も侍従たちも、この子を納得させるだけの説明をしなかったのではない。
…ファリーナが、理解できなかったのだ。
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(びっくりした。びっくりした。びっくりした!)
ファリーナは着替えさせてもらったフリルをあしらったワンピース型の夜着に身を包み、枕に勢いよく突っ伏す。
気持ちを抑えきれず、思わず小さな足をバタバタと上下させる。
そんな子供らしいしぐさに笑みを零しながら、赤毛のおさげの女官マリーは上掛けをファリーナの肩まで被せた。
「ありがとう。あと、たくさんワガママ言ってごめんなさい。」
「っ…いいえ!我儘なんかではありませんわ。ご両親と離れて寂しいのは当たり前の事ですもの。」
食事を食べて、湯浴をして、ぐっすり眠るというごく普通の生活。
この数日、不安ばかりでどうにも出来なかったのに、とても美味しく食事を食べられた。
まだ日が落ち始めた夕方だったが、睡眠不足の体は既に眠りに落ちそうだった。
「でもフレディック王子はすごいですね、あっと言う間にファリーナ様をお元気にしてさしあげられるなんて。」
「あのね、フレディック様とローザ様に会った時にね?寂しいのが飛んで行ってしまったの。」
「そうですか。きっと、皇子とローザ様の中の月神スザナの血がそうさせたんでしょうね。」
「んん?」
「ふふっ、もう少し大きくなれば理解されますわ。今はゆっくりお休みなさいませ。」
マリーはファリーナの頭を撫で、頬にお休みのキスをして寝室を出て行く。
ファリーナはキスをされた頬を自分の手でもう一度なぞり、笑みをこぼす。
(マリーは好き。あったかい。)
けれど、そんなマリーがずっと側に居ても、本当の家族の温かさには到底かなわない。
父と母に会いたくて会いたくて会いたくて、寂しくてどうしようもなかった。
ただただ涙が溢れ続けた。
それなのに、フレディックに会った瞬間、ファリーナの世界が大きく動いたのだ。
とても懐かしい大好きな人にやっと出会えたような、不思議な感覚。
父よりも母よりも兄弟よりも、自分はこの人に会いたかったのだと、納得してしまった。
そして同じような感覚を、ローザにも感じた。
(マリーは血がさせたって言ったけど、どういうこと?)
疑問に思いながらも、眠気には勝てず思考は緩慢でまともには考えられなかった。
眠り落ちる瞬間、ふわりと頬をかすめる感触に頬を緩ませる。
彼らは空気と同じように、当たり前にある存在。
言葉は交わせない。
しかし、気持ちが繋がっているのでファリーナとの意思疎通に問題はなかった。
<おやすみなさい。良い夢を。>
囁いてくれるのを、頭で感じる。
「おやすみなさい。」
そっと囁き返して、ファリーナは夢の世界へと意識を手放した。