19 王の守護星
「僕からリーナを守れると思ってるのか。あはっ、面白いねぇ。」
余裕の笑みで風になびく髪をかきあげてクラウスはフレディとローザを見下げる。
一回り近く離れた少年達に剣を向けられても、彼から見れば子供のお遊びにしか見えない。
しかも術を持つ彼の前で只人の操る剣や槍は無意味にも等しいものであり、実際にクラウスに剣を向けた騎士が何人も周囲に転がっているのだ
「……でも、そうだね。精霊術だとあまりにも手ごたえなくてつまらなかったし。君達くらいはきちんと相手してあげようか。」
術で精霊に壊させるのではなく、己の手で壊してあげよう。
クラウスは腰に佩いていた剣を左手で抜いた。
彼を睨みつけていたフレディとローザは、そのしぐさに違和感を覚える。
(左効きか?-----いや、違う。)
風に衣服がなびく。
不自然に、クラウスの右腕が揺れた。
いや…右腕のあるはずの袖が、揺れたのだ。
小さく目を瞠るフレディ達に気付きクラウスは己の右腕を見下げる。
「…あぁ。気付いた?」
「……。」
うっそりと笑みながらクラウスは右腕を揺らす。
あきらかに中身が、腕が無い揺れ方だった。
「これね、リーナがやったんだよ?」
「なっ?!」
「前に殺そうとした時、彼女を守ろうとした精霊が暴走してね。短剣を握っていた僕の腕を飛ばしてくれた。」
フレディとローザが、目の前の敵に意識をむけつつも背後のリーナに視線を向ける。
驚きを隠そうともしない少年達を見下ろしながら、クラウスは立っていた噴水の淵から軽やかに飛び降りると、抜き身の剣を持ってゆっくりと彼らに近づいてくる。
「そうだよね、リーナ。」
クラウスが甘い声で妹の名を呼ぶ。
体を震わせ、青い顔をする妹を面白がるかのように眺めてみせる。
「ひと思いに心臓貫いちゃうつもりだったのに。おかげで場所が外れちゃって…そこに、傷が残っているよね?」
「っ…!」
リーナは泣きそうに顔をゆがませて、胸のあたりの衣服を握りしめていた。
彼女が握りしめる左胸の場所。
衣服の下には、残酷なまでにくっきりと刺し傷が残っているのだ。
急所を外れたとは言っても深く刺さった剣の痕は、おそらく一生消えることはないのだろう。
-----------ちょうど今夜のような、月の綺麗に見える夜のことだった。
自分の腹の上にのる、兄から切り離されたらしい腕の重み。
その腕の先の手が持つ短剣の刃は、自分の胸に埋まっていた。
兄と自分の血が体を汚し。
痛みに呻く兄がベッドの脇で呻いて倒れていた。
駆け付けた父と母の、悲鳴。
胸に残る傷と共に、決して消えることの無い記憶と痛み。
「僕の傷がふさがるころには、リーナはすでに月宮殿に送られていた。どこに居ても逃げられるわけないのに。僕が諦めるなんてありえないのに。わざわざこんな所まで来させるなんて面倒な子だよね。」
「きさまっ…!」
一歩一歩、軽やかな足取りで距離を縮めてくるクラウス。
今にも切りかかろうとするフレディだったが、先にローザが前に出る。
「ローザ、どけっ!」
「馬鹿言わないでください。私はあなたを守る為に居るのですよ?こんなときに主の後ろに控えてなどいられません。」
「そんな事を言っている場合ではないだろう!」
「まぁ、自分1人ではどうにもならないくらい分かってますけど…っ!」
「ローザ!」
頭上から落とされたクラウスの振るう一陣を、ローザがなんとか止めた。
見下ろす愉悦の籠った目と視線を交わえる。
「っ…。」
「ははっ、受け止めたか。」
いつもの稽古とはあきらかに違う。
人を殺す事を目的とした剣筋。
初めて味わう命の危機に、ぞくりと背筋が凍り恐怖で足がすくみそうになる。
「その年にすればなかなか優秀みたいだね。」
「それはどうもっ!」
どうにか跳ね返して相手を崩そうと己の剣を振るうものの、かすりもしない。
まぐれでも当たる気がしなかった。
「っ…くそっ!」
金属が打ち合う金高い音だけが、静寂な夜に響いていた。
(剣なんてほとんど取らないはずの精霊使いのうえ、片腕になってバランスだって崩れているはずなのに。)
速さも、技術も、どうやっても敵いそうにない。
何よりも大切な存在である主と女の子を守るには、力が絶対的に足りなかった。
「っ!」
「…まぁ、こんなものか。つまらないね。」
「なっ?!」
一瞬、ローザの視界からクラウスが消えたと思ったら、次の瞬間にはすでに背後に回られていた。
振り向いて体制を立て直す間もなく、背中に勢いよく蹴りを入れられる。
「ぐ、はッ…。」
「ローザ!」
勢いのままにローザの体は庭に立つ巨木へと叩き付けられる。
「っ…。」
衝撃で意識を飛ばしたローザに、クラウスが軽やかに距離を詰めると、何の罪のためらいもなくその胸に剣をつきたてようと振りおろす。
---------------キンッ!
振りおろした剣は、太陽と月の国章が刻まれた剣によって阻まれる。
王か、その地位を継ぐ者のみが持つことが許された宝剣の名は、
≪王の守護星≫
「……。」
「させるか。」
王の守護星で剣を受けとめる、月の神スザナの血を受け継ぐ少年の紅い瞳をクラウスは見つめた。
さきほどまで笑っていたのが嘘のように、無表情でフレディを凝視する。
(妹と同じ、神の恩恵を預かりし子供。)
「……。」
「…おい?」
「はっ。」
じっとフレディを見つめていたかと思えば、鼻で笑うようにして口角を上げて、そのまま剣を振り仰ぐ。
フレディは思わず身を引き、間一髪で刃を逃れた。
しかし、次に腕に走った痛みに眉を潜める。
「っ…!」
「フレディ!」
「何でもない!」
(避けきれなかったか!)
傷に気を取られ一瞬気を抜いた時。
ふわりとフレディは頬に風を感じる。
いや、風ではなく クラウスの服が当たったのだ。
「しまった!リーナ!」
クラウスは目の前にいたフレディではなく、リーナに標的を変えたのだった。
止める間もなくフレディの傍らを通り過ぎて金色の髪の少女の元へ駆けた男は、ただ震えるしか出来ない、幼い妹に剣を振りおろした。
◆宝剣の「王の守護星」について
現実ではサダルメリクは「王の幸運」と言う星の名前です。
リアルと意味が違っていますが造語ということで…。




