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太陽の姫君  作者: おきょう


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18 再会と決意

地響きのような大きな音に目を覚ましたリーナは、体を起こして暗い室内をぼんやりと見渡していた。



「リーナ様!」


控えの間から慌てた様子で出てきたマリーが、リーナの夜着の上にカーディガンを羽織らせると、彼女を引き寄せて守るかのようにきつく抱きしめる。

背中に回されたマリーの手は小さく震えていた。

部屋の外からは騎士達の怒声と靴音が鳴り響いている。


暖かいぬくもりに安堵しながらも、リーナは身じろぎをしてその腕から逃れようとした。


「マリー、外へいきたいの。」

「いけません!こんな…何が起こっているのかも分からない状況なのにっ!」


マリーは今にも泣き出しそうな顔で、リーナが逃げ出してしまわないように抱きしめる力を強くする。


「分かるわ。」

「え。」

兄様(にいさま)がきたの。」

「リーナ、様…?」


リーナはじっと(くう)を見つめていた。

人には見えない精霊が外の様子を知らせてくれているのだ。


その様子にとまどうマリーが口を開こうとした時、荒々しく寝室の扉が開かれた。


「っ!!」


リーナを隠すかのように体で覆おうとしたマリーだったが、相手が誰なのか分かると安堵したかのように力を抜く。

緩んだ腕から逃れて身を乗り出したリーナは、目を瞬きさせて扉に立つ彼らを見つめた。


「フレディ。ローザも。」

「無事か、リーナ。」



フレディとローザは、リーナのような起きぬけの夜着でも、いつもの見慣れた貴族服でもなかった。


丁寧な淵飾りの施された立襟の上着。

上着と同色のズボンをはき、革のショートブーツを履いたその服装は、エスティーナ国の騎士の正装だ。

フレディは王族直系にのみ許される純白の騎士服。

ローザは毎日見かけている騎士達と同じ、深い紺色の騎士服だった。


「その恰好は?」

「まぁ…色々考えて、な。」

「ね。」


フレディとローザが顔を合わせて意味ありげに頷きあう。


成人していない少年2人は、本当の戦いの場へ出たことは一度も無かった。

王族に意を反するものが居たとしても彼らを護衛する騎士達が守ってくれた。

長らく戦争の無いこの国では、剣は万が一の時のための護身術としての役割しかなさなかった。



そして騎士服は彼らなりの意志を示す、戦う為の服装だった。



「騎士以外の人間は太陽宮廷の方へ避難するように誘導させている。マリー、リーナを連れて行ってくれ。」

「いやっ!」

「…リーナ?」

「ぜったいいや!私もつれて行って。兄様(にいさま)は私に会いにきたのよ。」

「……。」


リーナの初めての拒絶と強い物言いにフレディ達は言葉を無くす。


何も知らせていないのに、何もかもを理解しているかのような台詞。

いつも静かに澄んでいた青い瞳が、今は熱く燃えるような熱をはらんでいた。


フレディはしばらく思案したあと、大きく頷くのだった。


「…わかった。連れていこう。」

「フレディ王子?!」

「大丈夫だ、マリー。リーナの事は俺達が守る。」

「そうそう、心配しなくても騎士達も居るのだからね。」

「…わかりました。リーナ様をお願します。」


マリーは不承不承ながらも頷き、リーナをフレディ達に渡すと深く頭をさげた。

最後に一瞬、きつく彼女を抱きしめてから避難する為にかけて行く。

揺れる赤毛のおさげが見えなくなるのを確認すると、フレディとローザはリーナの手を引こうと見下ろして…、やっと気づく。


リーナは夜着のままだった。


「…そのまま行くのか?」


いくら緊急事態とはいえ未婚の女性をその恰好で連れ回すのは、育ちの良い彼らには躊躇われた。



「着替える。急ぐから待っていてくれる?」

「かまいませんよ、どうせ奴の目的はリーナ様ですし。おひとりで着替えられますか?」

「だいじょうぶ!」


強く頷くリーナに安心して、フレディとローザは寝室を出て扉の前で待機することにする。




--------5分とかからず夜着から装飾の少ない黄色いドレスに着替えたリーナを連れて、フレディとローザは侵入者がいると思われる場所へ小走りでかけて行く。


居場所は精霊が教えてくれるらしく、リーナの言うとおりに動けばよいだけだった。


「中庭か。」

「建物の中より暴れやすくて良かったですねぇ。」

「まったくだ…なっ!?」




開けた中庭に出た瞬間、3人は言葉を失う。


侵入者を捕えるべく駆け付けたと思われる騎士数十人が中庭のいたるところに倒れていた。


「っ…。」

「フレディ、あそこ。」



ローザが硬い声で指したのは、無数に転がる騎士の先。


自分達を見下ろす影が一つ。


月光を背に噴水の淵に立つ青年。

彼はくすんだ金の髪を風になびかせ、紫色の目を細めて笑う。


「久しぶりだね、僕のリーナ。」

「クラウス兄様(にいさま)。」


リーナは胸のあたりで手をきゅっと握り締め、震える声で兄の名を呼んだ。

フレディとローザは緊張した面持ちで腰の剣に手を添えて、リーナをかばうかのように前へ出る。

その様子にクラウスは面白そうに笑いを漏らす。


「ははっ。お姫様を守る騎士様にしては頼りないなぁ。」


馬鹿にしたように軽やかに笑うクラウスに対して、フレディは厳しい表情で気を引き締め、背筋を伸ばして可能な限り落ち着いた声を出す。


「…クラウス・トゥ・ラヴェーラ。許可なく月宮殿(げっきゅうでん)に侵入した理由は何だ。」

「理由?そんなの分かり切ったことでしょう?」


クラウスは愛でるかのような優しい、しかし冷たさを感じさせる笑みを携えてリーナを見つめる。

そして恋人に囁くかのような甘い声色で妹を指して言うのだった。


「妹を。リーナを殺しに来たんだ。」


当たり前のことのように。

何一つ悪びれることなく。


たった一人の妹の死を望むと口にする男。



「ふざけるな。」


怒りをはらんだ呟きを吐くと、フレディは腰に佩いた剣を抜いた。

傍らでローザも同じように剣を抜く。

いつものように涼やかに笑みながらも、明らかに不機嫌な様子だ。


「リーナ。」

「…?」


2人の少年は剣を構えながら背後のリーナに視線だけを向ける。


「悪い。お前の兄だろうがなんだろうが、俺はあいつを切る。」

「フレディ…。」

「恨みごとなら後でいくらでもお伺いします。今は止めないで下さい。」

「ローザ…。」


泣きそうに歪む青い瞳に心は痛むものの、決心が揺らぐことは無かった。




大事なものをなくさない為に。



少年達は初めて、その手を血に染める覚悟を決めたのだ。






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