14 夕暮れ時の密談
橙色の光が窓辺から差し込みはじめる夕暮れ時。
人払いをした第一王子の自室には、王家特有の紅い瞳を持つ2人の少年が在室していた。
「ラヴェーラに遣わしていた者が戻りましたよ。」
ローザが懐から国章である太陽と月の印の封蝋が押された封書を出し、フレディに手渡す。
それはエスティーナ国の南方にあるラヴェーラ州を収めるラヴェーラ家を調べさせていた者からの報告書だった。ラヴェーラ家とは、リーナの実家だ。
フレディは黒い革張りのソファへ深く体を預けつつ、差し出された封書を受け取った。
「結局、父上からはほとんど何も引き出せなかったからな。これで何か分かると良いのだが。」
不遜気に眉をよせて呟く様子は、何処か拗ねているようにも見える。
先日の父王との会話の中で分かったことは、リーナの力を危険視しており、監視の意味も込めて月宮殿に置いていると言うことくらいだ。
思っていた以上に父王との差を見せつけられ、ほぼ何も手の内を開かせられなかった事実に子供なりに色々思う所があるのだろう。
フレディは封書をテーブルの上に常備してあるペーパーナイフで裂くと、彼とテーブルを挟んだ目の前の席にローザが座るのを目の端に映しながら、封書の中に入っていた数枚の紙を取り出してさっそく報告書の文字を読み始めた。
真剣な顔で書類を読むフレディを、ローザはいつものように微笑みながら静かに待つ。
しばし紙をめくる音だけが、室内に響いていた。
家族構成は父母の他には兄が2人と弟が1人。
生まれたのは神託から丁度1ヶ月後。
唯一の女児のため、両親にも兄弟にも溺愛されて育てられた。
(普通だな。特別変わったことはない、か?)
収穫は無かったかと、落胆しそうになったフレディだったが、しかし報告書の最後の1枚に視線を止める。
「長兄が、半年前に捕縛されている。」
「へぇ?それは興味深いですねぇ、罪状は?」
「緘口令が出ていて一切の詳細は表に出ていないそうだ。」
「ますます怪しい。」
「…だな。」
何か、糸口を掴んだような気がした。
思わず口角を上げるフレッドに、ローザはそういえば。と、常々疑問に思っていたことを聞いてみた。
「調べるより、リーナ姫に直接お聞きになった方が早いのでは?」
「それ、は…。」
「幼くても当の本人です。ここに放り込まれた理由は理解されて無いみたいですが、その前に実家で何があったかくらいは知っているでしょう。」
「………。」
フレディは一時、考え込むように押し黙る。
彼が考えこむ時のクセである、紅い瞳を細めて顎に手をあてる仕草。父であるブラッドも思案する時に良く顎髭に手を添えていた。
(さすが親子。そっくりだ。)
もっとも、本人に言うと怒るのは長い付き合いで分かり切っていた。
ローザは勝手に思って一人楽しむだけである。外面だけは大人しく、何も言わずに素知れぬ顔で主であり友でもあるフレディの言葉を待つ。
「ローザは、何も思わなかったか?」
「はい?」
言ってもいいのかと迷うようなそぶりを見せた後、覚悟を決めると真剣な面持ちでローザを見据えて、フレディは重い口を開いた。
「あいつ、笑う事しかしないだろう。」
「どういう意味でしょう?」
「初めの頃の父母への寂しさから泣いていた事以外、何の我儘も言わない。怒りも、拗ねたりもしない。笑った顔しか見せていない。」
「そう、言えば…。」
フレディの台詞に、ローザは出会ってから今までのリーナの言動や行動をひとつひとつ記憶をさかのぼっていった。
そうすると確かに、彼女の笑顔しか思い出せないのだ。
手のかからない良い子だと言われればそれまでだった。
しかし、5つの年の頃にしては良い子過ぎるた。
特別おとなしい性格ではない。
むしろ活発に人と関わるような子だ。
感情を表に出さないよう、押さえつけられるような育て方もされていないはず。
怒ったり拗ねたり泣いたりと、子供らしく目まぐるしく表情を変えるのが当たり前ではないか。
------何の欲求もない。 ただ、笑っているだけの子供。
その異常さに気付いてしまうと、ローザは背筋が冷たくなるのを感じながら、眉間に皺を寄せる。
「だから、な。何というか危うい気がして。」
言いにくそうに視線を彷徨わせるフレディに、首を振って答える。
「いえ、分かります。不躾に踏み込めば、壊してしまうかもしれない。」
あの無垢な笑顔の仮面を無理やり剥がすことは躊躇われた。
何の準備も無く踏み込めば、リーナ自身を壊してしまうかもしれない。
少なくとも今は、彼女自身に問いただすことは出来なかった。
「外側から攻めて、リーナの見えない所で先回りして解決してやれれば良いかと思ったんだが。」
「………。」
「……?ローザ?」
「いえ。」
ローザは思わず、口元を緩めてしまう。
それはいつもの作り笑顔ではない、気を抜いた、本当の笑顔。
(まさか、そこまで考えてらっしゃるとは。)
3つも年下の、自分が守らなければならないと信じ切っていた王子が、遥か先にいるような気がした。
リーナの傍にいる侍女や、ローザさえも気付かない事実を簡単に見抜く真贋。
事態の先の先を見据える思考力と行動力。
まだまだ国王陛下には到底及ばないだろう。
だが確実に王となるに相応しい器だと確信した。
この先、王として成長していく彼を一番近くで見て居たいと本気で思ってしまった。
「フレディ王子。」
「は?」
珍しくローザが自分を呼び捨てでは無く敬称をつけて名を呼んだことに、怪訝な表情になるフレディ。
間の抜けた少年の顔が、ローザの笑みをさらに深めてしまう。
ローザの瞳は、紫がかった紅い色。
その瞳を細めて静かな声音で自らの主に正面から向き合う。
「リーナ姫が本当の姿を見せてくれるように、頑張りましょう。」
その言葉にフレディが驚いたように目を丸くした。
ごまかしの無い、素直な彼の言葉と笑顔に対するのは久しぶりだ。
しばらくしてフレディがローザの台詞を理解すると、ニヤリと強気に口角を上げて紅い瞳を輝かせる。
「当たり前だ。」




