13 冷徹な魔術師3
一番知られたくない奥底を簡単に見透かしてしまう 青い瞳。
心にかぶった硬い殻を一瞬で砕いてしまう 無垢な笑顔。
今まで貫いてきた自分がもろく崩れて行く音がとまらない。
出会いたくなんてなかった。
「先生?」
イスから飛び降りて3人の傍まで来ると、青い瞳で無邪気に彼を覗きこんでくるリーナ。
カルアは視線を合わせないように目を伏せた。
眼鏡の奥の黒い瞳を揺らし、眉を寄せてぽつりとつぶやく。
「…仲良くなんて、無いです。」
「え?だって…。」
「使えるから使っているだけです。道具ですよ。それ以上でも以下でもありません。」
そう言いながらカルアは先ほどから感情に呼応して下がってしまっている空気中の水分の温度を正常に戻す。
緩んでいく空気にフレディとローザがほっと肩を撫でおろした。
この件には触れないようにしよう。そうしよう。誰もがそう思った。
しかし残念ながら、空気の読めない少女が一人。
彼女は不服そうに眉を下げて首を掲げて見せる。
周囲に飛び交う精霊とカルアとを見比べて、当然のことのように問いてくる。
「どうして?せいれいさん、先生のこととっても大好きなのに。」
「っ……。」
ピリピリとした張りつめた空気に、フレディもローザも言葉を無くす。
この冷酷な男の前で、どうしてリーナは平然としていられるのだろう。
意味がわからない。馬鹿なのか。
「迷惑です。好かれたくなどありません。」
「みんな優しいですよ?怖くないし。」
「そういう問題ではありません。」
「でも、先生のこと大好きって言っています。」
「私は嫌いです。生理的に受け付けません。」
言葉通り、カルアにとって精霊の好意は迷惑でしかなかった。
リーナのように精霊に敬愛されているのなら良かった。
しかし彼の周囲に集まる精霊は、敬愛でも親愛でも友愛でもない感情を持っているのだ。
-------精霊は、カルアのことを『恋愛』の対象として愛している。
(きもち悪い!)
好きでもない相手から身勝手に恋情を押しつけられて。
人には好かれないのに精霊にだけ愛されると言う事実も。
全てがプライドの高い彼の自尊心を傷つけるものでしかなかった。
だから精霊使いとして名を馳せるほどまでに力をつけたのだ。
命令して従わせて、これ以上彼らが近づけないようにするために。
「おいリーナ。いい加減しろ。」
空気を切り裂く、フレディの鋭い声。
びくりとリーナの体が小さく跳ねた。
「お前は人の事に首を突っ込みすぎだ。」
無垢な子供は、人の汚い部分にまでするりと侵入して踏みつけてくる。
ここまでだと壁を作っているのに、それを目に映しもしない。
それは時に残酷な刃となるのだ。
「誰にだって聞かれたくないことや知られたくないことはあるものだろう。」
「それ、は…。」
「変に追求するものではない。」
「う…。」
フレディに咎められて初めて気付く。
精霊がきらいな人なんていないのだと、完璧に信じ切っていた。
嫌いなこと。 知られたくないこと。
カルアにとっては精霊がそれなのだ。
(誰にも、知られたくないこと。)
リーナにだって良くわかる。
あえて触れられないように、笑って誤魔化している部分が無いとはとても言えなかった。
「先生、ごめんなさい。」
「………。」
「私ね、うれしかったの。せいれいさんが見える人に初めて会ったから。だから、ついたくさん聞いちゃいました。」
「……はぁ。」
カルアは思わず大きくため息を吐いた。
人の言葉をすんなりと受け入れて、間違っていたと気づけば直ぐに直す素直さ。
(素直…いや、単純と言のか。)
内心あきれながらも、平静を装うしか出来ない自分にとっては、リーナの単純さはなによりも羨ましい部分だった。
「別になんともありません。それよりそろそろ時間ですので、本日の授業は終了してもよろしいですか?」
「はい。」
「制御が出来ないうちは一人で精霊術は行わないように。抑える人間がいないと面倒なことになりかねませんから。」
「れんしゅうもダメですか?」
リーナは次の授業までにせめてさっきの水球くらいは作れるようになりたいと言い募る。
真剣に頼む様子に、カルアは暫く考え込んだあと、自分の腕に手をかけた。
「……仕方ありません。これを。」
手首に嵌められた銀色に輝く細い腕輪を外し、しゃがみ込んでリーナの手を取る。
透き通った青色の小さな石の嵌められた飾り気のない腕輪。
リーナの手首にそれを通すと、彼女の腕のサイズに合わせて縮んでいった。
「わぁ。」
「精霊の力を具現化して固めた精霊石を嵌めた腕輪です。」
本来は外的からの攻撃を受けると瞬時に発動して身を守る氷盾となるもので、カルアは精霊術が間に合わないような突発的事態に備えて身に付けていた。
精霊使いは貴重種であるぶん、力を欲する人間に狙われることも多い為だ。
リーナの手首に嵌めた精霊石に指先で触れると、外的からの攻撃でなく内側からの力に反応するように即席で石の気道を作り替える。
精霊術により力を送りこむと同時に、石は淡く青い光を放ちだす。
珍しい光景にリーナは元よりフレディとローザも食い入るように見入っていた。
「へぇ…、精霊石ってかなり貴重なものですよねぇ?」
「一から作るとなると時間はかかりますが、ある程度の力のある精霊使いなら誰でも出来ますよ。」
「その精霊使いが貴重なんだ。そうそう出回るものではない。」
フレディもローザも護身用として一つずつ身につけてはいたが、王族だからこそであり、一般人が持つことはまずありえない。
2、3分してカルアが指を離すと同時に石から光が消えた。
「これである程度の力は抑えてくれるでしょう。使えば使うほどに石の色は薄まります。透明になると効力が無くなったということですので使用を中止して下さい。」
「こうりょく?」
「………。」
瞬きを繰り返しながら呆けるリーナにカルアは無言で眉間にシワを寄せた。
人差し指で眼鏡を押し上げながら立ち上がると、吊り上がった目で冷たく少年少女を見下ろして言い放つ。
「精霊術より語学の勉強をされた方が宜しいのでは?いい加減に馬鹿すぎて勘に触ります。----失礼します。」
馬鹿にするように鼻を鳴らし、さっそうと立ち去るカルアを、ローザとフレディは茫然と見送った。
リーナのみが元気よく手を振っていたが、当然その相手からの反応は無い-----。




