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太陽の姫君  作者: おきょう


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11 冷徹な魔術師

「『冷徹な魔術師』とは。まーた面白い二つ名(ふたつな)の教師を寄越しましたねぇ。」


ローザは一枚の身辺資料を指先で(もてあそ)びながら、さきほどから不機嫌な表情で黙りこんでしまっているフレディに視線を送った。


「冷徹、無表情、潔癖、無愛想。冷たい態度と台詞(せりふ)に打ちのめされ絶望した者は数知れず。」


資料に書かれた人柄についての考察の欄を声に出して読んでみる。

他の学科の教師は総じて穏やかな性格の者が選ばれているのに、なぜか一番重要な精霊学の教師だけが難ありの人物だった。


蝶よ花よと甘やかされて育てられたと分かる、(ゆる)くて少々物覚えの悪いリーナ。

対する相手はクールでお堅いと有名な教師だ。

正反対の彼らが、果たして打ち解け合えるものだろうか。


「ふふっ、楽しみですねぇ。」





************************




整髪剤により丁寧に撫でつけられた黒い髪。

淵の無い眼鏡の奥に覗く髪と同色の目は、神経質な性格を象徴するかのようにやや吊り上がった細めの形をしていた。



細身の体を強調する、すらりとした黒いベストとパンツはもとより、シャツにも、首元を飾るスカーフにも、一つの皺も見つけられない。



姿勢良く直立不動で立つ20代後半の男は、幼い少女を冷たく見下ろした。



「本日よりファリーナ・トゥ・ラヴェーラ様の精霊学の教師をさせて頂きます。カルア・サ・ボナと申します。」


淡々とした声音で無表情のまま頭を下げる。

つり上がった細い目は鋭敏な鋭さを持っていて、いつも初対面の人間を凍り付かせていた。

(やわ)い貴族の令嬢ならば、その冷たい視線と態度で既に涙目になっていたかもしれない。




しかしリーナは彼の態度に動じることは無かった。



なぜなら、リーナの目には彼の周囲を飛び交う可憐な精霊が映っているのだ。



たとえば凄く強面(こわもて)の人間が可愛らしいぬいぐるみに囲まれた光景は、失笑せざるを得ない光景になる。

小さく可憐な精霊達はぬいぐるみと同じ効果を担っていた。



しかもカルアは己がリーナからどう見えているか自覚している為に、ますます眉を寄せて不機嫌になるのである。

大の男がかわいいものに囲まれて怖さを中和されるなんて、冗談じゃない。




リーナは青い瞳でカルアと彼にまとわりつく精霊を交互に視線に入れた後、にっこりと笑ってスカートの裾を摘まむ。

摘んだスカートを少し持ち上げ、静かに膝を軽く曲げて礼をとった。

正しくは膝を曲げる前に片足を半歩後ろに下げるのが正式な淑女の挨拶であるが、5つの年頃でする礼としては上出来だろう。




「はじめまして。ファリーナと申します。どうぞ宜しくおねがいします。」



カルアは無表情かつ無言のまま、僅かに(うなず)くような動作だけで返事をする。



「では早速始めさせて頂きます。ああ…侍女の方は遠慮願えますか?気が散りますので。」

「……かしこまりました。」



それまでリーナの背後に控えていたマリーは、カルアのリーナに対する慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度に(いきどお)っていた。

しかし彼が国王より推選された人物であること。

有能かつ位の高い身分であること。

主であるリーナが彼の言葉に反論する気も無さそうなことから、大人しく言われたように退出するしかなかった。





「まずは中庭で、基本的な技術を学びましょう。」


2人は揃って中庭に出ると、庭端に常設されている白いテーブルとイスに腰掛ける。



太陽の光にさらされた金の髪は更に輝きをましていた。

緩やかな風に流され乱れたその髪を、片手で押えながらリーナは問いかける。



「先生、どうして中庭でおべんきょうするのですか?」

「人工物に囲まれた室内より、自然の多い場所の方が精霊の力をより強く、楽に得られます。それに、机の上で学術的な知識をいくら説いてもファリーナ様に理解出来るとは思えませんしね。」

「………いみが分からないです。」



カルアの台詞には難しい単語が多すぎる。

頭の回転の早くないリーナには少々難しかった。



眉を寄せて(うな)る少女の仕草は大変愛らしいものの、カルアが心動かされることは一切ない。



むしろ呆れて馬鹿にしたかのように溜息を吐く。

もちろん元々の性格で神経質な所はあるものの、咥えて今日の彼はとことん機嫌が悪かった。



「私は教師としてあなたの質問に正しい返答をなしました。理解出来ないのはあなたの稚拙さによるものであり、これ以上噛み砕いて同じ回答をする必要性は感じられません。」



リーナが理解しようとしまいと、どうでも良かった。

元よりまともに教師をする気力がないのだ。

しかし王命である以上断る事はできず、嫌々ここに立っているという現状だった。



(あの王は何をかんがえてらっしゃるのだか。)




「っ・・・・・・。」



常に楽しそうに微笑む少女の無垢な笑顔こそが、彼の眉間に皺をよせさせる原因になっていることは、カルア本人にしか知らない事実。

眼鏡を指で押しあげるそぶりで視線に入れないように誤魔化して、何もかもを見透かしてしまいそうな青い目から視線をそらした。



「では、まず初歩的なものをお見せします。」

「はいっ。」




手のひらを胸の前に掲げ、カルアは己の属性である水の精霊に頭の中で声をかける。



咲き誇る花々。

噴水という水源。

日当たりも良い。



精霊が好む条件が揃っている。

自分達を取り囲む精霊の数が増えたのを感じながら、カルアは精霊に命を下す。



<水精よ、ここに水を。>



精霊術はいかに精霊を従えさせるかがコツであり、常に上から目線の態度であるカルアにとっては得意分野であった。




掲げたすらりと長い指を広げ、手のひらに意識を集中させる。



頭の中で欲しい水の量と形をイメージした。



すると、手のひらの上に玉状の水、水球(水球)が出現したのである。



「わぁっ!」


リーナが、それに歓声をあげた。




ふわふわと宙に浮く水の玉。



太陽の光を反射して美しく輝き、周囲に咲き誇る花々の鮮やかな色を映し出す。



「きれい------。」


「・・・・・・・・・。」



リーナの素直な賛辞に、眼鏡の奥の瞳が一瞬揺れる。


希少種である精霊使いは、奇異な目や好機な目で見られてばかりで、ここまで率直なほめ言葉はめったに無かった。



素直に純粋な目で見てくれている少女に面食らってしまう。

頬をゆるめて水球を見つめ、その後カルアを見上げて「すごいです。とってもきれい!」と喜ぶリーナにうっかり彼女と同じように頬をゆるめてしまいそうにもなる。




(しかし・・・。)



しかし、こんな事で心を許す訳にはいかないのだ。

カルアにはリーナと相入れない深い深い事情があるのだから。



(見えるんだぞ?ありえない。無理だ。辞めたい。近寄りたくない。)




カルアがリーナに心を許さない、いや、許せない絶対的な理由。



それは、何よりもリーナが『見える』と言うこと。



『見える』ことが、彼を極端に神経質にさせている原因だった。




「では、同じ事を(おこな)ってください。面倒なので見本は一度しか見せません。」


「はいっ。」



(これだけ突き放した言い方しているのに堪えてない・・・。)




おそらくこれも『見える』からだ。




(・・・くそっ!忌々しいっ!)





自身が認めたく無い事実を。


誰にも知られたくない真実を。


見えるがゆえに、出会ったその場で知られてしまった。



それはカルアにとって、とてつもない屈辱だった-------。





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