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1  プロローグ

エスティーナ国、首都ロアの中心部にそびえる宮廷の北側には王族が住まう月宮殿(げっきゅうでん)がある。


(まつりごと)を行う宮廷とは違い、王族の私的な住居となる月宮殿(げっきゅうでん)に立ち入る事が許されるのは、王族とその親族。

そして近しい側近と身の回りの世話をする為の侍女のみ。


その、エスティーナ国でもっとも厳重に警備された場所に突然放りこまれてしまった少女がいた。

王族でも、彼らに近しい血縁者でも無い。


彼女の名は国の南側のラヴェーラ州を納めるラヴェーラ家の第3子、ファリーナ・トゥ・ラヴェーラ。




「っ…と、さま。かーさまぁ。」


快晴の日の空をそのまま切り取ったような澄んだ青色の瞳に涙を溜めて、父と母を呼ぶ5つになったばかりの幼い子供。


子供にとって絶対的存在であるはずの親が傍に居ない。

毎日遊んでいてくれた兄弟が居ない。

この世に生を受けての5年間のほぼ全てをラヴェーラの自宅で過ごした彼女の世界には両親と兄弟、そして何人かの使用人しかいなかった。

誰一人知る者の居ない、全く知らない場所に突然放りこまれたのだ。


----それは幼い子供が恐怖と不安で寝ることも食べることもできず、ただただ泣き続けるにあたる十分な理由だった。


「姫様、どうかお食事をなさって下さい。」

「もう2日も、ほとんどお休みになってらっしゃいません。」

「このままでは…またお医者様に睡眠薬と栄養剤を処方して頂かなくてはならなくなりますわ。」


優しい声色で、3人の侍女達がどうにか状況を打開しようとファリーナに話かける。


「っ…。」


しゃくり上げながら首を横に降るファリーナに、侍女の一人である赤毛のおさげが特徴のマリーは困惑した表情でため息をつく。


「困りましたわ。」


侍女は5つの子供を宮に迎え入れるにあたり、厳選して選ばれた者たちだった。

彼女たちは子供に人気のおもちゃやお菓子を手配した。

抱いてあやしてなだめて、どうにか落ち着かせようと努力した。

既製品ではだめなのかと、手作りの素朴な料理やお菓子を作ったりもした。



----ただ泣きわめくだけの子供だったなら、彼女たちはここまでしなかった。


ファリーナは、こちらが困った顔をすれば迷惑をかけていると悟ったのか、どうにか泣きやもうと必死に唇を噛み締めるのだ。


だが失敗して、耐えきれず、やはりポロポロ涙を流してしまうと言う事を繰り返していた。

彼女がただワガママで泣いているのではなく、彼女自身でも抑えられない感情であり、泣くことをどうしても止められない。


そう気づいてしまった侍女達はすっかりファリーナに心を許し、誠心誠意に彼女に尽くし、どうにか笑顔を見せて欲しいと願い、愛らしい顔がいつまでたっても涙で歪められているのに心を痛め、あの手この手を試していた。



しかし結果は惨敗。


いつまでたってもファリーナは泣き続け、医師による栄養補給と睡眠を強制的に行わなくてはならない状況だった。


彼女が親元を離されたのは10日前。 この王宮に付いたのは4日前。

そろそろ本当にどうにかしないと本格的に体を壊してしまう。


そう思いつめるマリーの耳に、部屋の外からなにやら騒々しい声が届いた。



「お待ち下さいっ!姫はまだ幼い子供なんです。どうかご無体は…!」

「うるさい!毎日毎日ピーピーピーピー泣きわめかれて!宮殿中に響き渡ってるんだぞ!

不愉快どころかいい加減に我慢も限界だ!」


バンっ!と大きな音を立てて重厚な木製扉が開かれる。

磨かれた上等な革靴で絨毯を踏み付け部屋に押し入った人物は、不機嫌な感情を露わにした少年だった。


ゆるくウェーブしたミルクブラウン色の柔らかそうな髪。

王家の血筋であることを証明する紅いルビーを思わせる瞳。

11歳と言う年に見合う、まだ幼さを残した輪郭と体格。

そして彼は、年には見合わない気品と威厳を纏っていた。


エスティーナ国、第一王子フレディック・ラビ・エスティーナ。

現国王にはフレディックの他に子が居ないため、現在王位継承権を持つものは彼だけである。


「フレディック様っ!」


マリーを含めた侍女3人が慌てて床にひれ伏す。

ファリーナは驚き、泣くのも忘れて目を丸くして茫然と彼を見上げる。


ジロリと自分を睨みつける紅い瞳と視線が合った瞬間。


その強い感情の籠った瞳に、絡めとられたかのように固まってしまった。



******************



窓際のソファにちょこんと座り、女官に囲まれ泣いていたファリーナと目を合わせた瞬間。


固まったのはファリーナだけでは無かった。

同じようにフレディックも、彼女の強い瞳に息をのみ、後ずさりそうになったのだ。

そして、フレディックのすぐ後ろに付いてきた側近も、同じような反応だ。


目をそらさず、睨み続けることが出来たのは、上に立つ者として育てられたが故に下の者に弱みを見せる事をしたくないと言う彼のプライドだった。



「……。」


赤や茶を含んだ金髪の人間ならばいくらでも存在している。


だが彼女のような混じりけの無い純粋な『金』の色の髪はこの世界でただ一人。


空を映した『青』の瞳と、太陽のように眩い『金』の髪。

そして世界を変えうる『力』

次期国王である自分の立場を覆してしまうかもしれない、特別な存在。


侍女や側近たちの話では聞いていたし、幼少の頃から何度も読まされた伝記にも彼女の事は書かれていたから、ある程度想像はついていた。

しかし、どの色よりも澄んだ、何もかもを見透かされてしまいそうな瞳に見つめられ思わず言葉を忘れる。

艶やかな腰ほどまでの髪に、成長すれば絶世の美人になるだろうと想像出来てしまう整った容姿。

女神ラビナオーレが特別に手をかけて作りだしたのではと本気で思ってしまうような、少女。


「ど、どなたですか?」


先に言葉を発したのはファリーナだった。

軽やかな鈴を鳴らしたような、凛と響く声にフレディックは我に返る。

息を整えて、背筋を伸ばし、勤めて落ち着いた声を発した。


「お前が、〈ラビナオーレ〉か。」

「ら…らび…?」

「ラビナオーレ、太陽神。」

「……?」


目の前の少年の言う事が何を差しているのかわからない。

戸惑ったように首を傾げるファリーナに、察したフレディックは信じられないと言う風にため息をつく。


「お前、何も知らずにここに居るのか。」


「う、ん。」


素直にこくりとうなずく。


己の立場も、状況も、どうして一人ここへ連れ出されて来たのかもわからない。


両親はただ、「元気でね、愛してるよ。」と、泣きながら彼女を抱きしめただけで送り出した。

幼い彼女に、複雑な事情を大人は教えなかった。

説明しても理解できないだろうと思われたのだろうか。





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