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請負屋トマリ 番外編 FIRST IMPRESSION

作者: 水月蒼也

いきなり番外編を読む人は少ないでしょうが、一応は、別にこれが初めてでもおかしくないかなー? な仕様になっている、はず。

「キミ達、なにしてんの?」

 出会って初めて聞いた言葉がそれだった。

 その穏やかな気持ちのいい声は、今は興味津々にわくわくと踊っている。

 それは男だった。

 歳は二十代半ばか。いや、だがその老成したような身に纏う空気のせいで三十代とも四十代ともとれる。

 若く見えるが年齢不詳なその男。

 髪は光を一切反射しない……いや、光を呑み込むような漆黒。闇の色。私も黒い髪をしているがまったく違う印象を抱かせる色。

 反して瞳の色はガラス玉のような湖のような水色。澄んだ明るい色をしているのに、深くて底の見えないような得体の知れなさも兼ね備えている。

 真っ黒な三つ揃いのスーツに、揃いと見える真っ黒な帽子。そしてその中に狂ったようなパッションカラーのシャツとネクタイ。

 長身だが不思議と威圧感は感じられない。どちらかというと人を落ち着かせる空気だ。加えて、整ったその容貌に常にある力の抜けたような笑顔。警戒心も敵意も雲散霧消してしまうだろう。

「ね、なにしてんのさ?」

 彼はもう一度尋ねてきたが、私も、私と対峙している男も言葉が出ない。何しろ、彼は五メートルはあろうかという高さ――家の屋根――から飛び降りてきたのだ。

 そして今は私ともう一人のちょうど中間の位置に立っていた。

「お前……何者だ」

 私と向かい合っていた男が問う。疑問と驚愕と困惑で綯い交ぜ(ないまぜ)になった顔をしていた。無理もない。

 そして彼は問いににっこりと答えた。

「名乗るほどの者じゃ……と言いたいところだけど、まぁいいや。僕の名はトマリ=クルーエル。『請負屋』さ。――お見知りおきを」

 トマリと名乗った男は、さっきとは違う、深い底知れないような、それでいてどこかイタズラめいたような不思議な笑みを顔に刻んだ。そして手を胸に当てて完璧な礼を取る。

「なるほどな、お前が……あの。正義の味方めいて、破格の依頼料で弱きを助け強きを挫く、か? 馬鹿げたことをしていると有名だな。自分から問題に首を突っ込むこともあるそうじゃないか。これもそのクチか?」

 ニヤリ。また違う笑み。

「わざわざ説明的なセリフ、どーも。別に僕はこの仕事の方は趣味でやってるから金を取らないだけだよ。――って言うか、そういうコト言うってことは、自分が『悪』だと認めちゃってるワケ? それにさ、僕のこと『請負屋』としてしか知らないなんて、いかにも裏の人間っぽいことしてんのに表のヒトなんだね〜」

 トマリの楽しげな言葉に男は苦々しげな顔になった。……迂闊な奴。

「まぁ、そんなんどうでもいいんだよ。今はただ、楽しそうだったから混ぜてもらおうかなってだけ。……で、なにしてんの?」

「…………」

 男は答えない。当然だろうな。

「んー。んじゃ、今にも僕を斬り殺しそうなそちらのお嬢さんに聞いてもいいかな?」

「!!」

 振り向きもせずに言ったその言葉に私は固まってしまった。

 私は殺気など出していなかった。今の時点では敵になるかも味方になるかも解らないのだ。それを殺すほど馬鹿じゃない――敵になると解った時点で殺すつもりだったが――。だから私は念のために腰に差した剣の柄に手を掛けていただけ。それだけなのに、この男は。

「なぜ………」

 私はそれだけ言った。だが、トマリは「なぜ」の続きを正確に読み取ったように言った。

「んー? だって、殺す気満々でしょ? すごく感じる。勘みたいなモノだけど。……でもまだだね。まだ僕がどちらに付くか分からない。だから『今は』殺さない。でも、敵になった瞬間、背中からズバッ! ってするつもり。……でしょ? 頭いいね、キミ」

 唖然とした。私の考えを正確に読み取っている。『今はまだ』大丈夫だと分かっているからこその余裕なのか。それとも、私に殺されない自信が……?

 どちらにしても、だ。

 得体が知れない。それが私がトマリに対するファーストインプレッション(第一印象)。


「だから、さ♪」

 くるっと振り返って、そうにっこりと笑うトマリの顔に、弾む声に、私はなぜか悪寒を覚えた。

「僕、キミが気に入ったよ。僕を雇ってみませんか? お嬢さん」

「……………は?」

 理解までにかかった所要時間、およそ五秒。

「何を、考えている……?」

 何を企んでいる……?

 警戒心剥き出しの私にも奴は笑みを絶やさない。だが、頭に手を遣り、帽子を目深に傾けたせいで目が見えなくなる。真意が見えなくなる。

「……なにも♪ 言ったでしょ? キミが気に入った、って……キミの近くにいれば何かと面白そうだからね」

「お前………」

「僕は退屈なんだ。退屈で退屈で堪らない。その退屈を潰すために請負屋をやってるんだよ。人を助けたいなんて崇高なことは考えちゃいないんだよ。僕と関わった人が勝手に偶像化しただけでね」

 さっきとは違うシニカルな笑み。帽子の陰からのぞく水色の眼は暗く、なのに妖しげな光を放っている。

 私は背筋が凍り付いた。直感的に自分の目の前にいるのはヒトではなく怪物なのだと悟る。

「だから、僕の退屈を潰す手伝いをしてくれないかな? 依頼内容はなんでもいいよ。値段も超格安でいい。お金の代わりに家事をしてくれる、とかでもいいよ?」

 また人の警戒心を殺ぐ笑みを浮かべ、子供のような口調で話す。だが、もう私にはそれすらもさらに恐怖をあおる理由になる。作り物である人畜無害な笑みの奥に隠された闇をどうしようもなく感じさせて。

 青ざめた顔で黙りこくる私を見て、トマリはちょっと困ったように笑った。

 それを見て私は、

(あ………)

 と思った。その困ったような笑みは、作り物ではなく、本物の感情からもたらされたものだと解ったから。

 そして、ちょっとだけ寂しそうだったから。

 だから。

「……依頼料は家事をすることでいいんだな? 生憎と私には無駄に使える金はない」

 トマリはぱっと明るい笑顔を浮かべた。もうそれが本物だろうが作り物だろうがどうでもいい気がした。

「うん、うん! それでいいよ……って、キミの家金持ちじゃないの? っていうか、貴族でしょ?」

「!! …………そう、だが」

 私が貴族の出身だとは一言も言ってない。言葉遣いもそれらしくないと自負しているし、なぜ解ったのかひどく興味を引くが、訊きたくはない。なんとなく恐い。

 もうそういうものだと受け入れよう。

 だが、トマリはくすくすと笑った。

「なんで解ったんだ、みたいな顔してるよ? ……で、一応答えね。キミの服や剣、すごく金が掛かってる物だって分かってる? それを売れば一年は楽に暮らせるくらいのね。それと、その言葉遣い、わざと変えてるのか地なのかは解らないけど、ひとつひとつの言葉の発音がすごく綺麗だ。上流階級の子女じゃないとそんな教育は受けられない。ってことで。解った?」

 にっこりと笑って訊くトマリに、私はひどく疲れた声で一言「ああ」とだけ返事した。精神的に疲れていた。とても。ひどく。

「……まあ、家を出てきた手前、家の金で暮らすのはちょっとな。私のプライドが許さん。だから、今ある金はすべて、私が働いて得たまっとうな金だ」

「ふーん? 貴族らしくなく真っ直ぐだね、キミって。やっぱ面白いなぁ」

「…………。問い詰めることはすまい。ところで、後ろでさっきからずっとお前のことを殺しそうな勢いで睨んでいる男に気付いてるか? ……愚問か」

 最後の一言はトマリに聞こえないように呟いた独り言である。

 トマリはにこにこと笑いながらその場を動かない。気付いているも何も、きっと私との会話の最中にもずっと意識を向けて警戒していたのだろう。きっとあの男の眼には一分の隙もないトマリの姿が絶望的に映っているに違いない。

「……ねえ、アナタがその懐の銃を取り出すまえ……いや、銃を触るまえに僕はアナタを殺せるよ? 試してみたい?」

 ヒッ、と男は喉を引きつらせて呻いた。それはそうだろう。銃の存在も明かしてはいないのにあんなことを言われては、誰だって戦意を喪失する……恐怖によって。

「……トマリ=クルーエル。依頼しよう。依頼内容は『私にしがらみのない自由をくれ』。依頼料に代わるものは家事だ。それでいいか?」

「上等。それでは、お嬢さん? 依頼主であるあなたのお名前を」

「…………」

「? お嬢さーん?」

「……私の名はルナーリア。ルナーリア=エテルニタ・レン・シンヴァールだ。……これで契約完了だな?」

 私はヤケ気味に言い放った。

「うわぁお。キミの実家、超大物じゃん。OK、契約完了だ」

「それじゃあとりあえず、その男を無傷で戦闘不能にして、役人にでもつき出してくれ。家からの追手なんだ」

「なるほどね――かしこまりました。……そんなに甘々でいいのー? って気もするけどね。ま、いーや。そんじゃま、いっきまーす!」

 結果は言うまでもないだろう。魔法などの術に頼ることすらなく、あっさりとトマリは間接を極めて相手の動きを封じた。まさに鮮やかとしか言いようがない手並みだった。


 ……これが、トマリと私の邂逅だ。

 まだ互いに『依頼者』と『請負屋』でしかなかった頃。

 まだ互いに何も知らなかった頃。

 おそらく、最も穏やかだった頃。

 そうして、すぐに私はトマリをごたごたに巻き込むことになるが、今はここまで。次に語る機会があるかどうかは解らないが。

 私のした依頼は、未だ完了していない。本当に完了するのかどうかも解らない。

 だが、きっといつか、トマリと私の二人が『依頼は完了した』と知る時は来るのだろう。その時を願っている。

 その未来がどうか、幸せなものであるように……私たち二人にとって。

 この邂逅が間違いでなかったと、いつか答えが……。

いかがでしたでしょうか? トマリとルナーの出会い編。このさらに後、ゴタゴタやらなぜに相棒となったのかやらは、まあ、やるかもしれません。やらないかもしれません。期待せずにお待ちください。

ぜひ読みたい! っていう奇特な方は感想なんかお寄せください。たった一言『続きを書け』でも構いません。ではまた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なつかしのトマリの口調ですよね。 今ではもうシリアスになってしまっておちゃらけた口調は出てませんから。 なるほど、こんな出会いだったわけですか。 依頼はもうぶっちゃけた話「一生守れ」っていっ…
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