公園23時12分
「また会おうね」
彼女はそう言って泣いていた。
なみだで彼女のきれいな顔が濡れていた。
彼女はお気に入りのコートを着て、いつもの軽口や毒舌を言うこともなくただ泣いていた。
目の前がぼやけていてあまり見えなかったけど俺たちは見つめ合っていた。
俺は目をぬぐい彼女を見、彼女とキスをした。
俺たちは似たもの同士でいつも一緒にいた。
好きな映画、好きな歌手、好きな本、それを知る時期、買う時期がほとんど一致していた。
小、中と一緒で家も近所だったためなんとなく世間で言うところの付き合ってるみたいになっていた。
中学もあと少しで卒業し、彼女と一緒の高校を志望していた時期に親から引っ越しを告げられた。
突然の出来事だった。
当時中学生の俺にはどうすることもできずに彼女とは別れた。
男というものは初恋の人に似ている人間のことを好きになると言う話を聞いたことがあった。
俺も例外でなく彼女に似た人と付き合った。
性格が似ている人、見た目が似ている人、雰囲気が似ている人。
いろいろな人と付き合った。
もうかなり美化されて居るであろう彼女のことを思い出した。
会いたかった
普段は行かないような自宅とは街の中心を挟んで反対方向の静かな住宅街にいた。
友人に聞いて彼女の現在の住所を教えてもらった。
女々しいことに、踏ん切りが付かず近くの公園でブランコに揺られていた。
思い切って彼女を訪ねることにし、ブランコから降りた。
電話が鳴った。
「もしもし?どちら様ですか?」
「わたしー。久しぶりー元気?」
久しぶりの彼女の声だった。
「そこそこ。元気にやってるよ」
「ふふーん。じゃあ彼女の一人くらいいるんだ?」
「当たり前だよ。」
「嘘でしょ。君嘘をつくときいつも声がちょっと変わるからすぐ分かるよ」
「いつもって…何年前の話だよ。まぁ嘘だけどさ」
「なんだホントに嘘だったんだ」
「半信半疑かよ!っていうか彼女がいれば元気って俺が女好きみたいじゃないか」
「いやー。別れ際にキスするような奴は女好きって決まってるじゃない」
「覚えてやがったか。」
「ふふ」
楽しそうな彼女の声が響いていた。
「まぁ、君のようなさえない人物と付き合えるのはわたしくらいだと思ってたからねー」
「一応お前と別れてから何人かと付き合ったぞ」
「ホントに?」
「今度はホント」
「ふーん。そっか」
会話が止まる。
彼女は何かを切り出そうとして悩んでいるような気がした。
「ねぇ」
「ん?どうした。悩み事なら聞くぞ」
「わたしたちさぁ、やり直さない?」
女というものは結婚前になると精神的に不安になるらしいと言う話を聞いたことがあった。
「ゴメン。無理」
「…ん。だよね。そうだよね。ゴメン変なこと言っちゃって」
「まぁいいよ。大変なんだろ」
彼女の声は少し震えていて泣きそうになっていた。
支えてあげなければいけなかっただろうか。あのときのように優しくキスをすれば良かっただろうか。
いや、俺の役目ではないだろう。彼女の旦那がその役目なのだ。
「ゴメンね……結婚式来週の土曜日なんだ。来ない?」
「今更どの面下げて行ったら良いんだよ」
彼女の晴れ姿を見たい気もしたが笑って断った。
「だよねー。花嫁を結婚式の一週間前に振った男ですー。なんて言えないよねー」
「だな」
しばらく二人で笑っていた。
「うん!ゴメンね。こんな電話しちゃって」
「別に良いよ」
「じゃあまた」
「またってまた電話してくるのか?」
「さぁ?」
「さぁってお前…まぁいいや。頑張れよ」
「うん」
後日俺の家に子供が生まれたとの絵はがきが送られた。
笑っている彼女の隣には俺とは似つかない男が立っていて彼女の腕の中には幸せそうな子供がいた。
その子供の名前は「潤」旦那が付けたそうだ。
「ほらこいつ俺の初恋の相手」
「きれいな人だねー」
「で、この子供の名前なんだと思う?」
「分からないよー。ヒント」
「俺らの子供の名前と一緒」
「ホント?潤?」
俺の子供の名前は「潤」
俺が付けた名前だ。
今度お返しとばかりに俺らの幸せそうな写真を送りつけてやろうと思う。