第四章 解剖台の上の意識
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第四章 解剖台の上の意識
安藤健司は、
暗闇の中でゆっくりと意識を取り戻した。
(……ここは……?)
目は開いている。
だが、視界は固定されたまま動かない。
天井の白い光が、
まるで自分を照らす無影灯のように広がっていた。
(……また……ここに……)
自分がどこにいるのか、
もう理解できていた。
解剖実習室。
冷たい空気。
金属の匂い。
遠くから聞こえる学生たちのざわめき。
(……やめてくれ……
お願いだ……)
声は出ない。
体も動かない。
ただ、
意識だけが鮮明だった。
「皆さん、今日の実習を始めます」
佐々木教授の声が響く。
その声は、
以前と変わらず穏やかで、
どこか優しさすら感じさせる。
だが健司には、
その声が氷のように冷たく聞こえた。
(……聞こえてる……
全部……聞こえてる……)
学生たちが解剖台を囲む気配がする。
「この献体は、状態が非常に良い。
筋組織の観察に最適だ」
(……違う……
俺は……生きてる……)
心の中で叫んでも、
誰にも届かない。
学生の一人が言う。
「教授、今日の献体……なんだか温かいような……」
「気のせいだよ。
保存状態が良いだけだ」
佐々木は笑った。
その笑顔を、
健司は見ていない。
だが、声の調子だけで分かる。
──この男は、本気で“正しいことをしている”と思っている。
(……頼む……
誰か……気づいてくれ……)
だが、
誰も気づかない。
健司の体は、
ただの“教材”として扱われていた。
時間の感覚が曖昧になっていく。
学生たちの息遣い。
佐々木の説明。
金属音。
足音。
ページをめくる音。
そして激痛。。
それらが混ざり合い、
健司の意識を揺らす。
(……怖い……
怖い……
怖い……)
恐怖は、
痛みよりも深く、
静かに心を侵食していく。
(……死にたい……
でも……死ねない……)
その矛盾が、
健司をさらに追い詰めた。
実習が終わる頃、
健司の意識は薄れかけていた。
(……終わった……?)
だが、
その直後──
「では、治癒に移ろう」
佐々木の声が聞こえた。
(……また……戻される……)
ストレッチャーが動き、
健司の体は再び運ばれていく。
天井の光が流れていく。
廊下の空気が変わる。
遠くで機械が動く音がする。
そして──
あの円柱状の水槽が見えた。
淡い光を放つ液体。
静かに脈打つような光。
(……やめてくれ……
お願いだ……
もう……やめてくれ……)
だが、
誰にも届かない。
健司の体は、
再び液体の中へ沈んでいく。
意識はある。
恐怖もある。
記憶もある。
ただ、
声だけがない。
液体に沈む瞬間、
健司は理解した。
──これは終わらない。
──何度でも繰り返される。
──自分は、永遠に“教材”として扱われる。
その絶望は、
痛みよりも深く、
静かに心を締めつけた。
(……誰か……
助けてくれ……
いや……殺してくれ)
その願いは、
光の中で静かに消えていった。
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