第一章 献体の謎
また、新しい物語を書いてみました。ご一読いただければ。
第一章 献体の謎
人命第一大学医学部──
国内でも屈指の医療人材を輩出する名門校であり、
その中でも「人体解剖学」は、学生たちが最も緊張する授業として知られていた。
解剖実習室は、いつも独特の静けさに包まれている。
白いタイルの床、無機質なステンレスの台、
そして天井から吊るされた無影灯が、
まるで手術室のような冷たい光を放っていた。
その中央に、佐々木功教授が立っていた。
「皆さん、今日もよろしくお願いします」
柔らかい声。
穏やかな表情。
学生たちからの信頼も厚い。
だが──
米倉孔明助教授は、いつも胸の奥に小さな違和感を覚えていた。
佐々木教授は、毎回の実習で“新鮮な献体”を用意してくる。
それも、驚くほどの頻度で。
献体の準備は教授の担当であり、
米倉はその手際の良さに感心しつつも、
どこか説明のつかない不自然さを感じていた。
「今日の献体は、特に状態が良い。
筋組織の観察には最適だ」
佐々木は、まるで誇らしげに言った。
解剖台の上には、
首から下だけの献体 が横たわっていた。
頭部は布で覆われており、
学生たちは“顔を見ない”ことに慣れていた。
医学的には珍しいことではない──
そう思い込もうとしていた。
だが、米倉は違った。
(……また、首から下だけか)
皮膚の張り、血色、筋肉の弾力。
冷蔵保存された献体とは明らかに違う。
まるで、ついさっきまで生きていたかのようだ。
「では、始めましょう」
佐々木がメスを手に取ると、
学生たちは一斉に息を呑んだ。
教授の手つきは、いつも通り完璧だった。
迷いがなく、滑らかで、
まるで人体の構造が頭の中にすべて入っているかのようだった。
「ここが大胸筋。
付着部を確認して──」
淡々とした説明が続く。
学生たちは真剣にメモを取り、
教授の動きを見逃すまいと目を凝らす。
米倉は、献体の腕に目を向けた。
その瞬間──
指先が、ほんのわずかに動いたように見えた。
米倉は思わず息を呑んだ。
だが、次の瞬間には何事もなかったかのように静止していた。
(……気のせいか?
いや、そんなはずは……)
そう思おうとした。
だが、胸の奥に沈む違和感は、
日に日に大きくなっていく。
授業が終わり、学生たちが解剖室を出ていく。
佐々木教授は、いつものように献体を片付け始めた。
「米倉君、今日はありがとう。
来週も新しい献体を用意しておくよ」
「……教授。
その……献体の入手ルートについて、少し──」
「心配はいらないよ」
佐々木は、穏やかな笑みを浮かべた。
「すべて、正規の手続きだ」
その言葉は、
なぜか米倉の胸に重く沈んだ。
教授の笑顔は温和だった。
しかし、その奥にある何かが、
米倉にはどうしても見えなかった。
(……本当に、正規なのか?)
疑問は消えない。
だが、この時の米倉はまだ知らなかった。
教授が運んでくる“新鮮な献体”の正体を。
そして、その献体の中に──
お読み頂き、ありがとうございました。




