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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第9話 歌声は、湖に降りる

朝の村は、久しぶりに――人の気配で満ちていた。


遠くから聞こえてくる足音。

馬車の軋む音。

そして、胸の奥を刺すような、懐かしい声。


「……戻ったぞー!」


最初に姿を現したのは、村を出稼ぎで離れていた男たちだった。

土に汚れ、日に焼け、手には硬い繭。

それでも、その顔にあったのは疲労より――「帰ってきた」という誇らしさ。


子どもたちが先に気づき、走って、泣きながら抱きついた。

男たちは抱き上げ、笑って、そして――泣いた。


「おかえり」


誰かが言った瞬間、村の空気がほどける。


「よく戻ってきてくれた……よく、戻れた」


長老が労いの言葉を言っている。

 

「おかえり」


ガルドの胸の中にも熱いものが巡って、思わず拳が握られる。


(戻れる場所があるってのは……強い)


ゼノはその横で、静かに男たちを迎えた。


「おかえりなさい。はじめまして。ゼノです」


声をかけると、男たちは一斉に頭を下げた。


「……ゼノさん。

噂は街でも聞いてます。果実酒の話、温泉の話……」

「この村、今すごいことになってるって……」


ゼノは手を振って止める。


「まだ始まったばかりです。完成してない。だから――これから一気に進める。力を貸してください」


その言葉に、男たちの目が輝いた。


出稼ぎに出たのは、村が貧しかったからだ。

仕事がなく、稼ぎ口がなく、未来が見えなかったから。


だが今は違う。


村には“種”がある。

 

特別な果実。

酒造り。

温泉湖。

そして、回り始めた流れ。


「こちらこそ、力を貸してください」


また頭を下げられて、ゼノは一瞬言葉に詰まった。


――違う。

これは、俺が救う話じゃない。

この村が、自分で立ち直る話だ。


ゼノは笑って、両手を上げた。


「頭を上げてください。これは貴方たちの村の事業です。僕の手柄じゃない」


(……いや、手柄はあるけどな)

(でも、それを先に言うのは“三流”だ)


視界に淡い光。

 

《視聴者:65,901》

《コメント:言い方が上手い》

《コメント:完全にホスト》

《コメント:村人全員落ちるやつ》


ゼノは空を見上げて、わざと軽く言った。


「ほら、神様も見てるんで。良いところ見せましょう」


《コメント:太客に挨拶したw》

《コメント:神を客扱いするなww》

《コメント:でも刺さる》


(刺さるんだよ。こういうのが)


ゼノは内心で頷いた。

 

――


村の入口が、次は別の意味で騒がしくなった。


荷車の軋む音。

異国の訛り。

金属が触れ合う音。


ロイドが街から戻り、商人たちを連れてきたのだ。


「開業前だってのに、こんなに集まるとはな」


ガルドが目を丸くする。

塩商人、布商人、香辛料屋、干し肉屋。

温泉目当て。果実酒の噂目当て。

すでに“匂い”を嗅ぎつけている。


ロイドが楽しそうに笑った。


「噂ってのはな、金より速い」


ゼノは頷きながら、目だけを細める。


「……でも、噂は“風”だ。止まる」


ロイドが眉を上げる。


「じゃあ、どうする」


「“根”を作る」


言葉を落とした、その瞬間。


ゼノは、その中の“一団”から、視線を外せなかった。


豪奢な衣装の商人。護衛。

そして、その後ろに――エルフの少女がいた。


ゼノは、一目で理解した。


(……ああ。そういう顔か)


視界がチラつく。


――


《視聴者:68,903》


《神コメント:あれ奴隷か》

《神コメント:まだ普通に売買されてるのか》

《神コメント:管理対象外文明だな……》

《神コメント:ゼノ、気づいた》


神々の視線が、一斉に集まる。

だが――

誰も、干渉しない。


それが“この世界の仕様”だからだ。


(仕様?)

(……だったら、仕様ごと“客に嫌われる”やり方をするだけだ)


――

 

首輪。

伏せられた目。

感情を押し殺したような気配。


元ホストとして、人の“商品化された顔”を、ゼノは嫌というほど知っている。


ゼノは一歩、前に出た。


「そのエルフは、あなたの所有物ですか?」


静かな声だった。


商人は肩をすくめる。


「ええ。

高値で仕入れたんですがね。歌は一級品ですよ」


ゼノは、笑わなかった。

代わりに、客を見る目になった。


値段を聞く前に、相手の“欲”を見抜く目。


「……解放するには、いくら必要だ」


思わず、声が漏れた。


理由は分からない。

だが、胸の奥が、微かに痛んだ。


商人が、にやりと口角を上げる。


「――金貨三百枚。歌エルフとしては、破格ですよ」


村人たちが息を呑む。

明らかに、今の村が即金で払える額ではない。


ロイドが焦ったようにゼノを見る。


「ゼノ……」


だが、ゼノは動じなかった。

静かに、商人の目を見る。


「……正直に言おう」


ゼノは言った。


「……正直に言おう。その金は、今ここにはない」


商人は肩をすくめ、口元を歪める。


「でしょうな。では――」


「だが」


ゼノは言葉を切った。

ここで間を置く。

相手が“勝った気”になった瞬間に、ひっくり返す。


「金よりも価値のあるものなら、渡せる」


空気が変わった。


「……ほう?」


商人は興味を示したように、眉を上げる。


「冗談はよしてください。金貨三百枚ですよ?」


ゼノは一歩、前に出た。


「神から与えられた“加護”がある」


その言葉に、商人の表情が僅かに硬くなる。


「……加護?」


「しかも、誰にでも使えるものじゃない」


ゼノは、自分の胸に手を当てた。


「一度だけ、選んだ対象の価値を底上げする加護だ」


《コメント:詐欺じゃね?w》

《コメント:いやゼノなら本物》

《コメント:商人、食いついた》


ゼノは商人に“売らない”。

商人に“想像させる”。


村人たちがざわつく。


「物に使えば、ただの物ではなくなる。

酒に使えば、王宮が動く。

人に使えば――」


ゼノは、商人をまっすぐに見た。


「“この先十年、商売に困らない流れ”を作れる」


商人は、笑った。


「……そんな話、信じろと?」


ゼノは、首を横に振る。


「信じなくていい」


そして、静かに続けた。


「だが――

見せることはできる」


ゼノは、近くに置かれていた小さな果実酒の瓶を取った。

 

まだ試作品に過ぎない、粗削りな一本。


「これに、使う」


「待て、それは――」


ロイドの制止を手で制し、ゼノは瓶に触れた。


――その瞬間。


瓶の内側で、淡い光が揺れた。


香りが、変わる。

空気が、変わる。

村の犬が鼻を鳴らし、子供が「いい匂い」と呟いた。


商人は、思わず一歩後ずさった。


「……これは……?」


ゼノは空へ向けて、わざと軽く言った。


「座席料です。太客さん、ちゃんと見てて」


《コメント:座席料www》

《コメント:神に見せびらかすなw》

《コメント:投げ加護飛ぶぞこれ》


《視聴者:79,412》


ゼノは商人へ戻る。


「今、この場で売ってもいい」


ゼノは言った。


「だが本当の価値は、

“これを仕入れた者の名が、王都に届く”ことだ。

そして貴方自身にも加護を付ける」


沈黙。


商人の喉が、小さく鳴った。


ゼノはさらに畳みかける。


「そして貴方自身にも加護を付ける」


「……その加護を、私に?」


「いや」


ゼノは首を振る。


「エルフを解放する代価としてだ」


「……金貨三百枚以上の価値が?」


ゼノは、少しだけ笑った。


「それは――

あんたが一番、分かっているはずだ」


商人は、長い沈黙の後。


深く、息を吐いた。


「……負けましたよ」


そう言って、鎖を外した。


「この取引、成立だ」


――


 《視聴者数:99,723》


《神コメント:……買った?》

《神コメント:いや、違う》

《神コメント:価値で上書きしたぞ》

《神コメント:奴隷契約を“無効化”した》


世界のどこかで、

小さな“仕様変更”が起きた。


《システム通知》

《加護取得:感情解放エモーショナル・リリース

《条件:自由意思による解放行為》

《効果:解放に立ち会った者の感情共鳴率上昇》


神々が、ざわめく。


《コメント:これ神が投げた加護じゃない》

《コメント:世界側の反応だ》

《コメント:やっぱゼノ、世界の“仕様”に触れてる》

 

――


その瞬間。


エルフの少女の首から、重りが消えた。


「もう、商品じゃないよ」


ゼノは、はっきり言った。


――


少女は、しばらく動けなかった。


だが、震える声で言った。


「……あ、ありがとう……ございます……」


ゼノは、優しく首を振る。


「礼はいらない。代わりに、聞かせてほしい」


「……何を?」


「あなたの声を」


――


夕方。


温泉湖の縁。


即席の木箱が、ステージ代わりに置かれていた。


少女――リィナは、そこに立つ。


まだ、服も簡素。

化粧もない。


だが。


歌が、流れた瞬間。


空気が、変わった。


高く、澄み、温かい。


湯気が揺れ、

水面が応える。


村人たちは、誰一人、言葉を発せなかった。


《視聴者数:96,217》


〈コメント:……声、刺さる〉

〈コメント:解放からの歌は反則〉

〈コメント:太客、黙ったぞ〉

〈コメントt:ここで投げ加護行く?行く?〉


ゼノは、確信した。


(ここだ)


温泉湖。

人が集まる場所。

癒しの中心。


「……ステージを作ろう」


歌うための場所を。

声が、巡る場所を。


力じゃない。

支配でもない。


感情が、自然に集まる場所。


――


夜。


湯に浸かる人々の間を、歌声が渡る。


リィナは、もう俯いていない。


ゼノは、少し離れた場所で、その光景を見ていた。


「……一人目だな」


アイドル。


それは、神のための存在じゃない。

人が人であることを、思い出させる存在だ。


そして――神が一番、金を落とすのも、たぶんここだ。


ゼノは空を見上げて、笑った。


「太客さん。いい席、用意します。

でも――“次”を見たいなら、ちゃんと払って」


《コメント:煽り屋になってきたw》

《コメント:神を客扱い完全に定着》

《コメント:投げ加護の予告やめろwww》


温泉湖の水面に、星が映る。


村は、もう“ただの村”ではない。


次の段階へ。

確実に、踏み込んでいた。


――――

次回

 第10話 湯けむりのステージと、歌いたいという願い


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