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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第8話 世界が、拒まなかった

温泉湖から立ち上る湯気が、朝の空気に溶けていく。

昨日まで土と岩しかなかった場所に、湯が湧き、人が笑い、灯りが揺れている。


それを少し離れた丘の上から眺めながら、ゼノは静かに息を吐いた。


 ――流れは通した。

だが、まだだ。


胸の奥に、引っかかるものが残っている。


「……山、か」


温泉と同じ方向――村の背後に広がる、深い森と険しい山並み。

村人たちが「実りの山」と呼ぶ場所。


ガルドが隣に立った。


「また何か気づいた顔だな」


「うん。たぶん、こっちが本命」


ガルドは苦笑する。


「温泉だけでも十分すぎるほどだぞ。これ以上何を――」


「果実」


ゼノは、はっきりと言った。


「この村の核は、もともと果実だから」


――


その山で採れる果実は、昔から特別だった。


甘いだけじゃない。

食べると、不思議と疲れが抜け、気分が落ち着き、翌日の体調が違う。


それを酒にすると、さらに効果が増す。


王宮の神官が、正式な使者を出してまで求めるほどの逸品。


だが――ここ数年。


魔獣にやられて、収穫量が減り、今では王宮に納めるわずかだけ。


「魔獣が増えたんだ」


長老は、山を前にそう語った。


「以前は奥にしか出なかったのに、今は採取場の近くまで来る。命懸けになってな……」


村人たちは、皆、山を見ているが、どこか諦めの色があった。


ゼノは、その空気が気に入らなかった。


(諦めってのは、客が店を“二度と来ない”と決める瞬間の顔だ)

(あれを見て、笑ってるやつは……いない)


「山に入ります」


「お主一人でか?」


「いえ。ガルドと……あと、案内が一人いれば十分です」


戦力の話ではない。

ゼノの目には、もう別のものが映っていた。


「……今、、山に入って大丈夫なのですか?」


村人達が不安を口にする。


ゼノは一拍置き、わざと笑った。


「安心してください。僕達も、山も、無事に戻ってきますよ」


《コメント:言い切ったw》

《コメント:その言い方、営業だろ》

《コメント:太客釣ってるw》


ゼノは空を見上げる。


(見てるんだろ?)

(なら、先に“安心”を売る)



山は、静かだった。


風の音も、鳥の声もある。

だが――どこか鈍い。


「……やっぱり」


ゼノは立ち止まり、地面に手を当てる。


温泉の時と、同じ感覚。

だが、今回は逆だ。


流れが、重い。


(詰まってる、というより……疲弊してる)


魔力が枯れているわけじゃない。

むしろ、溜まりすぎている。


循環していない。


「山が、休めてない」


案内役の村人が首を傾げる。


「山が……休む?」


「うん。水も、土も、魔力も、本来は巡るものなんだ。でも今は、溜め込んで、吐き出せなくなってる」


ゼノは、奥へ進む。


果実の木がある場所。


魔獣に喰い荒され、多くの木が倒れまくっている。


だが、残っている木は健気に幹を太らせ、枝を伸ばし、実を付け出している。


ストレスを与えられた木は、その一粒一粒が、異様に大きい。


艶があり、触れなくても分かるほど、濃い。


「……質が、上がってる」


ガルドが息を呑む。


「木が減ったせいか――」


「違う」


ゼノは、静かに否定した。


「魔獣だけが原因じゃない。反応があります」


地面の奥。

もっと深いところ。


山を支える岩盤と、水脈と、霊脈が交差する場所。


そこが、歪んでいる。


――


ゼノは、武器を持たない。


呪文も唱えない。


ただ、世界に手を伸ばす。


「……少し、休もう」


誰に言うでもない言葉。


だが、山が――応えた。


重なり合っていた流れが、ほんのわずか、ずれる。

圧が抜け、溜まりすぎていたものが、ゆっくりと流れ出す。


派手な変化はない。


光も、音もない。


ただ、空気が変わった。


「……あ」


案内役の村人が、思わず声を漏らす。


木々の葉が、微かに揺れた。

風が、通った。


それだけで、違う。


《視聴者:52,118》

《コメント:地味なのに効くやつ》

《コメント:世界が従ってるのが怖い》

《コメント:太客、こういうの好きそう》


ゼノは口角を上げる。


「好きでしょうね。……静かなの、刺さる人には刺さる」


ガルドが横目で見る。


「誰に言ってんだ」


「内緒です」


――


「残っている全部の木から、枝を4本づつ切ってくれませんか」


「枝をどうするんだ?」


「木を増やします」


切った枝を、間隔を開けて山に埋める。

 

 《地脈植生テラ・グロウス


大地に手を置き、山一面に魔力を送る。

 

地中では枝から根が出、地脈を吸い上げ、幹となり、しっかりと大地に張り巡る。


「流れが止まっていたせいで、果実が出来ず、魔獣達が村近くにまで来ていたんです。山全体の流れを戻したので、もう魔獣も村まで来なくなると思います。」


「本当か?これで安心して果実が採れるのか」


「はい。今年はまだ量が少ないですが、来年からは、村中が甘い匂いでいっぱいになって、仕込んでも仕込んでも追いつかないくらいになりますよ」


「俺達の誇りが戻るんだな……」


ゼノは、少しだけ真面目な顔で頷く。


「誇りは、売り物じゃないです。……でも、誇りがある酒は売れます」


《コメント:言い方ァ!》

《コメント:完全に商売脳w》

《コメント:太客の前でそれ言うの強い》


――

 

「ガルド、明日は酒造所を広げましょう。

それが終わったら、温泉の開業ですね。村に戻ったら、長老に出稼ぎに行っている人達に戻って貰えるように伝達をお願いしてもらえませんか。

 ロイドには街に買付に行ってもらい、商人を村に集めてもらってください」

 

「今は想像出来ない、デカい事が始まるんだな」


ゼノは小さく笑った。


「始めるなら、“デカい”方が面白いでしょう」


その言い方が、少しだけ“煽り”に寄っていた。


――

 

夜風が、温泉湖の水面を撫でる。

湯気は絶えず立ち上り、星明かりをぼかしながら、空へ溶けていった。


ゼノは、膝を抱えるようにして湖畔に腰を下ろしていた。

 

背後では、まだ作業を終えていない村人たちの声がかすかに響いている。


今日一日で、あまりにも多くの「流れ」を動かした。


山。

果実。

地脈。

魔獣。

村の未来。


どれも、力でねじ伏せたわけじゃない。

ほんの少し、詰まりを抜いただけだ。


それでも――。


《視聴者:78,904》


視界の端に浮かぶその数字は、確実に異常だった。


「……増えたな」


独り言のように呟くと、すぐにコメントが流れる。


《コメント:今日の回、静かすぎて逆に怖い》

《コメント:世界に手を入れてる感がヤバい》

《コメント:神格者視点っぽくなってきたぞ》


ゼノは、苦笑する。


「神じゃないんだけどな」


ただ、流れが見えるだけだ。

世界がどこで無理をしているかが、少し分かるだけ。


だが――。


(見てる側からしたら、“神っぽい”のかもな)

(じゃあ、神っぽいサービスも入れるか)


ゼノは湯面に指を落とした。

波紋が広がる。


「太客さん。見てる? 明日、ちゃんと“見せ場”作るよ」


《コメント:太客呼びwww》

《コメント:神を客扱いすなw》

《コメント:煽ってて草》

《コメント:これが“支払い”の誘導か》


――


その頃、神界。


雲海の向こう、無数の座が並ぶ観測殿では、珍しく沈黙が支配していた。


「……おかしい」


最初に口を開いたのは、古参の神だった。


「力の行使が、観測できない」


「いや、力は使っている。だが……行使点が存在しない」


水面に映る映像には、山に手を置くゼノの姿が映っている。

だが、魔力の奔流も、術式の発光も、神威の干渉も見えない。


「ただ、世界が勝手に応じている」


「それは……」


別の神が、言葉を濁した。


「“管理者側”の挙動だ」


ざわり、と空気が揺れた。


管理者。

神々よりも上位――世界の仕様そのものに触れる存在。


「放置していい存在じゃないぞ」


「いや、違う」


別の神が、否定する。


「彼は管理者じゃない。だが……世界に嫌われていない」


それが、最も異常だった。


世界は、基本的に変化を嫌う。

特に、外部からの干渉には敏感だ。


だが、ゼノが触れた場所は――すべて、軽くなっている。


「……果実酒か」


小さく呟く神がいた。


「温泉、酒、宿。全部、“巡らせる”ための装置だ」


「投げ銭という名の加護も含めて、か」


神々は、ようやく気づき始めていた。


彼は、富を作っているのではない。

信仰を集めているのでもない。


“循環”を作っているのだ。


「……そして」


推命神が、静かに言った。


「彼は、それを“客席”に見せる気だ」


沈黙が深くなる。


――


翌朝。


山から吹き下ろす風は、昨日までとは明らかに違っていた。


冷たいのに、重くない。

湿り気があり、土と葉の匂いが混じっている。


村の子どもたちが、真っ先に気づいた。


「ねえ! 山のにおい、甘くない?」


「ほんとだ! パンみたい!」


大人たちも、次々と空を仰ぐ。


果実の木々が、一斉に花を咲かせ始めていた。

季節には、まだ少し早い。


だが、誰も不安にはならなかった。


「……戻ったな」


長老は、杖を握りながら、深く息を吐いた。


「山が、ようやく息をし始めた」


――


ゼノは、酒造所に立っていた。


樽の数を増やすため、村人たちが忙しく動き回っている。

木材は、すべて山の間伐材だ。


切った分だけ、地脈植生で補う。

奪わず、返す。


「今年は、試験仕込みです」


ゼノは、集まった村人達に言う。


「量より質。王宮に出す分は、さらに一段階上を狙います」


「そんなことが……?」


「出来ます」


即答だった。


「果実そのものが、もう違う。

山が回り始めた今、酒は“土地の力”を宿します」


村人達は、互いに顔を見合わせ、やがて静かに頷いた。


彼らも、感じている。

木の香り、水の味、空気の密度。


すべてが、変わってきている。


――


夜。


再び、温泉湖。


湯に浸かる村人たちの笑い声が、星空に溶けていく。


ゼノは、その様子を少し離れた場所から眺めていた。


《視聴者:124,221》


《コメント:村が生き返っていくのが分かる》

《コメント:派手じゃないのに中毒性高い》

《コメント:これ、後で歴史に残る回》


ゼノは、目を細める。


「……まだ序盤なんだけどな」


果実酒が基盤。

温泉が受け皿。


そして、その先に――。


人間界と神界、両方に届く“熱”を生む。


それが、次の段階だ。


湯気の向こうで、星が瞬いた。


世界は、まだ何も知らない。


――だが。


この果実酒を最初に嗅ぎつけるのは、

王都でも、神でもない。


“奪う側”だった。

 

――――

次回

 第9話 歌声は、湖に降りる


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