第21話 選ばない勇気
朝の商人通りは、まだ静かだった。
二十の外殻。
今は扉が閉まり、看板はない。
だが、道に立てば分かる。
――ここは、もう「売る場所」だ。
ゼノは通りの中央に立ち、左右を見渡していた。
「……全部は、入れない」
その判断は、最初から決めていた。
《視聴者数:151,447》
〈コメント:え、満室にしないの?〉
〈コメント:二十あるのに?〉
〈コメント:欲張らないの珍しい〉
ゼノは小さく息を吐く。
店は、埋めればいいわけじゃない。
埋めた数だけ街になるわけでもない。
大事なのは、回ることだ。
「温泉郷に必要な物」
「村人が毎日使う物」
「旅人が補給する物」
「ギルドが扱う物」
指を折りながら、ゼノは整理する。
『でも、全部一気に入れると――商人たちが“回らない”』
〈コメント:あー……〉
〈コメント:分かる人の言い方〉
〈コメント:商人たちの事も考えてる〉
店が多すぎれば、客が散る。
客が散れば、どの店も苦しくなる。
苦しい店は残らない。
残らない店が増えれば、街の印象も悪くなる。
最初に必要なのは、賑わいより成功例だ。
この村で商売をすれば儲かる。
そう思わせる店を、まず作る。
昼前。
最初の商人たちが集まり始めた。
酒商人、布商人、薬草商人、乾燥肉屋、香辛料屋、
鍛冶屋、雑貨屋――
声の大きい者もいれば、黙って品だけを見せる者もいる。
集まったのは十六名。
ゼノは全員の顔を見てから、はっきり告げた。
「募集は十軒です」
空気が、少しだけ動いた。
「十軒?」
「二十あるんじゃなかったのか」
「半分も空けるのか?」
不満そうな顔をする者もいる。
だがゼノは動じない。
「この村は、これから伸びます」
静かに言った。
「でも今は、多すぎても潰し合いになります。
来て頂く限りは、儲けてもらわなくてはいけない」
その一言で、ざわめきの質が少し変わった。
店を出す側にとって、一番聞きたい言葉だったからだ。
旅人向け。
村人向け。
温泉客向け。
――需要は、もう見えている。
ゼノは一人ずつ、話を聞いた。
扱う品。
値段。
どんな客を想定しているか。
どれだけ補充できるか。
家族を呼ぶつもりはあるか。
ただ商品を見るんじゃない。
その店が、この村で続くかを見る。
乾燥肉屋は、保存が利く。
旅人にも村人にも強い。
薬草商人は、温泉郷との相性がいい。
布は定住者が増えれば必ず要る。
酒は夜を回す。
旅装は外から来る者を掴む。
ゼノは、全員の話を聞き終えてから、ようやく口を開いた。
「……店を出してもらうのは、この方たちです」
選ばれたのは、十店舗。
・食料三
・日用品二
・薬一
・布一
・酒一
・鍛冶屋一
・雑貨一
商人たちが“回るため”の最低限。
残り十は、今後のための空白だ。
〈コメント:半分残した〉
〈コメント:勇気あるな〉
〈コメント:でも賢い〉
選ばれず、不満そうな商人もいた。
ゼノは、空いた区画を指差す。
「旅人が増えた時、ギルドが本格的に拠点を置いた時、
もっと住民が増えた時に、必要な店を増やしていきます」
正直な言葉だった。
「今は、まだ早い」
嘘に慰めはない。
だが、正直な線引きには次がある。
《神フィクサル:選ばない判断、評価》
短い一文。
〈コメント:また見てる〉
〈コメント:神が口出す時点で正解〉
――
そのあと――
ゼノと商人たちは、店の配置について話し合った。
まだ、中は空っぽだ。
棚も、炉も、仕切りもない。
だが逆に言えば、何にでも変えられる。
店それぞれに合った内装を、店主が考え、
好きな形に変える。
「裏から荷物を運べるのか」
「……自由だな」
「好きに作れる」
「これなら家族も呼べるな」
そんな声が、自然と漏れる。
商人たちは、店の準備のため、一度戻って行った。
住居と店を兼ね備えた店。
後から家族も来るだろう。
村をもっと良くするためには、
しなければいけない事がもっと出てくる。
その時々で形を変えなければ、
苦しむ人が出てくる。
最初から完成した街は、変われない。
余白がある街だけが、育つ。
《視聴者数:174,006》
〈コメント:街づくりゲー見てるみたい〉
〈コメント:でも実写〉
〈コメント:これは定住者増える〉
――
――その騒ぎは、突然だった。
商人通りの端から、足音が駆けてくる。
「ゼノさんっ!」
血の気の引いた顔で、ミレイが飛び込んできた。
「歌楽殿で……問題が起きました!」
ゼノの目が、わずかに細くなる。
「問題?」
ミレイは息を切らしながら言った。
「熱狂的な支持者の一人が……リーシャに、抱きつこうとして……!」
その言葉で、空気が一気に張りつめた。
《視聴者数:191,992》
〈コメント:え〉
〈コメント:ちょ、待て〉
〈コメント:それはアウト〉
「今は?」
「裏方が間に入って、その人は引き離しました。
公演は中止、客は一度、外に出してます。
歌姫団の子たちは……楽屋に戻ってます」
ミレイの声は、少し震えていた。
ゼノは一拍だけ黙る。
怒るのは簡単だ。
追い出すのも簡単だ。
だが、それでは次が残る。
「……案内して」
迷いなく言った。
――走らない。
――声を荒げない。
こういう時こそ、落ち着いている人間が前に出る必要がある。
――
歌楽殿の裏手。
客席から切り離された通路は、ひどく静かだった。
楽屋の前には、数人の裏方が立っている。
誰もが固い顔をしていた。
「ゼノさん……」
「ありがとう。後は僕が話す」
ノックをして、扉を開ける。
中では、歌姫団のみんなが寄り添うように座っていた。
誰も泣いてはいない。
だが、顔は青白く、肩が強張っている。
特にリーシャは、両手を強く握っていた。
「……怖かったか?」
ゼノが、低く、穏やかに聞く。
少し間があって、リーシャが小さく頷いた。
「……急に、腕を掴まれて……」
「歌ってただけなのに……」
その声に、ミュラが歯を食いしばる。
エレナの声も硬い。
「笑ったら、近づいてきて……」
理屈ははっきりしていた。
――悪いのは、歌姫団じゃない。
――客が一線を越えた。
《視聴者数:200,344》
〈コメント:これは怖い〉
〈コメント:現代でも起きるやつ〉
〈コメント:どう対処するんだ〉
ゼノは、一度だけ深く息を吐いた。
「……まず、確認する」
全員の顔を見る。
「君たちは、悪くない。
歌うのをやめる必要もない」
みんなの目が、少しだけ開く。
「ただ――客は、欲望で動く」
はっきりと、言い切った。
「支持者たちは、君たちへの想いが強くなる程、
触れたい。
話したい。
近くに行きたい。
その感情が強くなる」
誰も否定しない。
それが“人気”の正体だからだ。
「それを、放置すると――暴走する」
ゼノは、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「だから、逆に――
欲望を、管理する」
〈コメント:来た〉
〈コメント:ゼノ式〉
〈コメント:制御する気だ〉
少女たちが、戸惑いながらゼノを見る。
「……どうやって?」
「触れたいなら、触れられる場を作る」
一瞬、空気が固まる。
だがゼノは、続けた。
「勝手に触るのはダメだ。
でも――許された形でなら、触れていい」
「話したいなら。
時間を区切る。
順番を決める。
距離を決める」
ゼノは、はっきりと言った。
「挨拶の儀と、短い語らいの場を作る」
《視聴者数:215,821》
〈コメント:あーーーー〉
〈コメント:現代アイドルのやつ!〉
〈コメント:世界観www〉
「歌い終えた後に、“挨拶の儀”を設ける。
触れていいのは、握手だけ。その場だけ。
裏方が立ち会い、順番と距離を決める。」
「“挨拶の儀”の時に、同時に話をする。
一人、短く。
長居はしない。約束を破れば、次はない」
エレナが、不安そうに聞く。
「……それで、守られますか?」
ゼノは、即答した。
「守れる」
静かに、だが強く。
「なぜなら――約束を破った瞬間、“全員の敵”になるからだ」
許可された場。
決められた距離。
決められた時間。
それを越える行為は、
客自身が“悪”として浮き彫りになる。
「裏方は、その場に立つ。
目に見える位置で。
手が届く距離で」
「歌っている時は、触れさせない。
歌い終わった後に、場を切り替える」
ゼノは、最後に言った。
「――君たちを守る為に」
沈黙。
やがて、リィナが、小さく息を吸って言った。
「……やってみたいです」
リーシャも続いた。
「……ちゃんと、守ってくれるなら」
ミュラが言う。
「……歌うの、好きだから」
エレナも、ゆっくり頷いた。
ゼノは、静かに頷いた。
「任せろ」
《神コメント:欲望の発散、見事》
短い神の言葉。
〈コメント:また評価された〉
〈コメント:街づくりだけじゃない〉
〈コメント:人も管理する〉
外では、客たちが不安そうにざわめいている。
だが――
ただ追い出すより、
ただ禁止するより、
欲望に、居場所を与えた方が、街は壊れない。
ゼノは、楽屋の扉を閉めながら、静かに呟いた。
「……街になるってのは、
人の欲を、否定しないことでもあるんだ」
湯楽郷はまた一つ、
“街としてのルール”を手に入れようとしていた。
――――
次回
第22話 売るための場所と、守るための場所




