第17話 温泉湖に集まる乙女たちーー神の投げ銭が止まらないーー
湯楽郷は、ようやく誰もが「落ち着いた」と言える段階に入っていた。
朝の受付。
湯札の管理。
食事処の回転。
どれも村人たちの手で自然に回っている。
指示がなくても声が飛び、
詰まれば誰かが気づき、
気づいた者が当たり前のように補う。
ゼノは、その様子を少し離れた場所から眺めていた。
(回っている。
俺がいなくても、回る)
それは支配ではない。
完成だ。
「……もう、大丈夫だな」
誰も気づかない。
だが、詰まりは起きなくなる。
――これが最強。
視界の端が、淡く点る。
《視聴者数:183,257》
〈コメント:経営安定期きた〉
〈コメント:主が離れても崩れないの強い〉
〈コメント:最強ってこういうこと〉
〈コメント:裏方支配者ゼノ〉
《神コメント:場の定着、良好》
《神コメント:生活術式・定着 恒常化》
空気がほんのわずか、澄む。
《生活補助:場安定(常時)》
《生活導線:最適化(弱)》
(朝は、視聴者が減る。まあそれでいい。
夜に上げればいいからな)
隣でガルドが笑う。
「最初の頃が嘘みてぇだ。人は、慣れるもんだな」
ロイドは帳簿から顔を上げ、穏やかに言った。
「出入りも安定してきました。それに――」
視線の先。
湖の向こうから、見慣れない男たちが歩いてくる。
日に焼けた顔。
逞しい腕。
隣接する村の男たちだった。
戦場や街で働いていたが、湯楽郷での仕事を聞き、戻ってきた者たち。
「ここで、働かせてほしい」
「家族と一緒に、暮らしたい」
深く下げられた頭に、村人たちは迷いなく応えた。
その結果――
まだ開けていなかった酒樽宿が、ついに動き出した。
〈コメント:即決〉
〈コメント:村人の成長速度よ〉
〈コメント:リーダー育ってる〉
《神コメント:人材吸引力 上昇》
《神コメント:経済循環、安定域へ》
『人が育たないと、次に行けないからな』
――
酒樽宿には、様々な人達が、様々な思いで泊まる。
次の街へ向かう途中の旅人。
戦に疲れ切った戦士たち。
家族連れ、年配の夫婦、手を繋ぐ恋人たち。
通り過ぎるための宿ではなく、少しだけ心を置いていく宿になっていた。
それぞれが、それぞれの意味を持って酒樽宿に泊まる。
「疲れが嘘のように抜けた」
「山ですっごく高くまで登れたよ!」
「……静かで、落ち着くわ。あなた、連れてきてくれて、ありがとう」
「湯上がりの酒は最高だ」
「こんな素敵な時間……幸せ」
癒しは、明日の力になる。
《視聴者数:191,540》
〈コメント:こういう宿が一番残る〉
〈コメント:戦場帰りには刺さるな〉
――
この夜も。
温泉湖の舞台で、歌姫団が歌っていた。
リィナ。
エレナ。
ミュラ。
三人の歌声は、もう“演奏”ではなかった。
その場にいる人のための――時間だった。
気づけば同じ顔が、何度も客席にいる。
「また来れた」
「今日も聴けてよかった」
拍手は、前より長く、温かい。
《視聴者数:204,611》
〈コメント:完全にファン付いてる〉
〈コメント:通う理由ができたな〉
〈コメント:湯と歌は反則〉
湯気の向こうで、笑い声がほどけていく。
誰かの肩が下がり、
誰かの呼吸が深くなる。
この場所は、ちゃんと“戻している”。
――
歌が終わったあと。
ゼノは、三人を呼び止めた。
「少し、話がある」
並ぶ三人の顔に、緊張が走る。
「……歌姫団の人数を、増やす」
一瞬、空気が止まった。
「え?」
「増やす……?」
ミュラが不安そうに言う。
「……私……だめ……にゃ?……」
「違うよ」
ゼノは、はっきり言った。
「もっとお前たちが輝けるようにだ。
7人まで増やそうと思っている」
リィナが息を呑む。
エレナが小さく頷いた。
「……仲間、ですね」
「そう」
ゼノは続ける。
「近隣と街に告知を出し、歌姫の選定をする」
《視聴者数:228,933》
〈コメント:拡張回きた〉
〈コメント:ユニット完成するやつ〉
〈コメント:七人編成は強い〉
『そそるだろ』
――
告知は、想像以上に広がった。
(……集まったか。予想より多いな)
ゼノは、並ぶ少女たちを見渡しながら、
ほんのわずかに目を細めた。
(告知の出し方は間違っていない)
(歌える場所じゃない。“輝ける場所”と出したのが効いた)
村。
街。
宿場。
「歌える場所がある」
「輝ける舞台がある」
集まった少女たちは、数十人。
期待と不安を抱えて、酒樽宿の広間に並ぶ。
――
選定当日。
酒樽宿の広間。
簡素だが、音はよく響く。
少女たちは一人ずつ、前へ出る。
震える手。
揺れる声。
上手く歌える者もいれば、声が詰まる者もいる。
だが――歌が上手いだけでは、足りない。
上手い。だが残らない。
技術はある。だが“立った瞬間に見たくなる力”が足りない。
次々と少女たちが歌い、数十人から十二人が第二選考に選ばれた。
一人ずつ動機を聞き、第二選考で四人を選ぶ。
《視聴者数:231,400》
〈コメント:6番の子残してくれ〉
〈コメント:3番の子は残ると思う〉
〈コメント:全員可愛い、全員残せ〉
〈コメント:コメント欄が選考委員会で草〉
《神コメント:投資対象、拡張》
《神コメント:干渉不可》
《神コメント:選択はゼノに委ねる》
《構造認識(声質)》
《感情解析(微)》
《可能性測定(非表示)》
『俺に任せろ』
――
そして――
全員の動機を聞いた上で、四人の少女たちを歌姫団として迎えることにした。
選んだ理由は、全員のキャラが被りにくく、一人一人が輝けるために。
同じ色を重ねても広がらない。
違う光が並んだ時、初めて“群れ”ではなく“星座”になる。
(声質、感情、動機――)
(この四人で“完成する”)
ゼノは、ゆっくり立ち上がる。
「……この四人を、迎える」
選ばれた少女たちは目を見開き――
次の瞬間、涙を浮かべて喜んだ。
《視聴者数:242,118》
〈コメント:うおおお〉
〈コメント:決まった!!〉
〈コメント:キャラ被ってないの天才〉
――
最初に名を呼ばれたのは、月光みたいな静けさを纏った少女だった。
① セレス・リューン
種族:月人(つきびと/人族亜種)
年齢:18
淡い銀髪に、月光を宿したような薄紫の瞳。
肌は白磁のようで、感情が高ぶると耳元の紋様が淡く輝き、衣装映えする静謐系美少女。
歌・舞
・高音域が澄み切っており、湖面に反響する歌声
・動きは少ないが、所作が祈りのように美しい
動機
「月人は“人前で歌うべきではない”と言われて育ちました。
……でも、歌うことで誰かの心が温まるなら、それは罪ではないと思ったんです」
――
⑤ ミルファ・カナリス
種族:鳥人族(カナリス系)
年齢:17
小柄で健康的。
背中に淡い黄色の羽根、喉元に歌鳥特有の羽毛。
笑うと八重歯が覗く、愛嬌の塊。
歌・舞
・声量とリズム感が抜群
・跳ねるような舞で、自然と観客の手拍子を誘う
動機
「羽根をむしられて売られそうになったことがあって……
この場所で、“歌う私”として生きたいって、思ったんです!」
――
⑥ ナディア・ヴァルグ
種族:狼人族
年齢:19
赤褐色の髪と鋭い金眼。
引き締まった身体で、踊るとしなやか。
一見クールだが、照れると耳が垂れる。
歌・舞
・低音が魅力のハスキーボイス
・戦舞を基にした、力強く艶のある踊り
動機
「戦士としては半端だった。
でも……歌っている間だけは、“私でいられる”気がするんです」
――
⑪ リーシャ・エデル
種族:人族
年齢:16
素朴で清楚。見た目以上に胸元が豊か。
黒髪を一つに結び、湯上がりのような色白肌。
派手さはないが、“隣にいたら恋してしまう”タイプ。
歌・舞
・技術は平均だが、感情の乗せ方が異常に上手い
・歌うと表情が一変し、聞く者の胸を締め付ける
動機
「家族を養うためです。
……でも、歌うことを諦めたくないんです」
――
選ばれた四人と、リィナ、エレナ、ミュラが呼ばれた。
ゼノは七人を見渡し、言った。
「今日からこの七人で、歌姫団だ。
歌舞殿が出来たら、四人のお披露目をする。
それまでは、リィナ、エレナ、ミュラを主体に練習をするように」
「頑張りましょう」
七人の少女が、同じ方向に向かって歩き出す。
七人が並んだ瞬間、それまで三人のものだった空気が、明らかに広がった。
――ぽうっ。
淡い光が、夜空に一つ、灯った。
雪でも、星でもない。
祝福そのもののような光。
次の瞬間。
それは、降ってきた。
光の粒。
色はそれぞれ違う。
金色、銀色、淡い翠、紫がかった白。
歌姫たちに触れた瞬間、音もなく溶けるように消えていく。
(来たな)
ゼノは、空を見上げない。
代わりに、七人の立ち位置を見た。
(……散らさせるな)
《生活魔法:場制御(微)》
《感情導線:収束》
光は暴れない。
七人へ、均等に落ちる。
(これでいい)
――これで、“崩れない”
「……あったかい……」
リーシャの声が、震える。
《視聴者数:247,900》
〈コメント:投げ加護きたー〉
〈コメント:今回は直接型か〉
〈コメント:いいぞいいぞ〉
〈コメント:神が本気出してる〉
《神コメント:観測値、良好》
《神コメント:情緒が育っている》
《投げ加護:微細祝福(累積)》
《影響範囲:歌声/場の安定/安心感》
光は止まらない。
降り注ぐ。
舞い落ちる。
包み込む。
歌姫たちの肩に。
髪に。
胸元に。
足元に。
触れた瞬間、温かさだけを残して消える。
「……気持ちいい」
セレスが、そう呟いた。
ナディアは胸に手を当てる。
「……守られてる」
それは、確信だった。
《視聴者数:259,118》
《神コメント:過剰付与は避けろ》
《神コメント:生活圏が壊れる》
ゼノは、自分のこと以上に感謝する。
――金じゃない。
――力でもない。
これは、意思だ。
期待。
評価。
「続けろ」という意思。
《神コメント:加護を投げる》
《神コメント:ただし、干渉はしない》
次の瞬間。
ゼノの視界に、淡い表示が浮かぶ。
《神域熱量:上昇》
《観測干渉レベル:微上昇》
「……なるほど」
派手な奇跡は起きない。
誰も急に強くならない。
だが――
この場は、壊れなくなる。
恐怖が入り込まなくなる。
人が、また来たいと思う場所になる。
それこそが、加護。
《神コメント:良い使い道だ》
《神コメント:金に換算するなよ》
温泉湖の夜は、静かだった。
だが確かに、神々の“投げ加護”は降り続いていた。
〈コメント:当たり回〉
〈コメント:選考間違いなし〉
〈コメント:現地行きたい〉
《視聴者数:262,004》
――
その夜。
ゼノは、設計図を広げていた。
「温泉湖の舞台だけじゃ、足りないな」
ガルドが頷く。
「専用の、歌う場所だな」
「歌舞殿を作ろうと思っています」
ロイドが静かに言った。
「……いいですね」
〈コメント:目の前で見たい〉
〈コメント:全員推し〉
観客との距離は近すぎず、離れすぎず。
そして何より、彼女たちの魅力を最大限活かせる場所。
人々の心を掴み、憧れられる存在になり、
自信をつけることで、更に輝ける。
だからこそ舞台も拘らなければいけない。
(前世にアイドルステージ見とけば良かったな……)
――
湯楽郷は、また一歩、広がる。
次の回で、七人は“お披露目”に向けて、同じ呼吸を覚える。
湯気の向こうで、
まだ名もない伝説が、形になり始めていた。
《視聴者数:278,020》
〈コメント:次は絶対見逃さない〉
〈コメント:ここから本番だろ〉
ゼノは、設計図を閉じた。
(……客は、増える)
(なら――もっと回す)
「歌舞殿、急ぐぞ」
湯楽郷は、まだ“序盤”だ。
――――
次回
第18話 神の推しが決まった夜ーー七人が舞台に立つ




