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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第14話 王族、温泉を前にして理性を失う

ルミナリア王国・王城。


王城の奥、外部の喧騒から切り離された内廷は、昼下がりの静けさに包まれていた。

高い天井から差し込む光が、磨き上げられた床に柔らかく反射している。


アルベルト国王は玉座ではなく、低い背もたれ椅子に腰掛けていた。

正装ではない。外套も外し、肩の力を抜いた姿だ。


その正面に立つのは、宰相。


「――宰相」


国王は、机の上に置かれた書類から目を離さぬまま、ぽつりと口を開いた。


「最近、城下で妙な噂を聞く」


宰相は一瞬だけ視線を上げ、すぐに静かに頭を下げた。


「湯楽郷、でございましょうか」


国王の指が、わずかに止まる。


「ほう。やはり耳に入っておったか」


「はい。辺境の村に、湖を中心とした湯の郷が生まれつつあると。

“何もしなくても癒やされる場所”だと、噂が広がっております」


国王は、ゆっくりと書類を閉じた。


「……癒やし、か」


その言葉には、重みがあった。


ヴァルガルド王国との緊迫した状況。

絶え間ない報告、決断、責任。

国王である前に、一人の人として、疲労は確実に積み重なっていた。


「怪しい見世物ではないのだな?」


「ええ。派手な魔術や、危険な集客ではなく、

村と共に作り上げている、ごく健全な湯の郷のようです」


国王は少し考え込み――そして、ふっと口元を緩めた。


「……行ってみたいな」


その呟きは、小さかったが、確かに本音だった。


宰相は、わずかに目を細める。


「では、正式に“視察”という形を取りましょうか」


国王が顔を上げる。


「視察、とな?」


「はい。名目は視察。

実際には、王族の皆さまが先に湯を楽しまれる、という形で」


一拍。


国王は、静かに頷いた。


「よい。……よいな」


そして、少しだけ声を潜めて続ける。


「そのために、まず遣いを出せ」


「は」


宰相は、深く一礼した。


「かしこまりました。

すぐに、最も信頼のおける者を向かわせましょう」


国王は椅子にもたれ、天井を見上げる。


「久しいな……何も考えず、湯に浸かるなど」


その声には、国王としてではなく、

一人の疲れた人間としての、素直な期待が滲んでいた。

 

――


数日後。


遣いが戻ってきた。


報告の場に集まった王族たちは、妙に前のめりだった。


「で!?」

「どうでしたの!?」

「湯は!? 酒は!?」


「落ち着きください!」


宰相は軽く咳払いを一つして、隣に立つ遣いに声をかけた。


「話せ」


「はい。……まず、想像以上に静かで、温かい場所でした」


「ほう」


玉座の横の椅子に腰掛けた第一王子レオニスが、頬杖をつきながら目を輝かせた。

 

「迎えの青年――ゼノと名乗っていましたが、気負いがなく……自然体です。ですが、不思議と、こちらが気を張っているのを見透かされているようでもありました」

 

「ほう。それで」


国王が話をせかす。


「湖畔には宿や屋台が並び、……正直」


遣いは、少し困った顔で言った。


「……帰りたくなくなりました」


その瞬間、王族の空気が「分かる」に寄った。


「素敵ね」


「行ってみたいな」

 

「お祖父様、私も連れて行ってください」


満場一致だった。


「歌姫団というのもいるようです」


「歌姫団?」


「少女たちが歌を捧げる集団で……不思議と、胸の奥が静かになります」


女王が、そっと目を伏せた。


「……それは、良いですわね」


「それで」


国王が身を乗り出す。


「視察は可能か?」


「……聞いてきました」


「それで」


皆が遣いに目をやる。

 

「はい」


遣いは真顔で答えた。


「視察ではなく“招待”で、とのことでした」


王族が招待される。

――誰が、誰を?


だが、次の瞬間。


国王が、声にならない笑いを漏らした。


「招待か……気の利くやつだ」


宰相が小さく頷く。


「ええ。主導権を、取りに来ています」


「よい」


国王は即答した。


「主導権など、湯に入る時は捨てればよい」


宰相が一瞬だけ、言葉を失った。

 

「楽しみですわ」


「すぐに支度をせねばならぬな」


こうして、王族の湯楽郷行きが決定された。


――


そして、開湯前日の朝。


湯楽郷の入口に、王族一行が現れた。


護衛は最小。

だが装束の質が、隠しきれない。


緊張する村人たちとは対照的に、王族側はどこか浮き足立っている。


「……本当に湖だ」

「湯気が……」

「綺麗……」


ゼノは一歩前に出て、深く一礼した。

 

「ようこそ、湯楽郷へ」


声は落ち着いていた。

歓迎はする。だが、媚びない。


《視聴者数:156,904》


〈コメント:王族来たああああ〉

〈コメント:太客来店w〉

〈コメント:緊張してきた〉


《神コメント:静かに迎えるのが上手い》

《神コメント:王族ほど“扱い”に飢えてる》

《神コメント:さあどう落とす》


『落ちるさ。慌てなければな』


ゼノは淡々と案内を始めた。


「まずは酒樽宿へ。長旅の疲れを取ってください」


「酒樽宿!?」

「最初から酒!?」

「最高ですわね!」


ミレイがウェルカムドリンクの果実水を運んできた。


「果実郷で採れた果実で作った果実水です」


王族達がそれぞれ手に取り、長旅で乾いた喉を潤す。


「身体中が潤うようですわ」


女王が少女のような顔で微笑んだ。


国王が、飲み込んでから短く言った。


「……うまい。余計な甘さがない」


レオニス王子は、完全に顔が緩んでいた。


「この時点で、帰りたくない」


〈コメント:王族めっちゃ浮かれてて草〉

〈コメント:国王、素直すぎる〉

〈コメント:女王かわいい〉

 

――


酒樽宿。


扉を開けた瞬間、木の香りが肺の奥に落ちる。

樽の内側は琥珀色。光が柔らかい。

湯気の湿度と混ざり、肌の表面から緊張がほどけていく。


一歩入っただけで、肩の奥に残っていた固さがほどけた。


国王が、第一声で負けた。


「……これは、反則だな」


王族の誰もが、同じ顔をした。

“王”の顔ではない。

ただ、疲れた人間の顔だ。


ゼノは答えない。

褒め言葉を受けて、満足させない。


――焦らす。


「その後は、各自お好きな湯へ」


 ゼノが続ける。


「自由!?」

「決まってないの!?」

「最高では?」


王族たちはそれぞれ好きな酒樽宿で興奮を落ち着かせ、

温泉の入り口でミレイから説明を受けた。


「本日のお客様は王族様だけとなっております。

まずは温泉着にお着替えし、好きな温泉をお楽しみください。温泉を出られましたら、温泉着の上にこちらの羽織をお召しください。

温泉のほかに、温泉湖では泳ぐ事も可能です。

お食事は、温泉内の食事処と温泉湖の屋台で可能です」


王族が、一斉に黙った。


“王族だけの貸切”という言葉に、

権威ではなく、純粋な安心が乗った。 


一つずつ渡す。満足させきる前に、次を見せる。


《視聴者数: 170,118》


〈コメント:貸切、強い〉

〈コメント:王族、ここで一回溶けるな〉

〈コメント:ゼノ、褒められても淡々としてるの良い〉


《神コメント:焦らし成功》

《神コメント:太客は“特別”に弱い》

《神コメント:だが特別扱いしすぎると支配される》


『分かってるよ。全部計算できてる』


――


昼過ぎ。


温泉湖。


湖畔に集まった王族たちは、全員、明らかに顔が緩んでいた。


「……もう、戻りたくない」


国王が言うと、誰も笑わない。

全員、同じことを思っていたからだ。


「同感だ」


レオニス王子が頷き、女王は小さく笑った。


「ここは……静かに壊してくる場所ですわね。理性を」


その言葉に、護衛が一瞬だけ目を逸らした。

聞かなかったことにした。


〈コメント:女王www〉

〈コメント:理性を失う(タイトル回収)〉


その時。


湯気の向こうに、三人の少女が現れる。


白と淡い水色の衣装。

湯気と灯りをまとって、輪郭だけが先に見える。


歌姫団。


リィナ。エレナ。ミュラ。


三人が静かに円陣を組み、湖に向かって歌を捧げる。


それは“奉湯歌ほうとうか”。


湯に感謝を捧げる歌。


最初の一音で、空間が変わった。


王族のための歌ではない。湯のための歌なのに、だからこそ胸に落ちた。


声が、湯気の膜を滑り、湖面に触れ、

跳ね返らずに――胸に落ちる。


国王の目が、ゆっくりと細くなる。

宰相が、唇を結ぶ。

女王は、指先をそっと握りしめた。


エレナの声が、近い。

上手いとか下手とかの前に、嘘がない。

“歌いたい”という願いが、そのまま音になっている。


磨かれていないぶん、誤魔化しもない。胸の柔らかいところに、そのまま触れてくる。


王女の目から、ぽろりと涙が落ちた。


「……癒されますわ」


《視聴者数:212,906》


〈コメント:泣いた〉

〈コメント:王女さま泣いたああ〉

〈コメント:エレナ刺さる〉

〈コメント:奉湯歌、文化になってる〉


《神コメント:浄化されてる》

《神コメント:これは効く》

《神コメント:これは止まらん》

《神コメント:完全に入った》


――


歌が終わった後。


拍手が来るまで、一拍遅れた。

感情が先に満ちて、手が動かなかった。


そして――湯面を叩くような拍手が広がる。


国王は、湯気の向こうでゼノを呼び止めた。


「……時折、貸切をお願いしたい。

国としてではなく、“個人”として」


宰相が焦ったが、目だけで止めた。


“個人”という言葉は危うい。

国王が私欲で動いたと取られる。


だが。


国王の顔は、久しぶりに“王”ではなかった。


ただの――疲れた男だった。


ゼノは少しだけ間を置いた。

すぐに頷かない。ここも焦らす。


「条件があります」


宰相が息を呑む。


国王が、しかし笑った。


「言ってみよ」


「湯楽郷は、休むための場所です。

ここでは“役職”を持ち込まないでください」


王族が、一瞬固まる。


――王に、王を置いていけと言った。


だが国王は、次の瞬間、肩で笑った。


「……それが一番難しい。だが、だから良い」


ゼノは頷く。


「でしたら、いつでも」


国王は、深く息を吐いた。


「……ありがとう」


宰相は、負けたと悟った。


この場は、立場で勝てない。

“場”に負けたのだ。


〈コメント:ゼノ強い〉

〈コメント:王族を客にした〉

〈コメント:条件提示うまい〉


《神コメント:最高》

《神コメント:太客、満足》

《神コメント:拗ねない焦らし、プロ》


『これで、この場は取った』


――


夕刻。


王族一行は、名残惜しそうに湯楽郷の入口に立っていた。


「……本当に、帰らねばならぬのか」


国王のその一言に、誰も否定できなかった。


「また、必ず来ますわ。

次は、誰にも内緒で」


女王が小さく笑う。


レオニス王子は、湖を振り返りながら真顔で言った。


「……軍の休養地としても、検討したい」


宰相が即座に咳払いをした。


「殿下」


「分かっている。今は言わない。……だが、思った」


ゼノは、一礼した。


「いつでも、お待ちしています」


王族の姿が道の向こうに消えるまで、村人たちは頭を下げ続けていた。


やがて、姿が見えなくなった瞬間――


「……行った」

「怒られなかった」

「……楽しかった、って言ってたよな」


誰かが、そう呟いた。


誰もが、肩に入っていた力を、そこで初めて抜いた。


次の瞬間。

ふっと、場の空気が緩む。


「……やれるな」

「明日、ちゃんと迎えられる」

「俺たちの湯楽郷だ」


ゼノは湖を見て、静かに頷いた。


明日、ここは“本当に”開く。


癒しは、力になる。

力は、やがて波紋を呼ぶ。


だが今は――


ただ、湯が温かい。


《視聴者数:238,120》


〈コメント:平和回に見せかけて、嵐の前〉

〈コメント:王族が味方になったのデカい〉

〈コメント:明日開業とか胃が痛い(好き)〉


《神コメント:これは平和回》

《神コメント:でも嵐はその後》

《神コメント:次は周囲が動く》


『来るなら来い。場は渡さない』


ゼノは湯気の向こうの灯りを見つめ、胸の奥で小さく笑った。


(……面白くなってきたな)


湖面がきらりと光った。


――――

次回

 第15話 湯が満ちる日、次の余白

 

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