Producing the Powder
燕麦の収穫が終わった。
鷺姫の追手の姿はまだ見えない。鷺姫のとの意志の疎通がまだ拙い状態では、詳しい事情は分からない。
鷺姫の追手がどれくらいの人数なのかわからないが、この前の侵入者程の人数は想定しておいた方が良いだろう。
だが、ある程度の訓練を受けた戦闘部隊か偵察部隊が相手だとすると、この前の侵入者のように簡単にはいかない。
勿論、接近戦は避けなければならない。とすると、今のところ、使える武器は弓と弩しかない。
弓と弩を扱える戦闘員と見なせる者は、鷺姫と千鳥を入れても9人だ。最も有力な武器である弓を扱える者は、自分とインガ、そして、ヒルダだけだ。
弩を扱うのは残りの6人だが、弩はどうしても射程が短いという欠点がある。それに加えて、追手が来るまでに、鷺姫と千鳥が弩の扱いにどれだけ慣れているかという問題もある。
10人程の戦闘員を相手にすると考えた場合、相手の不意を突くことができれば、なんとか互角に渡りあえるかもしれない。が、実際のところ、そんなに上手くはいかないだろう。
やはり、火薬が必要だ。火薬を使えば、たとえ相手に直接被害を与えられなくても、驚愕させて相手の不意を突くことができる。
黒色火薬の原料は全て揃っている。
木炭は、製鉄用に作った物が十分残っている。
硝石は、この前洞窟から採ってきた。
硫黄は、温泉の中に析出している黄色い湯の花を、すでに採取し、小屋に保管している。
問題は、火薬を製造し、保管する場所だ。この前、鷺姫達と出会った日に見つけた洞窟は、フレイヤが敵を連れて戻ってきた場合を想定して、火薬の製造と保管の場所にしようと考えていた。
しかし、鷺姫の追手は鷺姫と同じ経路で侵入してくる可能性が高いだ。そう考えた場合、新しく見つけた洞窟を使うことはできない。
自分達が鷺姫と出会ったのはあの洞窟と山の家の中間点だ。あの洞窟で火薬の製造を行っていれば、火薬製造をする自分を含めたグループと山の家のいるグループが、追手を挟む形で、分断されることになる。
洞窟を火薬の保管場所にする場合も、山の家にいる自分達が強力な兵器である火薬を使用することができなくなる。
今回は、危険ではあるが、家の側の小屋で作るしかない。まあ、爆発で自分が死ねば、たぶん、この世界線は閉じることになる。そう考えれば、自分が火薬を作る限り、どこで作っても同じだ。
以前に使っていた小屋を掃除し、床の土を剥き出しにする。硝石、硫黄、そして、木炭を入れた陶磁器の壺を並べる。
自分は小屋の入り口で服を脱ぎ、裸になって小屋の中に入る。静電気を少しでも避けるためだ。
エンマが近づいてきて、手伝うと言ってきた。エンマに、手伝いたいなら、服を脱いで中に入るように言った。エンマは、指示に従い、服を脱いで小屋の中に入ってきた。
他のみんなが興味深そうに集まってきたが、自分達が作業している間、この小屋に近づかないように厳命した。
自分は、床に直に座り、素焼きの擂り鉢と素焼きの擂粉木を使って、それぞれの材料を、ゆっくり、粉末にしていく。エンマは興味深そうに自分の作業を観察している。
素焼きの小さな碗を使って、それぞれの材料を量り、調合していく。
硝石の量が一番多い。硝石は酸化剤だ。可燃物質に一気に酸素を送り込み、燃焼させる。
"Saltpeter makes air. The air makes fire grow much bigger." 硝石は空気を作る。その空気は火を物凄く大きな火にする。と、エンマに説明する。
次が、木炭で、可燃物質の本体だ。
"Charcoal is the main stuff of fire." 木炭が火の主な燃料だ。
最後が、硫黄で、低い温度で火が点く着火剤だ。
"Sulfur starts fire." 硫黄が火を点ける。
ゆっくり、慌てず、慎重に、材料を混ぜ合わせる。非情に緊張を強いる作業だ。
閉ざされた室内は蒸し暑く、汗が吹き出る。自分の作業を見ているエンマも汗だくだ。
出来上がった火薬を空の壺に入れ蓋をする。ひとまず、黒色火薬が出来上がった。
一旦、作業を止めて、外に出る。見ると、自分とエンマの体は、粉砕する時に舞い散った材料の粉末が汗で体一面に付着していて、黒光りしている。
黒い汗が浮かぶ乳房を手で覆った。手を放すと墨で描いたような黒い手形が現れた。それを見たエンマが真似をして、腹に手形を描いた。
小屋の中での張り詰めた時間から開放された自分とエンマは、大声で笑い出した。みんなが集まってきて、不思議そうに自分達を見ている。
自分は、家から石鹸を入れた壺を持ち出し、エンマの手を取り、小川に向かう。




