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浜辺の粘菌 Slime on the beach  作者: 外山淑
第二部 邂逅
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Pale Green Silk

 陶磁器を作っている間には、整形した器の乾燥や、焼いた器の冷却など、直接作業を必要としない時間がある。

 その時間を利用して、採集した山繭を糸にする。フレイヤの騒動に依って、山繭の処理が放ったらかしにされてしまっていたのだ。

 山繭は、早く処理しないと、中の蛹が羽化して、繭を食い破ってしまう。そうなってしまったら、天蚕糸は作れない。

 厳密に言えば、糸に出来ないことはないが、手間がかかる上に、糸の強度が著しく低下するのだ。


 大鍋に水を張り、火に掛けて、お湯を沸かす。お湯に山繭を放り込んで、糸を接着させている蝋成分を溶かし、それぞれの繭の糸口を探す。

 5本の糸口を纏めて、糸巻きの軸に固定し、縒りをつけながら、糸巻きに巻き取っていく。

 インガ達は、糸巻きを使って麻の糸を紡ぐ作業はしたことがあるようだが、繭から糸を紡ぐ作業はしたことがないはずだ。

 彼女達にとっては、繭を壊さずに糸口を見つけることが難しいようだ。しかし、一旦、糸口を見つけさえすれば、糸を紡ぐ作業は、麻の場合より簡単になる。

 麻の繊維の長さは1メートルもないが、山繭の繊維の長さは500メートル以上になる。繊維をつなぎ合わせる作業が格段に少なくなるのだ。

 糸口を見つけること以外は、向こうの世界でやっていたことなので、楽々と糸を紡いでいく。

 陶磁器が焼き上がって、冷えた頃には、採集した繭は全て天蚕糸に変わっていた。


 天蚕糸を布にするため、既に作ってあった簡単な機織り機と同じものを、2つ新しく竹で作った。

 インガ達は機織りも経験があるようだ。自分が作った機織り機の仕組みを実演しながら説明すると、みんな問題なく扱うことが出来た。

 機織りの作業は、エンマ、アーデル、そして、ヘルガが主に行った。その中で、機織りが一番上手だったのは、ヘルガだった。

 インガとヒルダは、機織りはあまり好きじゃないらしい。グエンは、左手の問題があるので、どうしても、細かい糸を扱う手作業が不得意だ。


 出来上がった天蚕糸の量から推測すると、みんなに褌とブラジャーを作ってもまだ余裕がありそうだ。

 そのことをみんなに告げると、手を叩いて喜んだ。みんな、麻布と天蚕糸布の質感の違いは体験している。

 一旦、天蚕糸布の圧倒的な柔らかさを体験してしまうと、麻布の硬くてゴワゴワした粗さに戻りたくなくなるのは当たり前だ。

 特に、股間や乳房などの敏感な部分を被う布は、天蚕糸布以外選べなくなる。

 インガ達の褌やブラジャーを作ると聞いてから、インガとヒルダは、エンマ達が機織りの作業を休んでいる間、自ら機織りの作業を買って出た。

 やはり、女の子だということか。美しい服を早く身に着けたいらしい。

 無理もない。天蚕糸は、日の光を浴びると、淡い緑色の光を放って、文字通り、輝いている。

 この糸から織り上げた布も、当然、淡い緑色に光り輝く。さらにその触感は柔らかく滑らかだ。

 いままでくすんだ茶色の粗い布しか着たことがないインガ達にとっては、王侯貴族が身に着けるような高貴で豪華なものに思えるのだろう。


 フレイヤがいなくなってから暫く落ち込んで元気の無かったヒルダが、ようやく笑顔を見せながら、一生懸命、布を織っている。

 最初は、腫れ物でも触るように、ヒルダに接していたエンマ達も、自然にヒルダと言葉をかわしながら、笑い合っている。


 フレイヤが消えてから、もう20日以上過ぎた。

「彼等」がフレイヤに生き延びる道筋を用意していたとしても、フレイヤは自らの力でその道筋を切り開いていかなければならない。

 泥水を啜り、草を喰み、生の貝を喰らう。フレイヤはそうしないと生きていけないはずだ。

 寒さに凍えても、火を起こすことも出来ない。風が冷たくても、身を被う衣服を作る術もない。

 自分がいかに回りに甘えていたかを自覚出来るか。

 いや、出来ないだろうな。

 フレイヤみたいな奴は、常に、自分を被害者として位置づける。自分は悪くない。みんな回りが悪い。

 そうして、負の感情を自分の中で指数関数的に増幅させる。そして、その負のエネルギーの冪乗を、そいつが加害者と思っている者にぶつける。

 別れた男が元カノを殺す。ストーカーの女が相手の家族を殺す。受験失敗して受験生を襲う。現れ方に多少の違いはあるが、基本は同じだ。

 フレイヤが自分に向かってくるまでどれくらいの時間があるのか?1年か、それとも、2年か?10年は無いだろう。もっと短いはずだ。

 まあ、早めに準備をしておくに越したことはない。

 さて、作業に取り掛かるとするか。

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