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浜辺の粘菌 Slime on the beach  作者: 外山淑
第一部 孤独
31/83

虹色の門

 今日で浜辺で目覚めてから1000日目、3年目の2月20日だ。


 去年の穀物の収穫分は、種籾の分を除いて、大体1年と半分の期間、食事を賄える量だった。

 これで、今年が凶作であったとしても、なんとか命を繋ぐことができる。

 油断は出来ないが、ある程度余裕が出来たと言える。


 2年目の5月26日の夜、やはり数多くの死を経験させられた。

 東側の土地はイージーモードではなかった。

 東側では、2年目にイノシシやクマが現れた。

 やはり、妊娠した自分が多く殺された。

 しかし、ある意味、昨年より残酷だったかもしれない。

 1年目に妊娠した自分は2年目に出産していた。

 ただ、産褥で死んだ例は無かった。

 多分、ナノマシンあたりが、出産で死なないように上手く働いていたのだろう。

 出産した子供は、皆、両性具有だった。


 赤ん坊を抱えてこの世界で生きることは決して簡単ではない。

 何件か、赤ん坊を死なせてしまい、その罪悪感から死を選んだ例があった。

 ナノマシンのおかげか、病気で死んだ例はない。

 赤ん坊を抱えていることで、狩りや木の実の最終が十分に出来ない。冬の寒さの中、ハマグリもなかなか採れない。

 その結果、飢餓に陥り、乳がろくに出なくなる。赤ん坊が餓死する。

 あるいは、赤ん坊を置いて、狩りに出ている間、赤ん坊が動物に襲われる。

 どちらも悲惨な状況だ。


 そして、一番多かったケースは、赤ん坊を抱いてる時、クマに襲われ、食い殺されるというものだ。

 自分が先にクマに喰われる場合、赤ん坊が先に喰われる場合、何れの場合もあった。

 今回も100を超える死を経験した。

 本当に勘弁して欲しい。


 一体、何人がこの実験あるいはゲームに参加しているのだろう?

 そして、この世界で死んだら自分はどうなってしまうのだろう?

 非情に嫌な予感がする。

 多分、この世界で死んだら、向こうの世界、メタ世界とでも呼んだら良いのか、そこでも死ぬような気がする。

 この感覚はほぼ正しいと確信している。


 次の朝、朝のルーティンを済ませ、狩りの身支度をする。

 越中褌を履き、ブラジャーを着ける。

 鹿の子模様の胸当てをきっちり締め、綱貫を履く。

 イノシシの毛皮を纒い、革のベルトを締める。

 ベルトには、革の鞘に収めたナイフと矢筒、そして麻紐を下げる。

 矢筒には30本の矢を入れる。矢は、できれば、もっと入れておきたいが、そうすると矢筒が大きくなり、動きを邪魔する。

 狩りの際、動きを邪魔しないよう、これ以外の装備は身に着けない。


 さて、今日は1001日目だ。

 1000日間生存記念のイベントはあるのか?


 そう考えた瞬間、突然、キーンという甲高い音が鳴り響いた。あまりに大きな音なので、頭を抱え顔を顰めてしまう。

 ロムとレムの様子を見ると、自分の様子を不思議そうに見つめている。

 しかし、大きな音に驚いている様子はない。

 この音が聞こえているのは自分だけか。

 小屋の外に出る。


 音は山の下の畑の方向から聞こえてくる。

 山を駆け下り畑に向かう。

 ヒエの畑だった所に虹が出ている!

 近寄って見ると、それは半径5メートル位の半円のアーチだった。

 半円の内側は、凪の日の海面のように、穏やかに揺らいで、虹のような光を放っている。

 半円の向こう側は見えない。

 ここに入れ、ということか?

 これは何らかの門だろう。

 この門を通ると、別な場所、もしかしたら、別の時代に移動するのか?


 まあ、選択の余地はない。

 この門を通らず、ずっとこの地で暮らしても、孤独なままだ。そのまま年をとり、生活もジリ貧になるのは明らかだ。

 しかし、用心はしなければならない。

 向こう側に何が待ち受けているかわからない。獣か、あるいは人間か。

 ロムとレムが不安げな様子で自分を見上げている。


 矢を矢筒から2本取り出し、一の矢を弓に矢を番える。

 いつでも矢を放てるようにして、門の中に飛び込んだ。


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