新たな体の秘密
三日目、朝の冷気で眼を覚ました。左に寝返りを打つと、左の乳房が滑るように重心を変える。やはり、まだ慣れない。乳首を見ると、気温が高いときは大きく広がっていた乳暈が収縮していた。そして、今日も朝立ちは健在だ。
昨日と同様、日の出の位置を確認してから、沢の側で朝立ちを解消した。その後、陰茎と膣口を丁寧に洗った。
一旦、沢の反対側の斜面で排尿と排便を済ませた後、沢に戻って再び股間を洗った。この場所でしばらく暮らすのなら排便施設も設営しなければならないが、それは紐が出来てからのことだ。
残しておいたハマグリで朝食を済ませた後、カラムシの収穫を再開した。斜面には昨日と同じくらいの量が残っていた。
残ったカラムシを全て収穫した後、カラムシの皮剥きを始めた。
アリは戸惑っていた。餌を探しに歩いてきたら、前の方から不快な感じがした。我慢して少し進むと不快感が更に増した。右に方向を変えると、こちらも不快な感じだ。反対側に進んでもやはり不快感が増してきた。仕方なくもと来た道を戻るとこっちからも得体のしれない不快な何かが近づいてきた。アリは途方に暮れて不快なものを避けながら円を描いてひたすら歩き続けた。暫く歩いていると、突然、もと来た道から不快なもの気配が消えた。アリは急いでもと来た道を辿り巣に向かった。仲間にこの不審なことを警告するために。
自分は、草の上に脚を開いて座りながら、カラムシの皮剥きをしていた。一匹のアリがこちらに向かって一直線に進んで来るのに気がついた。しかし、そのアリは股間から10センチ程の所で突然止まった。アリは左に向きを変えて進んだが、左の太腿の10センチ程前で再び止まった。アリは再び方向を変え、今度は右の太腿の方に向かった。しかし、やはり右の太腿の10センチ程前で再度歩みを止めた。アリがもと来た方向に戻ろうとしたので、開いていた脚の踵を合わせてOの字になるように閉じてみた。アリは踵の手前10センチ程の所で止まり、その後、閉じた脚の内側を円を描いて回り始めた。合わせていた踵を離すと、アリはもと来た方向に駆けていった。
この体はアリを寄せ付けない。たぶん、この体から防虫成分を含んだフェロモンか何かが出ているのだろう。この体の遺伝子が操作されているのか、それとも、ナノマシンでも注入されているのか。いずれにしても、カやノミ、ダニ、シラミなどに刺される心配はしなくて良さそうだ。
そういえば、カラムシの収穫の際に、昨日も今日も擦り傷や切り傷ができたが、今、全然痛みを感じない。傷があったところの肌をつぶさに見てみると、あったはずの傷口はほとんど塞がっている。ついさっきできた傷のはずなのに、出血どころか、傷跡がほとんど無くなっている。やはり、遺伝子操作かナノマシンみたいな手段で傷への回復力を高めているのだろう。
カラムシの皮剥きを終え、カラムシの茎を差し掛け小屋に立てかけた。差し掛け小屋の屋根にはカラムシの茎が隙間無く並び、カラムシの葉が厚く積まれている。これなら、多少、雨が降っても大丈夫だろう。
斜面のカラムシはこれで刈り尽くした。明日からは糸作りに取り掛からなければならない。
ハマグリを採った帰り道、粘土質の土を採取して、何個か泥団子を作った。この泥団子を数本の小枝の先に刺しておいた。これを糸巻きとして使うつもりだ。
日没の位置を確認すると、やはり、また西の方角にズレていた。火を起こし、夕食を食べた後、差し掛け小屋に入った。
この体にはいろんな仕掛けがある。虫を寄せ付けない何らかの仕組みが備わっている。傷を早く癒やす性質もある。これらの機能は遺伝子に組み込まれているのか、それとも、外部からナノマシンを注入されたのか。遺伝子に組み込まれている場合、その効果は永続的なはずだ。外部からナノマシンを入れている場合は、そのナノマシンはいずれ体外に排出されるはずだ。したがって、その効果は一時的なものになる。いや、ナノマシンを生成する何らかの機構が体に埋め込まれていることも考えられる。とりあえず、病気や寄生虫の心配はしなくて良さそうだ。
もちろん、過信は禁物だが。
他にどんな仕掛けがあるんだろう。様々なものに関する知識があることも、この仕掛けの一つかもしれない。脳にマイクロチップでも埋め込まれていて、それに膨大な情報が収められているとすれば説明がつく。いや、マイクロチップが有ったとしても、そのマイクロチップ自体に情報は無いことも考えられる。マイクロチップが外部との通信を司っていて、この体の情報を外部に送信し、この世界の文物に関する情報を適宜受信して、自分の脳に伝達しているのかもしれない。自分がなんらかの実験の被験者みたいなものであれば、こういった可能性は十分に高い。
こういう思索を巡らせても眼の前の現実には役に立たない。早く寝ようと目を閉じた。