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カラムシ

 二日目の明け方、肌寒さで目が覚めた。寒さから身を守るためか、体を丸くし、右側を下にして横になっていた。仰向けになろうとするが、乳房の重みですんなりと体勢を変えることができず、少し力が必要だった。仰向けになると、左の乳房が左の方に引っ張られて重心が移動した。不思議な感覚だ。


 股間が痛い。陰茎が勃起している。それが痛さの原因だった。いわゆる「朝立ち」だ。このままでは行動に支障をきたすが、まずは日の出の位置を記録しなければならない。勃起した陰茎を左右に揺らしながら、崖の縁に行き、日の出を待った。日の出前だがあたりはかなり明るくなっていた。東の山の間から太陽が顔を出した。その方向を確認し、線を引いた。

 沢の側に行き、陰茎を右手で扱いて左手の手のひらに射精した。精液は白濁していて、強い栗の花の匂いがした。授精能力は十分にありそうだ。しかし、一回射精しただけでは、勃起は解消しなかった。その後、二回射精して、ようやく陰茎が萎えた。射精した後、排尿した。尿は亀頭の尿道口から出てきた。

 自分には膣もある。万が一にもこの精子が膣に入りこまないように注意しなければならない。両手を沢水でしっかり洗い、その後、陰茎や膣口を洗った。膣口はすでに濡れていた。朝立ちの解消の際の陰茎に対する刺激のせいだろうか。

 この際だから、自分にとっては不慣れな女性器の部分を詳しく調べてみることにする。陰嚢の付け根辺りから、襞が二つに分かれている。分かれ目から1センチほどの所に陰核がある。陰核のすぐ下に膣口がある。小陰唇と大陰唇も揃っている。普通の女性の場合、陰核と膣口の間に尿道口がある。しかし、自分の場合、尿道口は普通の男性と同じく、陰茎の亀頭の鈴口にある。尿道口が男性器の部分にあるため、女性器の方には尿道口が無い。この点を除けば、自分には男性と女性の外性器が完璧に揃っていることになる。

 自分には、外性器として、男性器と女性器の両方が揃っている。自分の内性器も、外性器と同様に、男性器と女性器が揃っていると考えた方が良いだろう。尻も大きくなっていて、骨盤も男性の場合より広くなっているようだ。そうすると、膣奥にはたぶん子宮が存在しているはずだし、卵巣もあるのだろう。

 子宮に卵子があり、その卵子に受胎能力があれば、自分の精子で自家受精して妊娠する可能性が高い。両性具有の場合、いずれかの性器、あるいは両方の性器が十分に発達せず、授精・受胎能力を持たない場合が多いと聞いたことがある。しかし、この体は明らかに何らかの遺伝子操作によって作り出されたものだ。授精・受胎能力を高くするように設計されていると考えた方が良い。陰茎や睾丸、乳房が大きく発達していることも、この体の授精・受胎能力が高いことを、高位の存在である「彼ら」が、被検者である「自分」に知らしめるためかもしれない。

 よく考えると、自分の性器は自家受精しやすい構造をしている。仰向けに寝て夢精などで射精した場合、吹き出した精液は、陰茎、陰嚢を伝い下に流れる。精液は陰嚢の下の襞で集束し、膣口に到達する可能性がかなり高い。膣口に到達すれば、膣内に入り込むことは必至だ。

 だが、自分は今他の人間がいない環境で、なおかつ、文字通り、丸裸だ。現在のこんな無力な状況では妊娠することは絶対に避けなければならない。夢精のような 無意識の射精を回避するために、朝立ちの解消をルーティンとする必要がある。

 そうだ。受胎能力があるならば、遅くても30日目辺りまでに月経の出血があるはずだ。これに対する準備もしなければならない。

 こんなことを考えているうちに、腹が減ってきた。昨晩残しておいたハマグリを食べた。これが朝食だ。暫くはハマグリが主食になりそうだ。


 まずは、糸を作ることから始めよう。

 護身のための流木とハマグリの殻を何枚か持って、沢沿いに下る。昨日見た丈の高い草が群生しているところに向かった。この草の葉はシソの葉に似ているが、葉の裏が白い。高いものの草丈は自分の背丈より高い。おそらく、2メートル位はある。やはり、カラムシだ。これから麻紐を作ることができる。

 麻というと、大麻を連想しがちだが、植物から作られる繊維としての麻には何種類もある。代表的なものが、大麻 (ヘンプ)、苧麻 (ラミー)、亜麻 (リネン)の三つだ。カラムシの繊維は苧麻だ。ここの植生が日本やその近辺のものであれば、大麻が自生している可能性は高い。しかし、この辺には見当たらない。亜麻は、ユーラシア西部に分布しているので、ここの植生ではありそうもない。

 カラムシの根本をハマグリの殻を割ったもので削りながら折り取る。30本ぐらい折り取ったところでまとめて持ち帰る。カラムシの束を胸に抱えると、鋭い痛みを感じた。茎と茎の間に乳首が挟まれたのだ。乳房には細心の注意を払わなければいけない。

 150本くらい採った頃、昼になった。衣服を身に付けずに藪の中で作業したため、体中に小さな擦り傷や切り傷が無数にできた。

 採ったカラムシの根本にハマグリの殻を当て、表皮を剥いでいく。カラムシの先端の柔らかい部分は食べることができるので、それを噛りながら、皮むきの作業を続けていく。

 カラムシの皮剥きを終えた後、剥き終えた表皮の一部を使って、草履を編んだ。何度か自分の足に当ててサイズを調整した。小枝を使って、鼻緒の部分を押し込んで草履が完成した。剥いたばかりの皮で編んだので湿ってちょっと気持ちが悪い。だが、裸足で荒れた地面を歩くのに比べると遥かに快適だ。

 沢の側にある岩を何個か割って、鋭く尖った欠片を選び、それを流木の先にカラムシの皮で固定した。石槍の出来上がりだ。

 カラムシの剥いだ皮の残りは纏めて縛り、沢に入れ、流れないように石で重しをした。

 新しく作った草履を履き、槍を持って、ハマグリを採るために浜に向かった。海に入り、昨日と同じく10個採った。また、砂浜にある流木の中から比較的長いものを何本か選んで持ち帰った。

 採ってきたものを、一旦、昨日火を起こした所に置いた後、沢の中に横たわって潮を洗い流した。

 潮を洗い流し、さっぱりした後は、雨風をしのげる場所を作る。採ってきた流木を使い、2メートル程の間隔を開けて穴を二箇所掘る。それぞれの穴に流木を立て、しっかり固定する。二本の流木の間に別の流木を横に渡し、カラムシの皮で固定する。横に渡した木に、皮を剥いたカラムシの茎を次々に立てかけていく。立てかけた茎の上に払ったカラムシの葉を載せる。屋根代わりのカラムシの茎はまばらで、葉もスカスカだが、取り敢えず、多少の雨風はしのげるようになった。作ったものは差し掛け小屋だ。英語だと lean-toと言うやつだ。

 差し掛け小屋を作った後、水につけておいたカラムシの皮を沢から持って来て、皮から繊維の部分を取り出す作業を行う。皮を石の上に載せ、ハマグリの貝殻の破片を使って表皮を削り落とし、繊維の部分だけ残す。この作業をひたすら繰り返す。取り出した繊維は、乾燥させるため、木の枝にぶら下げておく。


 これらの作業を終えた頃には、日がすでに沈みそうだった。急いで火を起こし、夕食の準備をしようとした。その前に、日が落ちそうなことに気づいた。慌てて日没の位置を確認した。日没の位置は昨日の位置より少し西に移動していた。この惑星が地球と同じ動きをしているなら、春分の日より後であることは確実だ。植生の様子から見ると晩春か初夏あたりかもしれない。

 暗くなっていく中で火を起こした。二回目で慣れたためか、使った木片が昨日の火起こしで乾燥が進んだためか、昨日よりは時間をかけずに火を起こすことができた。ただ、乳房が激しく揺れることには全く慣れることができない。

 昨日と同様、ハマグリを調理して、半分を食べ、半分は朝食用に残しておいた。


 食後、差し掛け小屋で横になり、異形の月を見上げながら考えた。採取が容易なハマグリという食料が近くに豊富に有ること、カラムシという有用な植物が身近なところに有ることは偶然だろうか。いや、多分、意図的なものだろう。そうすると、自分の体が両性具有であることも偶然ではない。自分の性器が自家受精しやすい構造であることにも意図的なものを感じる。多分、自分は粘菌のような実験動物か何かだ。だから、観察者である「彼ら」は自分が確実に生存し、繁殖するように仕向けているのだ。いや、もしかしたら、実験ではないかもしれない。これはゲームである可能性もある。この世界がゲームの世界だとしたら、「彼ら」という「他者」が自分をこの世界に放り込んだのではないかもしれない。外の世界の「自分」が自らの意志でこの世界に飛び込んだということも考えられる。いや、実験の場合でも、「自分」が自らの意志でこの世界に飛び込んだ可能性もある。これが実験でもゲームでも、「彼ら」すなわち「自分」である可能性は常にある。いや、むしろ、その可能性が高い。「他者」が「自分」をこの世界に放り込んだのならば、「自分」が何者であるかに関する記憶を消す理由がない。「彼ら」が「自分」とは異なる存在で、「自分」の精神を拉致して、この世界の肉体に放り込んだとすれば、「自分」の記憶が有っても何ら問題がない。わざわざ「自分」の記憶を消す必要がないのだ。


 自分が自らの意志でこの世界に飛び込んだのなら、どうするべきか。止めるという選択肢は無い。止める事自体は可能だろう。たぶん、この世界で死ねば良いのだ。しかし、止めた場合、ゲームであれば負け、実験であれば失敗を意味する。もちろん、自分が自らの意志でこの世界に飛び込んだのなら止めることは有り得ない。それに止めても元の世界に戻れる保証も無い。実験の目的あるいはゲームの勝利条件を達成せずにこの世界で死ぬと、元の世界でも死亡するということすら考えられる。自分はとにかくこの世界で生きなければならない。繁殖の問題は、もうしばらく生きてから考えよう。


 そうこう考えているうちに、なれない作業の疲れが意識を刈り取った。


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