炭焼き
浜辺に打ち上げられた目ぼしい流木を回収する作業は10日以上続いた。それだけ、今回の嵐が強力だったと言うことだろう。
流木の回収が一区切りついたのは、浜辺で目覚めてから、116日目、丁度、4回目の出血が終わった日だ。
この流木で炭づくりを始める前に、以前に見つけた栗と柿を収穫しておこう。
まず、山裾を辿って、栗の木まで行き、持参した竹バサミを使って栗を収穫する。竹バサミを使っても、脚が剥き出しの草履と素手では、イガのついた実を収穫するのは難しい。ゴム長と手袋が欲しい。
結局、栗の収穫に2日もかかってしまった。
次は柿だ。柿の木は湿原の東端にあるので、浜を伝って行く。柿の木まで距離があるため、こっちも収穫に2日費やした。
さて、炭作りだ。
流木を50センチ位の長さに切り、縦にして円形に並べていく。円が完成したら、その上に端材を積み上げ。山にする。
枯れ草で山全体を覆い、その上から泥を被せる。全身が泥まみれになるので、ブラジャーと褌はもちろん身に着けない。
誰も自分を見るものはいないし、今は発情期前だ。
考えが甘かった。勃起してしまった。しかし、泥まみれの手で勃起を処理するわけにはいかない。
無視して作業を続けざるをえない。半分程作業が進んだところで、一旦、作業を切り上げ、沢で泥を落とす。もう秋分の日を過ぎた辺りだ。沢水が冷たく、体が冷え切ってしまう。流石に、勃起は鎮まった。
早く温泉に入りたい。鹿皮を羽織って、温泉に向かう。
結局、この山を泥で覆う作業でまる2日かかった。この泥が乾燥するまでさらに3日待つ。
ある程度乾燥したところで、泥の山に焚口を切り出す。山の周囲と天辺に4個、空気穴を開ける。
焚口に火を点け、火が全体に回るまで5,6時間程待つ。火が全体に行き渡ったら、天辺以外の空気穴を塞ぎ、焚口を小さくする。
天辺の空気穴から煙が立ち上る。ちょっと饐えたような焦げ臭い匂いが辺りに広がる。
後はこのまま4,5日放おって置いて、炭化が進むのを待つだけだ。
炭化を待つ間、柿の皮剥きをする。やはり、石包丁は切りにくい。鉄のナイフが欲しい。
後もう少しだ。この炭を使えば鉄ができる。それまでの我慢だ。
皮を剥いた柿を麻紐で繋ぎ竹小屋や燻製小屋の周囲に吊るした。
ああ、忘れていた、炭の保存のための小屋も作らないといけない。
直ぐに炭小屋作りに取り掛かった。
小屋が完成した頃、炭の山の空気穴から出る煙から色が無くなった。
前は青みがかった白い煙が出ていたが、透明になり、熱のゆらぎが見えるだけになった。炭化が完了した印だ。
焚口の穴と天辺の空気穴を泥で完全に塞ぐ。これで火が消えるはずだ。
後は、また4,5日放おって置いて、冷えるのを待つだけだ。
この間に狩りに出かけ、また鹿を射止めた。
最初の鹿は夏毛だったが、この鹿は、毛が生え変わる途中だった。
鹿の処理が終わった頃、炭が冷え、取り出せるようになった。
固まった泥を剥がし、完全に炭化しているかどうか一本一本確認する。
この作業は体が炭だらけになってしまうので、衣服は身に着けないで行う。
1割ほどが炭化しきっていなかった。その殆どが端に置かれたものだった。
まあ、これはこれですぐに使う用途がある。脇に置いて取っておく。
残りの完全に炭化したものを炭小屋に運び入れ、保存する。
作業を終えると、案の定、全身炭まみれになっていた。炭は洗ってもなかなか取れない。
そうだ、鹿の脂身があった。あれを使って石鹸を作ろう。
ただ、すぐには作れない。今日のところは、温泉に入り、汗を流すだけで我慢しよう。
次の日、早速、石鹸作りに取り掛かった。
壺に灰を入れ、水を注ぎ、灰汁を作る。灰汁は濃いめで、手を入れてヌルヌルするくらいが丁度よいはずだ。
鍋で鹿の脂身を焼いて、脂肪分を取りし、碗に入れる。
鹿の脂肪は融点が高いため、冷えて固まらないよう碗を弱火で加熱しながら、灰汁を少しづつ加え、竹べらで撹拌する。
白くねっとりとしてきたら塩を加え、更に撹拌する。そのまま火から下ろし、熱を冷ます。
次の朝、碗の中の白いものは完全に固まっていた。碗をひっくり返し、碗の底をポンと叩くと、簡単に外れた。
沢で褌を洗って試すと、少し泡立ちが悪いものの、洗浄力はしっかりある。
炭と石鹸が出来た。
浜辺で目覚めてから、133日目、10月6日のはずだ。