帰路
物思いにふけりながらも、草むらを歩き続けた。
すると目の前に川が現れた。いや、潮の香りがする。海だ。
幅が50メートル程の水路があった。水の色からも、海水だとわかる。
水路の北側が大きく広がっている。入江だ。
南側は自分が目覚めた砂浜に繋がっている。
ここが自分が目覚めた浜辺の東端だ。
水路の反対側は、急な傾斜の山だ。
対岸を見渡しても、人工物と思われるものはどこにもない。
これまでの道筋にも、この近辺にも、人の手が入っている様子はない。
ここにいるのは、やはり、自分だけか。
少し離れた所に5頭程の鹿の群れがいた。しかし、人を警戒する様子があまり見えない。
この鹿を射止めても、小屋まで持っていくのは大変だ。
鹿に無用に警戒心を植え付ける必要もないだろう。
無益な殺生はしてはいけない。
山裾を歩くことにだいぶ時間を費やした。
もう日が落ちそうだ。
今夜はここで野営することになりそうだ。
風がまだあるので、風を避けることができそうな窪地を探す。
適当な窪地を見つけ、そこに腰を下ろす。
持参したハマグリの燻製を齧り、水筒の水で流し込む。
嵐の後だから、周りは湿っていて、火を起こすことができない。
寒さを避けるため、鹿の皮に包まりながら、仮眠をとる。
朝、目覚めると、右腕を下にして横になっていた。仮眠のつもりが熟睡してしまった。
左側に寝返りを打つと、左の乳房が移動し始めるが、途中で止まる。ブラジャーを着けたままだった。
朝立ちは、越中褌を突き破るくらい勃起している。もう排卵が始まったはずだ。発情期に入った陰茎が、褌で押さえつけられて痛い。
褌を外し、朝のルーティンをこなした後、ブラジャーも脱ぎ、近くの浜に向かう。
波は昨日より弱くなってはいるが、まだ高い。注意しながら水に入り、陰部を洗う。
浜から戻る際にハマボウフウを見つけたので、それを摘み、海に戻って海水で洗う。
朝飯は、ハマグリの燻製とハマボウフウ、そして、水筒の水だ。
食事の後、ブラジャーと褌を身に着け、帰路に就く。
帰り道は浜辺を通って行くことにしよう。
嵐の後だから、浜辺には新たな流木がたくさん打ち上げられている。
これから土器を焼く際に大量の薪が必要になる。
また。炭も焼かなければならない。これも大量の木材を必要とする。
この流木を使わない手はない。
しかし、この浜に打ち上がられたたくさんの流木を小屋まで運ばなければならない。
今までのように数本づつ手に持っていくのでは効率が悪すぎる。
どうすればよいか?
そうだ、トラヴォア “travois”がある。
トラヴォアはアメリカ先住民の運搬手段だ。特に西部劇では馴染みのある運搬手段だ。
この名前を使った自動車があるくらいだ。ただ、車名は、同じ綴だが「トラヴォイ」と読むが。
トラヴォア の最大の利点は、簡単に作れることだ。
2本の棒をΛの形に交差させ、Λの頂点の内側に、運搬に使う動物の首を固定する。
Λの両脚の部分には、網や毛皮を結びつけ、その上に荷物を載せ、引きずって運ぶ。
地面に接する部分が脚の2点に限られるので、摩擦による抵抗が少ないことも良い点だ。
アメリカ先住民は、トラヴォアでの運搬に、馬を使っていた。馬がアメリカ大陸に持ち込まれる以前は、犬を使っていた。
ここでは、運搬する動物は自分になる。
大変な重労働になるだろうが、やらなければならない。
運搬経路の大半は砂地なのでいくらかは楽にはなるかもしれないが。いや、逆か。足元が砂地だから、踏ん張る力が削がれてしまうか。
こんなことを考えながら歩いていると、浜の中間あたりに来た。
多分、自分はこの辺で目覚めたはずだ。しかし、何の痕跡もない。
これまで歩いてきた浜辺と同じ光景が続いているだけだ。
全く特別なところがない。何でこんな所にいたのか?
船から投げ込まれたのか?
目覚めた時に海水を飲んでいた感じはなかった。海に放り込まれたとは思えない。
空から落ちてきたのか?
目覚めた時に体が打ち付けられた時のような痛みは感じなかった。高いところから落とされたとは考えにくい。
とすると、波打ち際にそっと置かれたとしか考えられない。
誰が?
どうやって?
いつも、ハマグリを採っている場所に来た。
この3ヶ月ほどの間、ハマグリを採る場所は100メートル程東に移動している。
大体、1日1メートル位移動していることになる。
この砂浜は10キロ程あるから、東端に至るまで30年程か。
30年もあれば西側のハマグリも充分に回復しているはずだ。
少人数で暮らすなら、ここでタンパク源が不足することはない。
ここで自家受精して繁殖しろということなのか?
つい、こんなことを考えてしまう。
全く役に立たないのに。
よし、少し波は高いがここでハマグリを採ろう。
ブラジャーと褌を脱ぎ、冷たい海に入った。




