Hilda's Decision
インガとアーデルと共に、ヒルダが横たわっっている所に向かう。グエンはエンマに付き添っているし、ヘルガは山の崖に向かっている。
ヒルダは食事を作る竈の側に横になっていた。側には開放された女達も集まって暖を取っている。
しかし、女達は自分達を怯えたように見つめている。この場所から千鳥とエンマの手足を切った場所はそんなに離れていない。自分達がやっていたことは、焚き火の明かりに照らされてよく見える。声も聞こえただろう。怖がるのも無理はない。
ヒルダもその切断の様子を見ていたようだ。ヒルダの顔は竈から洩れる明かりで、赤みを帯びているが、火の光の下だったら青ざめていたはずだ。
ヒルダの左脚を診る。脛にはまだ矢が刺さっている。矢の上5センチ程の所を麻紐でしっかり縛っている。フレイヤが矢傷を負った時、自分が何度も紐で縛ったり解いたりしたことを覚えていたのだ。紐の下は、多少鬱血はあるが、今のところ問題はなさそうだ。
ヒルダに刺さった矢を引き抜く。ヒルダが唇を一文字にして顔を顰めるが声は出さない。矢の先を見ると、鏃が無い!いや、小さな石の欠片が付いていた。鏃は脚に残ったままだ。
おかしい!こんなに簡単に鏃が壊れるなんて!インガに、回収してきた敵の矢を荷台から持ってくるように頼んだ。
インガが持ってきた矢の鏃を竈の明かりに近づけて観察する。かなり脆そうな石で作られている。残りの矢も観察する。みな同じ作りだ。
試しに、1本を近くに木に向けて余り力を入れずに放ってみる。矢は木に刺さっていたが、鏃の部分は砕けて四散していた。
実に嫌らしい矢だ。矢を受けた体の骨に当たると砕けて、回りの肉に食い込み、筋肉や内蔵を切り裂くように出来ている。
ヒルダの元に戻り、矢の当たった場所の裏側の脹脛を診てみる。脹脛は腫れていた。腫れた部分を触ってみると熱を持っている。竈の明かりでは分かりにくいが、内出血がある。
自分が脹脛を触る度、ヒルダが顔を顰める。多分、砕けた鏃の欠片が脹脛の筋肉をずたずたに切り裂いたのだろう。
欠片を取り出すには、脹脛を切り裂かなければいけない。しかし、これは竈から洩れる明かりで出来ることではない。
ただ、欠片を取り出しても、たぶん、脚は元通りには動かないだろう。このことはヒルダに告げなければならない。
"Hilda! Your leg is badly damaged by the pieces of the arrowhead." ヒルダ、君の脚は鏃の欠片で酷く損傷している、と告げる。
"I know. How bad?" 分かってる、どれくらい酷いの?とヒルダが聞き返す。
"It will not work properly." まともに動くことは無いだろう、と真実を告げた。
"Cut it off! Like Emma!" 切り落として、エンマみたいに!と声を張り上げる。ヒルダの瞳には涙が浮かんでいた。
"Cut it off! Cut it off! …" ヒルダは手で顔を覆い、泣き出した。
今日はこれ以上出来ることは無い。矢傷の所に包帯を巻いた後、ヒルダの頭を抱きながら、ヒルダに乳房を含ませる。
そのまま眠りに落ちた。
朝、インガに起こされる。他の者が朝飯の準備をしている間、ヒルダ、エンマ、そして、千鳥に乳を飲ませる。3人は余り痛みを訴えない。
たぶん、ナノマシンは鎮痛作用もあるのだろう。脳に特定の神経伝達物質か信号を送って、脳内麻薬の類を分泌させる。そんなところか。
朝食を済ませた後、アーデルに馬車を引かせ、鷺姫と開放された女達を連れて、敵の死体を回収していく。扇状地で集めた死体を一旦川へ流して捨てる。浜辺に転がっている死体も馬車に乗せ、川に流す。
回収した死体は35体だ。後の5人は竹ロケットによって死んだか、大怪我をして溺れ死んだかのどちらかのはずだ。そうであれば、いずれ浜に打ち上げられることになる。
ブラウンを荷台から離し、自分が跨って、波打ち際に沿って駆けていく。海の中に何個か大きな物が浮かんでいるのが見える。あれは砂浜に打ち上げられるのを待つしかないな。
東端まで駆けて行ったが、人の足跡らしきものは無かった。
取り敢えずは、安心してよいか。
浜辺で自分が目覚めてから1240日目、10月18日の朝のはずだ。




