嵐
朝起きると、海が荒れてきた。波がいつもより高く強い。嵐の気配がする。
風はまだ強くないが、もうすぐ台風が来そうだ。
嵐に備えなければならない。
浜に置いた製塩用の鍋には土器の蓋をして、さらに、石を重しとして載せておいた。
竹の小屋や燻製小屋は、風の影響を考慮して、周りの木々が防風林の役目をはたすような場所に作っておいた。しかし、念の為、それぞれ、風で吹き飛ばされないように、外側の壁は全て上まで泥を塗っておいた。屋根にも、石を重しとして載せておいた。
昼過ぎ辺りから風が強くなってきた。
燻製小屋は、火事にならないように、火床に土を被せ、火を落とした。燻製途中の鹿肉は、燻製小屋から、竹の小屋に一旦移し、梁から吊るしておいた。土器や他の道具類も、全て竹の小屋に入れた。
薄暗くなり、風に雨が混じってきた。
竹の小屋に入り、掛け布団代わりの草束を編んだものを纏って、寝台の上に横になる。
寒い。
小屋の中にいても、強い風が吹き込む。
冷たい。
雨も入り込む。
外では、風が唸り、雨が屋根を叩く。
腹が減った。
火は使えない。
そもそも火を起こすことができない。
辺り一面雨で濡れている。嵐が終わっても、暫くは火を起こすことが難しくなる。
乾燥したハマグリの燻製を少しずつ齧る。
時折、壺に汲んでおいた沢水を少しずつ飲む。
この嵐がいつまで続くかわからない。
嵐が去っても沢水は当分使えない。
濁りが消えるまでどれくらいかかるかわからない。
夜になり、真っ暗な中、時折、稲妻の光が一瞬小屋に入り込む。
暗い中、寒さに震えながら、ただ、時間だけが過ぎてゆく。
いつの間にか眠っていた。
いや、微睡んでいたか。
何か夢を見ていた気がする。
でも、どんな夢かは覚えていない。
「ジュリ」
この言葉だけが、頭に残っていた。
「ジュリ」
自分の名前か?
それとも他の誰かか?
いや、人の名前とは限らない。
これは一体何のことだろう。
今までは、夢を見た記憶がない。
なぜ、今日は夢を見た記憶があるのか?
外が静かなことに気づいた。
嵐が過ぎ去ったのか?
外に出てみる。
朝だ。
雨は止んで、風もほとんど吹いていない。
空は、まだ曇っている。
西の空には、まだ厚い灰色の雲が続いている。
多分、自分は台風の目の近く辺りにいるのだろう。
これから台風の残りがやって来る。
しばらくすると風が逆方向から吹いてきた。
風がだんだん強くなり、雨も混じってきた。
再び小屋に入り、嵐が過ぎ去るのを待つ。
ハマグリの燻製を齧り、水をすする。
風と雨の音が辺りを覆い尽くす。
時間の感覚が失われていく。
また微睡んでいたに違いない。
いつの間にか真っ暗になっていた。
虫が鳴いている。それ以外、辺りは静かだ。
嵐は去ったようだ。
小屋は無事のようだ。屋根も飛ばされていない。
安心して寝床に横になった。
起きると朝だった。
外に出ると、空は晴れていた。
小屋と燻製小屋はなんとか無事だった。
屋外便所は飛ばされていた。
海側の斜面に作ったから、風をもろに受けたのだ。
辺り一面の地面は濡れている。暫くは火を起こすことができない。
とりあえず、朝のルーティンをこなすことにしよう。
今日は、浜辺で目覚めてから、丁度100日目、9月3日のはずだ。