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第三話 越境

 山を降りる間、ラミアの剣術を見学する機会は数回あった。彼女は既に肉体強化の魔術を併用しており(完璧ではないが)、頻出する野生動物──例えば野火兎(ノビウサギ)等は一刀両断だった。さらに野生動物の痕跡を見つけ、追跡する技術まで持っていた。


 こういった原始的で、不便な旅に驚くほど慣れているようだった。聞けば、エルシオンから出て数ヶ月も徒歩で移動していると彼女は言った。


 そのため、今のところ私の有用性は主に料理で発揮される事になった。手頃な石を割って簡易な調理器具を用意し、香料になりそうな実の成分を分析し、刻んで加えて肉を炒める。たったそれだけのことだが、その度にラミアは目を輝かた。


 「あなた器用ね!」と感心したり、「全ッ然、違う……ねぇ、もう1匹捕って来たら、作れる?」と真剣な眼差しを向け、それに頷いたら両手を土に塗れさせ、息を切らして5匹の兎を抱えてくるなどした。


 「巣穴ごといった甲斐があったわね……」 肉を頬張りながら、満足そうに目を瞑っていた。数ヶ月感、内臓を除いた丸焼きしか口に出来なかった彼女にとって、味があるだけで革命的なのかもしれない。


 とにかく、私達は構造物の近くまで到達した。想像したような人気(ひとけ)は無く、建物の幾つかは半壊している。


「……期待はずれね。久しぶりにベッドで寝れるかと思ったのに」


 それは廃墟だった。家具などは朽ちていて、とても使えそうにない。


「ここは資源も豊富なのに、何があったんでしょうか」


「きっと戦時に放棄したのよ。この辺りはヴァルクゼン連邦へ侵入しやすいルートだもの」


 彼女は髑髏を拾い上げた。


「小さい……容赦がないわね」


「今は停戦中なんですよね」


「そうよ。一時的に、だけれど」


「エルシオンは政変が落ち着いたら仕掛けるつもりですか?」


「……そうなると思うわ。アランデル派は国民に示せる実績がすぐにでも欲しいはず。だから、その前にヴァルクゼン連邦に潜伏する」


「分かりました」


 彼女は髑髏に土をかぶせると、簡単な祈りを捧げて廃墟を出た。


 そこで足が止まり、空を見上げている。


「どうしたんですか?」


「……誰か居るわね」


 隣に立って見ると、高く煙が上っていた。


「……残党でしょうか?」


「……分からない。けど、大きな部隊ではないはず」


 ラミアもやや声を潜めている。


「下山する間の数日、全く痕跡を見ませんでしたから……」


「少数で煙を立てるのは誘ってるか、新兵かのどちらかね」


「無視する訳には行きませんか」


 ラミアは自分の泥だらけの装備を見た後、胸がはだけたローブに首を振った。


「それじゃ怪しむなってのが無理ね」


「丸腰だと分かれば攻撃されないのでは?」


 ローブの生地をつまんで見せると、ラミアは片手で顔を覆い大きなため息を吐いた。


「冗談です。私が裸になって証明する事になれば、ラミアも剣を手放すように指示されるでしょう」


「分かってるなら、どうにかする方法を考えなさいよ!」


「……停戦中とはいえ、境界の曖昧な山中で民間人が二人消えても不思議はありません。その時は始末するしかないかと」


「まあ……そうね」


 目を瞑るラミア。しかし、その佇まいは不思議と自然体だった。すでに何度も刺客を退けてきた彼女だが、こうした交渉の場から戦闘になだれ込んだ経験はあるのだろうか。


「時にラミア様、居合はご存じですか?」


「様はやめて」


「しかし……」


「……思い出すから。やめて」


「分かりました。ラミアは居合を知っていますか?」


「聞いたこと無いわね」


「帯刀した状態から素早く切りつける剣術です。リンクして経験しておきますか?」


 ラミアはしばし考えた後、魔石を取り出した。


「手数は多い方がいいわ」


 互いに魔石を握ると、床も壁も黒い正方形のタイルで構成された記録用の部屋へダイブした。正方形は一辺一mで、縁を間取る白線が淡く光るので距離感が分かりやすい仕掛けになっている。


 ダイブした男は自然体で両手をだらんと垂らしていた。


 人形の的に相対した瞬間、緊張した時には既に振り抜いている。左手で鞘、右手を剣を持ったまま残心を残し、人形の右手が崩れ落ちるのを見て鮮やかに帯刀した。


 呼吸を整え、同じ的に対して違う切り口から三回居合を披露し、的を変え、座った状態からの居合も三回、計六回の居合で記録は終了した。


「ふう……こんな構え方があるのね。ちょっとやってみていいかしら?」


 少し離れて練習を始めたラミアは数回引っかかったが、すぐに自分の剣での抜刀を習得した。


「まだ遅いけど、普通に抜くよりマシね。よし、行くわよ」


 数回藪を抜けると、声が聞こえてきた。三人組────大柄な男に、女性と子供が一人……?

 彼らは、破壊された大型のオートマトンの横で食事を摂っていた。


「いやぁ、今回は当たりだったなぁ」


「当然です。この辺りは元々、遺跡の発掘が盛んでしたから。戦争さえなければ……」


「なぁー、早く戻って金にしようぜ!」


「まあ落ち着け。この地域を安全に探索できる事なんてそう無いぞ。どっしり腰を据えて探索してもだな……おっと」


 男が鋭い視線を向ける。


「誰だ?」


 ラミアと顔を見合わせると、切り払われた広場へ躍り出た。


「ラミアよ!」


「エディと呼んで下さい」


 しかしその後は沈黙したまま、互いにじりじりと間合いを図るように距離を縮めていく。


 戦闘は避けられないのか──と思った矢先、ラミアが口を開いた。


「これでいい? あんた達も名乗りなさいよ!」


 その左手は後ろ手に鞘を握り、右手は塚から大袈裟に離していた。

 少なくとも相手からは、武装解除したように見えるだろう。


「……俺はバルト。こいつがシェラで、隣のチビがニコだ」


「チビって言うな! こー見えても二十歳超えてんだからな!!」


 バーン! と中央線が引かれていそうな威張りぶりで、両腕を組んで胸を張っているが、どう見ても十四〜十六歳である。


「はいはい。で、お前さん達はこんなところに何しに来たんだ?」


 やや和らいだ雰囲気の中でも、バルトはハンマーから手を離してはいなかった。


「私たちも遺跡が目当てで来たんですよ。例えば、そのオートマトンは都市防衛型の陸戦用戦闘機で、エネルギーセルやビーム機構が回収できれば一財産にはなるでしょう?」


「あなた、どこでそれを? これが動いているのを見た事があるの?」


 シェラが眼鏡の位置を直しながら鋭い語気で問い詰めた。しかしその目には困惑と驚きが混じっている。


「さあ? 近くの街まで案内して頂けたら、いくつか話しましょうか」


「おぉー! すげーなー! いいじゃん! にいちゃんに見てもらおうぜ!!」


 ニコが無防備に駆け寄り、腕をぐいぐいと引っ張る。


「あっ、お前……しゃあねーなぁ。言っておくが、獲物は譲らねえからな」


「それでいいわ! 代わりに、詮索もなしよ!」


「ま、どっちにしろハルゼナじゃあ殆どの奴は探られたくないハラがあるからなぁ。聞かねえよ」


 面倒くさそうに頭を掻くバルト。一見家族のようなこの三人組で、危険な遺跡探索を敢行する理由も聞かない方が良いのだろう。


 かつて前線だった辺境の街、ハルゼナ──私はその混沌を想像しつつ、彼らのパーティに参加した。

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