第二話 千里の道も一歩から
「それで、あなたは何かできるの?」
彼女は剣の柄から手を離さずにいる。
「体感して頂くのが分かりやすいかと」
私には剣術についても一通りインストールされている。特に肉体強化の魔術は体得する部分が多く、私の得意な分野だろう。
「体験って、何を?」
両手を差し出して近づく私を鋭く睨む彼女へ、なるべく柔和な笑みを浮かべる。
「リンクサポートに聞き覚えはありませんか?」
「無いわね」
「肉体的に直結し、外的経験を得たり、遠隔作業を行うサービスです。本来は精神的な直結によるメンタルヘルスケアも可能ですが、当機の自我データに問題が発生しているため利用できません」
「肉体的って……本気で言ってるの?」
やや頬を赤く染めて、しかし鋭く睨むラミアを見て失策を悟った。
「いえ、そういう意味では無いんですよ! 簡単に実演して見せますから!」
そこで私は、彼女の分のサポートアクセサリが無いことに気が付いた。肉体に他者のパーソナルデータが混入するのは危険なので、それを記録し、情報伝達を制御するサポートアクセサリが二つ必要なのだ。
……いや、システムが反応したのだから、ひょっとするかもしれない。
私は首に掛けられたネックレスをローブから取り出した。深い赤の丸い魔石が取り付けられており、手に乗せると内部に立体かつ複雑な紋様が浮かび上がる。
「同じ物をお持ちではありませんか?」
ラミアは微かに目を開き、すぐに目を瞑ると、真剣に考え込んでいた。
「あなた、どこまで知っているの?」
「いえ、今は何も……ただ、あなたにシステムが反応したので、もしかしたらと」
ラミアはふぅと息を吐き、ネックレスを取り出した。
「選別にお父様から渡されたものよ。代々カーライル家に伝わる家宝だと言っていたわ……絶対に守り抜けと。一体、何なの?」
深い赤の魔石だ。間違いなくサポートアクセサリだろう。
「リンクサポートに必要な道具です。パーソナルデータを保管し、リンク中の情報伝達を制御します」
「もっと分かりやすくならないの?」
「個人を保管する魔石です」
「個人をって……この中に?」
「はい。ラミア様がお持ちのそれには誰が保管されているか分かりませんが、内容の書き換えは可能です」
「……それ、私はどうなっちゃうの?」
「実際にエディがこの中に入っていますが、活動には問題ありません。保管するのは情報だけです」
自分のネックレスを示しながら話すと、ラミアは納得したようだった。
「問題ないならいいわ。やってみせて」
「ではお手をここに。魔石を離さないで下さいね。反対の手は私の魔石を握っていて下さい」
手順通り、互いの手の中で魔石を握る形にした後、私は魔石にアクセスした。
瞬間、一瞬の浮遊感を得て視界が暗転するが、すぐに接地し視界が開ける。
そこは白を基調とした部屋で、さまざまなポッドが置かれ、床にはびっしりと紋様が描かれていた。デスクには幾重もの仮想モニタが表示され、そのどれもが赤色の警報テロップを表示している。
「こうなったらもう……しょうがないわね」
焦燥、不安、そんな感情さえ肌に感じられる。
この声はミアだ。
「プロメテウスが暴走した。今、全ての接続を切断したわ。インフラは崩壊し、オートマトン達は野生化するでしょう。この先はもう、誰にも予想できない」
「とにかく────エディ、あなたがこれを見ることを期待しているわ。あなたなら……あぁ、とにかく時間が無いの。エルシオンでクロノスが待っているわ。忘れないで」
そこで共有が切れ、現実へ引き戻される。魔石は通常のプロセスに戻り、ラミアの登録を完了した。
「……すみません。登録時のコードに余計な情報が挿入されていました。予定とは異なりますが、ミアとリンクしたようです」
ラミアの魔石を改造したのは、ミアだろう。プロメテウスは軍事分野の管理AIだ。それが暴走したという事は……他分野のオートマトンと戦争になったのだろうか。
とにかく、滅亡の背景は想像に難くない。問題は人格を持つ統括AI、クロノスがどうなったのか、そしてエルシオンとは何か?
「クロノスって……誰なの?」
ラミアは深刻そうな表情をしていた。
「各分野を担当しているAIモデルを管理する総合AIです」
「……ええと」
「失礼しました。旧時代は天候や気温、その他凡そ全ての事象を支配していました。分野ごとに別の支配者を置いて。それらの全体を調整していたのがクロノスです」
「全ての事象って……ウソ……じゃないんでしょうね。こんなものを作るくらいだし」
ラミアはネックレスを握りしめた。
「エルシオンにそんなものが……」
「エルシオンとは、場所の名前ですか?」
「あなたが知らないの?」
ラミアは意外そうな顔をした。
「かなり昔の機体ですからね。さっき服を着ることを覚えたくらいですから」
軽口に苦々しく笑うと、そのまま険しく地面を睨み、吐き捨てるように言った。
「国の名前よ。私がいつか、取り戻さなきゃいけない国の」
「王族だったのですか?」
「ひいお爺様はね。今は違うわ」
「……簡単には行けない場所のようですね」
「ええ、そうよ」
握りしめる力が一層強くなる。
「必ず戻りましょう」
ラミアは無言で手を解き、背を向くと顔を数回拭った。
「出発するわよ」
毅然とした様子だった。きっと彼女は年齢以上の強さを持っている。
「お供させて頂きます」
ラミアは荷物を持ったと思いきや、立ち止まった。
「言っておくけど、エルシオンに戻るのは最後よ」
「もちろんです。既に数百年は経っているでしょうから、数十年かかっても誤差でしょう」
ラミアは姿勢を崩すと、いーっ、と口を歪ませて振り返った。
「数十年もかかんないわよ!!」
彼女は踵を返して歩き始める。その小さな背を追いながら、私は踏みしめる土の感触と風の匂いとを記憶していた。
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