ひじき率いるパーティ「King of Iron」の鉄分を9割補っていたのに「手入れに手間がかかり過ぎる」と言われ追放された俺。今さら戻ってきて欲しいと言われてももう遅い
《side ひじき》
対峙するファイヤードレイクが大きく息を吸い、火を吹く体制に入った。
俺は調理を担うステンレスに鉄分を要求する。
「ステンレス!!もっと俺に鉄分を寄越せ!」
高温に耐えられるはずのステンレスは首を横にふる。
「これ以上はもう無理なんだよ!ひじき!お前こそ鉄分を出し惜しみしてるんじゃないのかっ!」
ステンレスがいくら高温に耐えられようと、鉄分攻撃をするのは俺の役目だ。
「クソッ!高野豆腐!お前は何やってるんだ!」
「私だって精一杯やってるわ!あんたたちこそなんなのよ!」
ありったけの水分を吐き出したのだろう。高野豆腐はすでにボロボロになっていた。
パーティメンバー達は皆もう限界なのは一目瞭然だった。
クソッ!こんな時切り干し大根がいたら…いや、切り干し大根がいたとしても状況は変わらないだろう。今やあいつにもたいした鉄分はないはずだ。
最強と言われた俺のパーティ。今はあの頃の強さはない。
どうしてこんなに弱くなった?
…考えたくはないがテツナベのせいか?あいつを追放してステンレスを引き入れた頃から…パーティ「King of Iron」はおかしくなったんだ…
「ひじきっ!前っ!」
高野豆腐の声にはっと我に返ったが、時すでに遅し。目の前にはファイヤードレイクの吐いた炎が迫っていた。
「しまっ…」
死を覚悟したその時、炎が霧のようになって跡形も無く消えた。
「!?これはっ…この魔法は…」
俺の前には黒いマントに身を包む魔法使いが立っていた。
ファイヤードレイクの炎を一瞬で消し去る魔法を操れる。それは鉄分含有がかなり高い魔法使いであることを表していた。
そして「サンキュー!岩海苔!」背後から聞こえた軽く礼を言う聞き慣れたその声。
「この声…まさか…」
振り返るとそこにはパーティから追放したはずのテツナベが立っていた。
テツナベが呪文を唱えると、その右手に大きな鉄の包丁が出現した。
そしてテツナベは高く飛び上がると包丁を振り下ろし、ファイヤードレイクの体を真っ二つに切り裂いた。
パーティの誰もが信じられない光景だった。
最強のパーティと言われた自分たちが倒せなかったファイヤードレイクを「手入れに手間がかかるから」と追放したテツナベが一瞬で倒したのだ。
愕然とするパーティ「King of Iron」の面々。
「何故お前がここに…」
俺は苦々しい思いでテツナベを見つめた。
。。。
《side テツナベ》
5年ほど前、俺はひじき率いるパーティ「King of Iron」の一員であった。
King of Iron。つまりひじきの事だ。
鉄分55mgと言われ、100gの鉄分の多さでは右に出るものはいないと言われていたひじきのパーティに俺はいた。
パーティメンバーには高野豆腐と切り干し大根もいた。皆トップクラスの鉄分の持ち主であった。
そんな仲間たちと旅を続ける自分は誇らしいと思っていたある日。
「テツナベ、今日から調理を担当するステンレスだ」
ひじきに紹介されたのは、銀色の甲冑に身を包むステンレス鍋だった。
驚く俺にひじきは軽く「そういうことだ」と笑った。
「なんで…」混乱する俺の肩に手を乗せたのは高野豆腐。
「だってあんた手間がかかりすぎるのよ。ほっとくとすぐ錆びちゃうでしょ?それをケアするの、どれだけ大変かわかる?迷惑なのよ」そう言ってふんっと顔を顰める。
「そんな!確かに俺は手間がかかるかもしれない!でもそれは…「戦いの後、みんな疲れているのにテツナベさんを手入れするのは面倒なんです」
それまで黙っていた切り干し大根が申し訳なさそうに言った。
「切り干し…大根…」
戦いの後、いつも俺に薄く油を塗ってくれる切り干し大根にそう言われてしまうと、俺は返す言葉がなかった。
「その点ステンレスなら多少濡れていても錆びることはない」
呆然と立ち尽くす俺にひじきは言った。
「お前をKing of Ironから追放する」
。。。
パーティを追放された俺は、あちこちのダンジョンに潜り知識を増やしていった。
そして真実を知った。
そして旅を続けるうちに信頼できる仲間を得たのだ。
「ひじき。手間がかかると追放した俺に助けられるのはどんな気分だ?」
「うるさいっ!」
「ここに来る途中、もう一人俺を見限ったヤツを拾ってきてやったぞ」
新しい仲間のココアが1人の女性を気遣いながら連れてきた。
そこには袋の口を輪ゴムでキリキリに巻かれ、小さくなった切り干し大根が立っていた。
傾国の美女と名を轟かせたはずの切り干し大根。しかし今はその面影はない。柔らかだった白い肌はシワシワになり茶色く変色していた。
「切り干し大根!お前どこに行っていたんだ!お前が勝手にいなくなったせいで俺たちのパーティはめちゃくちゃになったんだぞ!」
ひじきが詰め寄る。
「私だっていなくなりたくていなくなったわけじゃないわっ!使い残され小さく輪ゴムに巻かれ…気づけば他の食材の中で忘れ去られていたのよ!」
そう言って切り干し大根は大粒の涙を溢した。
「あなたは私を使い尽くす前に高野豆腐に出会い、次第に心を奪われ、私の事はすっかり忘れていたじゃない。高野豆腐に入れ込むあなたを見ているのは辛かったわ」
「仕方ないだろう。お前より高野豆腐の方がよっぽど鉄分が多かったし…」
2人のそんなやり取りを見ていた高野豆腐がすかさずマウントをとりに出た。
「あら〜あんた。しばらく見ないうちにずいぶん見窄らしくなったじゃない」
使い古したスポンジのようにスカスカになった高野豆腐がくすくすと笑った。
俺はついどの口が言ってんだと言いたくなったが、ややこしくなるのが目に見えていたので黙っておいた。
こんな状況でも自分の方が上だと言いあっている。
五年前、俺はこんな奴らに身を任せていたのか。
こんな短気でわからずやな奴らと長年パーティを組んでいたと思うと、今更ながらに情けなくなる。
ここで俺はコイツらに真実を教えてやる事にした。
「お前らの勘違いもほとほとウンザリだ。お前らの高い鉄分を補っていたのはこの俺だ」
そう言うと皆ピタリと口を閉じた。
やはり思い当たる事があるのだろう。俺の言葉にすぐにひじきが反応した。
「嘘をつくな!」
「嘘じゃないさ。お前たちもわかっているんだろう?俺を追放し、ステンレス鍋に変えた頃からパーティの鉄分が弱くなったと感じていたんじゃないか?」
そう言うと切り干し大根と高野豆腐は俯き目を逸らす。
ひじきでさえ何も言わない。
「お前たちが弱くなったんじゃない。お前たちの鉄分はもともとそれくらいしかなかったんだ。鉄鍋の俺で調理されるからこそ、お前たちの鉄分は跳ね上がっていたのさ。それを扱い易さからとステンレスの鍋に鞍替えしたのが運の尽きってわけだ」
「なっ!俺のせいだと言うのか!」
「お前のせいでしかないだろ。よく考えてみろ。」
「ふざけた事を言うなぁっ!」
全てが自分のせいだと言われたステンレスはオタマソードを振りかざす。
俺は菜箸でステンレスのオタマソードを軽々いなす。
鉄分のないステンレスのオタマソードなど、赤子の手を捻るのと同じくらい容易かった。
「くっ」その場に膝をつくステンレス。
「どうせ俺が何を言っても信じないだろう?」
俺はパーティを追放された後、あちこちのダンジョンに潜り、そこで集めた「日本食品標準成分表」をカバンから取り出しひじきの足元にバサリと投げた。
「詳しいことはそれに書いてある通りだ」
そこに記された「ひじきの鉄分量は100gあたり55mgあった鉄分が6.2mgと、9分の1になりました」の一文を読んだひじきは顔色を真っ黒にした。
格下と思っていた高野豆腐とたいして変わらない数値になっているのだ。
「嘘だ!こんなのデタラメだ!」
鉄分の王様とまで謳われたひじきは荒れ狂い、無数のアイアンカッターを飛ばしてきた。
無敵と言われたひじきのアイアンカッターを、俺は全て吸収してやった。
愕然とするひじき。
それを見ていた高野豆腐が俺に体を寄せて、甘えるような声を出す。
「ねえ、テツナベ。私たちもステンレスに騙されていたのよ。あの時の事は謝るから、今からでも戻って一緒にまた…」高野豆腐が伸ばした手を振り払う。
「お断りだ。俺には新しい仲間がいるんだ」
俺がそう言うと、それまで岩海苔のマントに隠れていたパセリが「えへん」とばかりに前に出た。
まだ幼いパセリだが、高野豆腐と同じくらいの鉄分含有率がある。
「高野豆腐さん。あなたがいなくても私が頑張りますので安心してください」
パセリはガッツポーズをすると無邪気に笑ってそう言った。
こんな小さな子どもと同じレベルと言われて黙っている高野豆腐ではない。
さっきまでの甘えた声はどこへやら、低くドスの効いた声を出す。
「…あんた生意気な事言ってくれるじゃない。ふんっ。でもねぇ、よく考えてみなさいよ。高野豆腐を100グラム食べるのは簡単だけど、パセリを100グラム食べる人なんていると思ってんの?」
高野豆腐の反論に対して、たくさん食べられない事を密かにコンプレックスに感じていたパセリは、俯き涙目になって岩海苔のマントの中にまたもそもそと隠れてしまった。
高野豆腐の言う事はもっともだった。
それを言うならひじきも切り干し大根も同じだ。
これらを毎日100グラムを食べるのは簡単だろう。さらにコイツらを大豆やにんじんと煮たら栄養満点の惣菜になる事は間違いないだろう。
だが、絶対にパセリにしか出来ない事があると俺は知っている。
「パセリは俺のパーティの彩りに必要不可欠な存在だ」
俺はそう言ってパセリのクルクルとウェーブを巻いた緑色の頭を撫でてやる。
パセリは嬉しそうににっこり笑い、高野豆腐にあかんべーをしていた。
皿の端にパセリをちょっと乗せるだけで豪華な料理に見える。何倍も手の込んだ物に見栄えするのだ。
パセリを使わない手はない。
「でも!彩りだけじゃ鉄分は補う事は出来ないわ!」
「心配するな。そこは「岩海苔」と「ココア」が充分に補ってくれる。岩海苔はお前たちの約6倍の鉄分を持っているんだ。つまり100gも食べずにお前たちと同等の鉄分を補給出来るんだ」
「ろく…」
絶句する高野豆腐。
「俺で調理した味噌汁に入れたら、岩海苔が10gでも鉄分補給に敵う奴はいないだろう。人の心配するなら自分たちの心配をするがいい」
真実を知って、衝撃に強いはずのステンレスが凹んでいる。
「最強」「鉄分の王様」と言われたひじきにその影は微塵もない。
だからといってコイツらの鉄分を補ってやるほど俺もバカではない。
俺を追放した事は絶対に許さない。
それでも…
コイツらと俺は一緒に鉄分を補い、確かに大勢の人々を救ってきたんだ。
それは変えられない事実だ。
俺はポケットから黒い塊を取り出すと、ひじきに渡してやる。
「これは…?」
「糠床ダンジョンの最下層から回収した「茄子の形の鉄」だ。ステンレスの鍋で調理する時、それを入れて作ってみろ。今より少しは鉄分が補えるだろう」
俺がそう言うと、切り干し大根の袋を留めていた劣化した輪ゴムがパチンと弾けた。
「それにお前たちは他に比べたら鉄分含有率は高いんだ。そこは誇っていい」
。。。
「さて…」
俺は新しい仲間たちに目を向ける。
無口な岩海苔は俺に軽く頷くと、小さなパセリを抱き上げた。
パセリはきゃっきゃっと楽しそうに岩海苔の首に手を回す。
出発の合図だ。
俺が一歩前に踏み出すと、ココアが俺の手をそっと握ってくれた。
「ココア…」
ふわりと香るココアの甘い香り。この香りにどれだけ救われたことか。
手入れに手間がかかり過ぎると追放された俺は、かけがえのない仲間と共に旅を続ける。
伝説の乾燥きくらげを探して…
完
キッチンというダンジョンを片付けている最中、ひじきの袋が3つも出てきて驚きました。
忘れ去られた切り干し大根も。
私は何を求めていたのだろう?と考え「鉄分」と思い出しました。
そして鉄分量を調べて知った真実に愕然とし、この物語を書きました。
最後までお読みくださりありがとうございました。
応援くださると嬉しいです。