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75 魔術大国の皇帝の憂慮

 ◆◆◆



 「……それでイルシプ王国からの警戒度が引き上がり、思うように行動が出来なくなったと……」



 ドラコニア帝国首都・メルクシュタインの中心に聳え立つ白亜の城……メルクシュタイン城。その壮大で美しい城の中のとある一室。その部屋の中央には重厚な円卓が設置されており、そこに国家の中枢を司る重臣たちが招集され、本会議の議題について顔を突き合わせている。



 その部屋の最奥に座る人物……余がそう告げた。



 余はドラコニア帝国皇帝グランツ3世である。



 全てのドラコニア人が敬愛する初代皇帝グランツ1世の意志を受け継ぎ、ドラコニアのさらなる躍進のため懸命に努力しているのだが……



 実は今もの凄く悩んでいる最中なのである。



 「……イーシア2世が軍を使って国内に蔓延る不穏分子の一掃に乗り出すとのこと……イーシスとのパイプもなくなったに等しい状況……イルシプ内でのドラコニアの影響力が大幅に下がることは避けられないでしょう……」



 エイリッヒ外務卿が苦々しい表情でそう言った。イルシプの懐柔は時間の問題だと思っていた矢先の出来事だ……帰らずの森の調査の失敗とは比べられものにならないほどの損失と捉える者も少なくないだろう。



 「……深刻なのは魔導機獣グランツの素体であるラージイーグルの確保についてもだ。イルシプはオルドー地方ですっかり姿を見せなくなったラージイーグルの数少ない安定した供給元だった。この損失は計り知れない。」



 ニッグヘルム軍務卿も腕を組み、眉を(しか)めながら言った。魔導機獣グランツの存在はドラコニアにとって極めて重要な問題である。その生産に影響が出るとなれば周辺国に付け入る隙を与えかねない。彼の発言も正しい。



 「……あぁ、ただでさえ余裕がないのに外交官の引き渡しによる支出で国家の財政が……うぅ、胃が痛い……」



 ガウンセル財務卿は顔を真っ青にして胃の辺りを抑えている。彼の言う通り予想外のところで大きな支出が発生してしまった。現在ドラコニア帝国が破綻していないのは彼の尽力によるところが大きいだろう。彼にはもう少し踏ん張ってほしいところだ。



 「まったく! 情けない限りですな! あれだけイルシプに関しては順調であると自信満々に言っていたというのにこの体たらく……貴方のことを少し買い被っていたようだ、エイリッヒ外務卿?」



 ロレンヌ所長はこれ見よがしにエイリッヒ外務卿を批判している。エイリッヒ外務卿はあくまで自分の責任であると思っているのか言い返すことはないが、ロレンヌ所長に対する鋭い視線には殺気がこもっている。



 「……おい、少し黙れロレンヌ。」



 ロレンヌ所長の態度を見かねたニッグヘルム軍務卿がそう注意した。



 「はぁ、事実を言っているだけだというのに……そういえば、例のソルツとかいう外交官は元々ドラコニア軍の軍人という話でしたな?」



 「貴様、何が言いたい……?」



 「近年のドラコニア軍の凋落には何か原因があると思っていましたが……やはり、トップの人間に問題が……」



 バキンッ!



 「そのドブ臭い口を今すぐ閉じろっ!」



 ニッグヘルム軍務卿が目の前の円卓に拳を叩きつけロレンヌ所長に向かって怒鳴り散らした。室内の者も一部を除いて固まったり悲鳴を上げたりしている。余はギリギリ耐えたがな……それにしても怖すぎる……



 「そうやって都合が悪くなるとすぐに暴力に訴える……人間は(ここ)を使ってこそですぞ?」



 そんな中でもロレンヌ所長は涼しい顔で、自分のこめかみを人差し指で指しながら馬鹿にするように言った。コイツも怖いもの知らずだな……



 「貴様ぁぁぁ……それを言うなら貴様はどうなのだ!」



 「ふむ、何のことですかな?」



 「たしかに魔導機獣グランツを開発したメルクシュタイン第一魔術研究所の功績は大きい……だがそれは先代の技術者が優れていただけの話だ! 貴様が所長になってからは碌に研究も進んでいないではないか! 貴様の方がよっぽど無能だ!」



 たしかにドラコニアでは魔導機獣グランツ以降、新兵器の研究開発は行き詰まり気味である。莫大な予算をかけているのだが成果は芳しくない。



 「やれやれ……これだから素人は困りますな。新たな魔導機獣の研究開発がどれだけ困難かを知らないとは……」



 「フンッ、密偵に探らせたところガルダンディアス帝国は現在、魔導機獣グランツを参考にしつつも魔物に依存しない『魔導機甲』なる新たな戦略兵器の開発に取り組んでいると聞く。それも順調であるとな。一方、ドラコニアは魔導機獣グランツ以降碌に進歩していない……少なくともガルダンディアスの技術者よりは無能だな?」



 魔導機獣グランツの登場による周辺国の反応は様々だったが……ガルダンディアス帝国はそれに対抗すべく新たな兵器開発に乗り出した。それがとうとう身を結ぶということらしい。厄介なことだ……



 「……まさか、この私に喧嘩を売っているのですかな? 身の程を知るといい、この時代遅れの猪武者が」



 ロレンヌ所長も流石に今のニッグヘルム軍務卿の発言は聞き捨てならなかったようで、その気配は次第に剣呑なものへと変わっていった。場の空気が一層重くなっていく。



 「貴様こそ誰にものを言っている、この醜く肥え太った豚がっ!」



 ニッグヘルム軍務卿がそう言うと2人は同時に立ち上がった。いよいよ殴り合いでも始めそうな雰囲気に室内には緊張感が走る。両者ともに熱くなりすぎたようだな……こういうときは余の出番か……



 「……やめよ……」



 「「…………」」



 余がそう言うとニッグヘルム軍務卿とロレンヌ所長は不満そうながらも席についた。場の空気が少しだけ軽くなった。この手の話題はどうにもよくない方向へと行ってしまうな……少し話題を変えてみるか。



 「……それで、例のソルツという者は現在どうしているのだ?」



 余はエイリッヒ外務卿に尋ねた。たしかイルシプ地区を担当していたソルツとかいう者はエイリッヒ外務卿の部下だったはずだ。



 「彼は現在アウロフの紛争地帯に出向しています。……運がよければ10数年後には本国に戻って来れるでしょう」



 エイリッヒ外務卿は表情を変えることもなくあっさりと言った。



 「そ、そうか……」



 容赦ないな……以前の報告では王弟のイーシスをうまく抱き込むことに成功し、イルシプの支配権を握るのも時間の問題という話だったが……



 「……一体何があったというのだ? 仮にも軍人上がりの外交官たちが魔導機杖を装備した状態でイルシプ兵に遅れをとるなど……」



 それにしても不思議だ。イルシプ兵はいまだに槍や詠唱式魔術を主とした前時代的な手法を採用していたはずだ。何かイレギュラーでもあったのか?



 「それが信じられないことに……魔導機杖の集中砲火を無傷で退けた1人の冒険者のせいだと……」



 冒険者だと……?



 「そんなわけがあるか! 奴らが持っていたのはあのカテナログ4式魔導機杖だぞ! 冒険者ごときに防げるはずがないっ!」



 それに反応したのはニッグヘルム軍務卿だ。カテナログ4式魔導機杖といえば過去の大戦でも活躍した兵器だ。一冒険者にどうにかできるとは思えないのだろう。余も同じ考えだ。



 「しかし、実際にソルツらはイルシプ兵に遅れをとり捕まった。私も最初は彼らが苦し紛れの嘘をついていると思ったのだがな」



 エイリッヒ外務卿はどこか確信を持ったようにそう言った。何か情報でも掴んでいるのか?



 「その冒険者は一体何者なのだ?」



 余は勿体ぶるエイリッヒ外務卿に尋ねた。



 「それがほとんど情報が出てきませんでした……ノヴァスという名の中央大陸人ということ以外は」



 「救世主(ノヴァス)、か……」



 ミリア圏では特別珍しい名前でもないが……



 「ハッ、救世主がドラコニアの魔の手からイルシプを守ったとでもいうのか? ふざけおって」



 ニッグヘルム軍務卿がそう言い捨てた。



 「魔導機杖の集中砲火を防ぐなど……自分たちの失態を隠すために嘘を言っているのではないのですかな? 以前のダースレイとかいう軍人のように……」



 ロレンヌ所長がまた余計なことを言っている。



 「おい、黙れ豚」



 ニッグヘルム軍務卿も相手にしないでくれ。



 「私も鵜呑みにするつもりはありませんが……少し探らせたところ、気になることが」



 「言ってみよ、エイリッヒ外務卿」



 余はエイリッヒ外務卿に続きを言うように促した。



 「その冒険者が初めて冒険者登録をしたのがイルシプの城塞都市カーメリアということが判明しました」



 「カーメリアだと……? 待て、そいつは先ほど中央大陸人と言っていなかったか? 何故イルシプの奥地などで……」



 城塞都市カーメリアといえば帰らずの森の最前線の街だ。住人以外でそんな僻地で冒険者登録をするなど違和感がある。



 「あくまでイルシプ人ではないという意味でしょう。……少し話は変わりますが、先日帰らずの森からの生還者が冒険者ギルドに帰らずの森に関する詳細のレポートを提出した、という情報を得ました」



 …………なっ!? 帰らずの森っ!?



 「何だとっ!? それは手に入らないのか?」



 それは我々が最も欲しい情報ではないか! 室内も一斉にざわつく。余は思わず立ち上がってしまった。



 「冒険者ギルドの本部はヴェルダーン帝国の首都ヴェルトールにあります。そこまでは流石に……ですが、そのレポートに『謎の賢者』なる人物が帰らずの森にいた、との記載を確認しました」



 クッ……そういえば冒険者ギルドはヴェルダーン帝国の息がかかっていたのだったな。致し方あるまいか……



 「『謎の賢者』……それがどうしたというのだ」



 なんとも怪しい人物だな。帰らずの森で生活しているとでもいうのか。信じられない話だが……



 「……帰らずの森に関するレポートが提出された時期とノヴァスという冒険者がイルシプ内に現れた時期というのが重なるのだ」



 ………………。それはつまり……



 「……同一人物だとでもいうのか……」



 余は恐る恐る口にした。



 イルシプ内でドラコニアの作戦を妨害した冒険者と帰らずの森にいたという謎の賢者が同じ人物……



 「まさか、偶然でしょう。そのレポート自体が信用できませんな……らしくないですよ、エイリッヒ外務卿」



 ロレンヌ所長がそう言い捨てた。余も正直信じ難いので、エイリッヒ外務卿に視線をやり続きを促す。



 「もちろん偶然の可能性が高い……レポートの信憑性だって疑わしい……だが、どうにも気になる。……それにあの時期に帰らずの森にいたのであれば調査部隊や魔導機獣グランツの消息についても知っているかもしれない……」



 「それは捨ておけんな……」



 何としても話を聞く必要があるな。



 「……このタイミングでミリアウリス教会からあのルーツェ=ドラグノヴァスが南方大陸に渡ったとの情報もあります。その件と関係しているかはわかりませんが……ミリアウリス教会の最高戦力が動いたのです……これは何かあるでしょう」



 ルーツェ=ドラグノヴァスといえば……詳しくは知らないが最強の聖竜騎士といわれている人物だったはずだ。滅多に聖域外から出ないとのことだが……そんなヤツがわざわざ出張ってきたとはな……何か情報を掴んでいるのか?



 「ミリアウリス教会が動いたのか!? おのれぇ、何のつもりだ……」



 「……案外教会の意思とは関係なく、その聖竜騎士がノヴァスという名前につられて独断で飛び出したというのは……」



 「そんな訳あるか! 少しは考えて発言しろ!」



 「ひぅっ!?」



 ニッグヘルム軍務卿がガウンセル財務卿に怒鳴り散らした。まぁ、ガウンセル財務卿の発言は少し楽観的すぎるだろう。聖竜神教はミリア圏で絶大な影響力を持つ。何か思惑があると考えるのが妥当だ。



 「……それで、その冒険者は今どこにいるのだ」



 余は1番重要なことを尋ねた。何はともあれまずは接触する必要がある。



 「おそらくニルブニカに……ですが中央大陸ミリア圏を目指していると本人が言っていたようです……ここは待ち構えるのも一つの手かと」



 「ほぅ、ミリア圏に来るなら都合がいいな。監視網を厳重に張っておく必要があるな」



 中央大陸に来るのであればやりようはいくらでもあるな。協力的なら何の問題もないし、非協力的なら少々手荒な方法をとることも可能だ。



 「しかしオルドー地方ならまだしもヴェルタ地方側に着港されたのでは少し動きづらいかもしれません」



 「うっ、それはそうだな……」



 オルドレイク帝国はもはやドラコニアの属国のようなものなのでオルドー地方一帯なら多少の無茶も効くが、ヴェルダーン帝国の影響力が強いヴェルタ地方ではそれも厳しいか。不穏な動きを見せてヴェルダーンと対立するのも面倒だ……



 「奴らを利用すればいいだろう」



 「アインハイトか……」



 ニッグヘルム軍務卿の発言にエイリッヒ外務卿が反応した。



 秘密結社アインハイト……それはミリア圏全土に根を張る巨大犯罪組織だ。元々は聖竜神教の聖職者が出奔した後に人類平等の理念のもとに(おこ)した結社であったが、組織が拡大していくにつれて徐々に内部は腐敗していき現在では暗殺、人身売買、密輸などのあらゆる犯罪に手を染める犯罪組織へと変わっていった。



 我々ドラコニア帝国もアインハイトとは窓口を設けており、汚れ仕事からプロパガンダまで幅広く利用してきている。イルシプ内での盗賊を使った治安悪化による現女王への不信感の扇動もその一つだ。これは失敗したのだがな……



 「あぁ、あの巨大組織なら可能だろう。色々と便宜を図ってやったことだしな、その借りを返してもらおう」



 アインハイトは本拠地をドラコニア内に構えているとの噂だ。ドラコニアはミリア圏の中でも特に激しい戦場になることが多かったせいか、犯罪組織が勢いを増すのに丁度いい土壌だったのかもしれない。ヤツらが現在活動出来ているのも我々が見逃してやっていることが大きい……ニッグヘルム軍務卿はそう言いたいのだろう。



 「……どちらかというと資金提供やイルシプでの作戦をはじめ、手を貸してもらっているのはこちらでは……?」



 ガウンセル財務卿が水を差すようなことを言う。まぁ、正直潰した方が世のためなのだろうが……中々に使える組織なだけあってそれは(はばか)られる。



 「あんな非合法組織などやろうと思えばいつでも潰せるのだ。どうせあの金だって碌な手段で手に入れたものでもないだろうしな……精々我々が有効活用してやろうではないか」



 「その通りですな。都合が悪くなれば軍を使って一掃すればいいだけの話……使える内に使い潰してしまうのがよいですな」



 ニッグヘルム軍務卿とロレンヌ所長はハッキリと言い放った。正直、そんな組織と関わりがあることが世間に大々的にバレてしまったらと思うと恐ろしすぎるのだが……とりあえず様子を見てみるか……



 「それもそうだな……」



 エイリッヒ外務卿は少々不快そうでありながらも反対をするほどではないらしい。イルシプでの失敗から慎重になっているのかもしれないな。それとも脳筋なニッグヘルム軍務卿の提案に不安があるのか……どちらでもよいか。



 「たしかアインハイト担当はガウンセル財務卿だったな? 交渉は任せたぞ」



 「は、はい〜!!」



 ニッグヘルム軍務卿が声をかけるとガウンセル財務卿は目の前の円卓に(ひたい)を打ち付ける勢いで頭を下げた。頼りないように見えるが……彼に任せておけばきっと大丈夫だろう。財務卿としてドラコニアの財務を司る者だ。優秀なことに間違いはない。



 それにしても計画というのは中々思うようにいかないものだな……



 帰らずの森での作戦が失敗してから続くようにイルシプでの作戦も失敗に……こうも流れが悪いと気分が滅入ってしまう。



 非合法組織を利用することに罪悪感や不安がないわけではないが、他にいい案も思いつかない。ここは流れに任せることにしよう。



 神聖オルドレイク帝国を撃ち破った功績から【魔術帝】とも呼ばれるようになった、ドラコニア帝国初代皇帝グランツ1世……貴方ならこういうときにどのような決断を下すのだろうか……



 余は椅子に深く座り込み天井を見つめた。



 次こそはうまくいって欲しいものだが……



 余の悩みは絶えぬ……



世界地図です→https://ncode.syosetu.com/n5542ju/1/


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