73 少年の躍進
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「緊張するなぁ……」
ここはニルブニカ王国首都・ニルヴァニアの冒険者ギルド。一般的には冒険者ギルド・ニルヴァニア支部といわれることが多いのだが……現在、オレはその建物内の廊下を歩いている。
「そんなこと言ってもしょうがないでしょう? きっと例のレポートの件よ。聞かれたことにはハッキリと答えるのよ?」
オレのことを先導しながら励ましてくれるのはこの冒険者ギルドの事務員でもあるアリスだ。最近ちょっといい感じの仲になってきたというのに、こういうときにはまだまだ弟扱いだ。オレもしっかりしなければとは思うのだが……こればっかりはなかなか上手くいかない。
「いや……でも、冒険者ギルドの支部長に呼び出されるとは流石に思わなかったよ。オレ会ったことないんだけど……やっぱ恐い?」
大抵は担当の職員が対応してくれるはずなんだが、まさかこの冒険者ギルドで1番偉い人が出てくるとはな……
「そうねぇ、私も直接話したことはほとんどないけど……一応、貴族様だからね。言動には気をつけた方がいいかもね……」
貴族かぁ……冒険者ギルドの責任者なんてやってるくらいだし横暴な人間ではないんだろうけど……
「あぁ……レポートなんて提出しなければよかったかなぁ? 今すぐ帰りたい……そうだ! 今から2人で遊びに行こうぜ! 最近面白い娯楽施設ができたみたいだし!」
「はいはい、それはまた今度行きましょうね。……ほら、着いたわよ」
気付けば目の前には重厚な雰囲気を醸し出す扉があった。この扉の先が冒険者ギルド・ニルヴァニア支部の支部長室だ。着いてしまったからには腹を括るか……
コンコンッ
「アル=ヴァートルをお連れしました」
アリスは扉をノックしてそう言った。
「うむ、入ってくれ」
中からは少しダンディな声が聞こえてきた。きっと声の主がオレを呼び出した張本人なのだろう。
オレとアリスは室内に入った。
室内は思いの外、広くなかった。なんというか……実用的な部屋のように感じる。部屋の奥には仕事用のデスクがあり、その手前側にローテーブルがあった。ローテーブルを左右から挟むようにソファが置かれている。
そして上座に当たる座席に2人の人物が座っていた。1人は金髪をオールバックにして髭を整えたダンディなおじさん。もう1人は白髪白髭に眼鏡をかけた爺さんだ。
「案内ご苦労だった。戻ってくれて構わない」
金髪のおじさんがアリスに向けてそう言った。これは部屋から出て行け、という意味だろうか。
「それでは失礼いたします。……アル、頑張ってね……!」
アリスは一礼してから、オレに励ましの言葉を言って部屋を出ていった。ヤバい、めっちゃ心細い……!
「君がアル=ヴァートル君か。とりあえず座ってくれ」
金髪のおじさんが今度はオレに向けて座るように促してきた。
「あぁ、はい。し、失礼します」
オレは言われた通りに2人の向かいの席に腰を下ろした。
「まずは自己紹介といこうか。私はジョン・ミティスだ。冒険者ギルド・ニルヴァニア支部の総責任者を務めている。ニルブニカ王国の子爵位にはあるが……気軽にミティス支部長と呼んでくれ」
金髪のおじさん……ミティス支部長が気さくにそう言った。意外と話しやすそうな人でよかった。
「それから、こちらはドラコニア帝国からいらっしゃったドレスマルク伯爵だ。君の話を直接聞きたいと遥々海を渡ってこられたのだ」
白髪の爺さん……ドレスマルク伯爵は紹介されたにも関わらず、何も言わずにジッとオレを見ているだけだ。それも若干不機嫌そうに。一体何が目的なんだろうか……
「オレはアル=ヴァートルです。よろしくお願いします。ついこの間、黒に昇級しました」
オレも一応自己紹介をした。いやぁ、帰らずの森からニルヴァニアに戻って初めて冒険者ギルドに行ったときは驚いたよ。だって冒険証石の期限が切れていたせいで再度登録料を支払う羽目になったんだから。そこからコツコツ頑張ってやっとの思いで白から黒に昇級できたのだ。大変だったなぁ……
「うむ、よろしく頼む。では……さっそくだが本題に入ろう」
ミティス支部長がそう言って、ローテーブルの上に広がっている書類を指差した。これは……オレが提出した帰らずの森に関するレポートだな。ほとんどアリスに手伝ってもらったが。
「ここに書いてある内容……事実なんだね?」
ミティス支部長がオレの目を見て言った。オレという存在を見定めているかのような視線だ。
「……はい。そこに嘘は書いていないです」
オレはハッキリと言った。ノヴァス様関連は『謎の森の賢者』ということにしてボカしたが……あながち嘘でもないしな。
「……そうか。このレポートは冒険者ギルド本部にも共有している。帰らずの森といえば本部が定める立入禁止区域だからな。我々の手には余るということで、この件について判断を仰いだのだ」
そんな大事になっていたとは……
「本部からの声明は……ざっくり言うと『ニルヴァニア支部には調査隊の派遣を命ずる、だが本部から人員はやれない』といった内容だった」
「え、冒険者ギルド本部があるヴェルダーン帝国には銀や銅の冒険者も結構いますよね?」
たしか冒険者ギルドの本部はヴェルダーン帝国首都ヴェルトールにあったはずだ。冒険者の発祥地であり、国内にいくつもの難関ダンジョンがあるヴェルダーンでは有力な冒険者がいるはずだが……
「あぁ、だが……立入禁止区域というのは一度入ったら【終わり】というのが一般的な認識だ。冒険者ギルド本部としても貴重な人材を失いたくないのだろう。本部があるヴェルダーン帝国にはかの有名な竜鳴火山がある。立入禁止区域に対しても人一倍敏感なのかもしれない……」
あぁ、たしか……かつてのヴェルダーン皇帝が軍隊と共に竜鳴火山の最奥部・赤竜の間に突入して全滅したんだっけ。それがきっかけで立入禁止区域に指定された……たしかに恐ろしいことだよな……
「まぁ、面倒ごとを持ってきた張本人が対応にあたれ、ということだろうな。実際に君は帰らずの森から生還したのだ。彼らの言い分もわかるといえばわかる」
オレ1人では到底無理だったんだがな……
「……そこで君に頼みがある」
ミティス支部長が真っ直ぐオレを見据える。
「頼み……ですか?」
オレは不安に思いながらそう言った。
「あぁ、現在幸いなことにニルヴァニア支部には銅と紅の冒険者たちがいる。そこでだ! 君が調査隊の代表になって彼らを率いて帰らずの森の調査に行ってくれないか?」
…………え!? オレが調査隊の代表!?
「えーっと、オレはこの間黒になったばかりの初級冒険者ですよ……? そんなオレに銅や紅の冒険者が素直についてきてくれますかね……?」
「冒険者ギルドに残っている依頼達成の記録を見たが、なかなかの仕事ぶりではないか。依頼人たちの評判もかなりいいと聞く。それに盗賊をあっさりと制圧するだけの実力もある。既に初級冒険者の枠は越えているだろう」
まぁ、たしかに冒険者の仕事は丁寧に頑張ったよ。しょぼい仕事や面倒な仕事も積極的に受けたし、街の外でたまたま遭遇した盗賊を捕まえたこともある。
「でも、オレ……黒ですよ?」
「それなら安心してくれ。アル君、今君が持っている冒険証石を渡してくれ」
ミティス支部長が爽やかな笑顔で手を差し出してきた。断るのも恐いので首にかけていた黒の冒険証石を素直に手渡した。
「うむ、……では今日からこれが君の冒険証石だ」
ミティス支部長が懐から銅色の冒険証石を取り出してオレに手渡した。
「おめでとう! 今日から君は銅の冒険者だ! これで調査隊の代表については問題ないね!」
ミティス支部長が拍手しながらそう言った。
そっかぁ、とうとうオレも上級冒険者の仲間入りかぁ……って!? ちょっと待ったぁ!?
「これ、いいんですか……? 多分正規の手順踏んでないですよね……?」
「まぁ、今回は特例措置だ。なんせ本部が無茶を言うのだから仕方がない。こんな命懸けの役回りをやりたがるような冒険者もいないことだしな。……その点、君なら大丈夫だ! だってこのレポートの内容が事実なら君は無策で立入禁止区域に突っ込むだけの度胸とそこで生き抜くだけの生命力を持ち合わせていることになる! ……引き受けてくれるよね……? 飛び級させてあげたし!」
これ、もう断れなくね? 断ったらレポートも虚偽報告扱いされて最悪、冒険者資格の剥奪もあり得る。それにミティス支部長の言い分は最もだ。帰らずの森からの唯一の生還者がオレだけなのだから。
「……わかりました。調査隊の代表を引き受けます。でも冒険者たちはオレの指示に素直に従いますかね?」
オレはそう言いながら、受け取った銅の冒険証石を首から下げた。不思議と重く感じる……若干の罪悪感がそうさせているのだろうか……
「今ニルヴァニア支部にいる銅と紅の冒険者は君とも仲がいいと聞いたが……たしか、ガスとボブだったかな?」
あぁ! その2人のことだったか。ガスさんはあれからニルヴァニアをしばらく活動の拠点にしているし、ボブさんはニルヴァニア支部の古参だ。2人とはたまに飲みに行ったり情報交換したり交流はよくしている。その2人がいるのであれば頼もしいな。
「そういうことなら大丈夫そうです!」
「そう言ってくれて助かるよ。詳細については追々、ね。それとこのレポートに書いてあった……サバイバル魔術……? というのは冒険者ギルドが公開してもいいのかな? 効果については既に検証済みだ。これがあればたしかに冒険者の生存率は高まるだろう。いいのかい?」
そういえばレポートにサバイバル魔術の詠唱も書いたんだっけ? 出し惜しみした方がいいのかもしれないが……オレが考えたわけでもないしな。
「はい、冒険者に限らず広めてもらって大丈夫です」
「ふむ、君は将来大物になるかもしれないな……そういうことならありがたく活用させてもらうよ。私からの話は以上だ。……ではドレスマルク伯爵」
「うむ」
ミティス支部長の話は終わりということか。さて、ドレスマルク伯爵はわざわざドラコニア帝国から何を聞きにきたのか?
「儂もこのレポートについて意見を聞かれたのだが……いくつか気になるところがある。生態系についてだ」
生態系っていうと……
「魔物のこと……」
「魔法生物だ!! バカモン!!」
「うぉっ!?」
急に怒鳴るなよ! ビックリしたぁ……
しかし、変なところに反応したな。この人は一体なんなんだ? オレはミティス支部長の方に視線を向けた。ミティス支部長はハッとしたような顔でぽんっと手を叩いた。
「言い忘れていたよ。ドレスマルク伯爵は魔物……魔法生物学の権威でね。最新の研究はもちろん、ミリア圏の各地の大学で教鞭も執られているんだ」
それはめちゃくちゃ凄い人なんじゃないだろうか……そんな人がオレに聞きたいことってなんだよ。
「まったく、最近の若いヤツらときたら……それでお前のレポートに書いてある内容だが……生息している魔法生物がどうにもおかしい。これは本当なのだろうな……?」
ドレスマルク伯爵がレポートの魔物について書かれている部分を凝視しながらそう言った。おかしいって言われても、オレは見たまんまを書いたつもりなんだけどなぁ……
「特にこの最上位5種族というところだ! お前ふざけているのか……?」
最上位5種族ってヘルフェニクスとかについて書かれた部分のことだな。
「えっと、どの辺が……」
「あぁ! 教えてやる! まずはヘルフェニクスについてだ。この魔法生物は『竜鳴火山の死神』といわれており、かの過酷な竜鳴火山の生態系のトップに君臨する種族だ。獲物をじっくり観察する癖があるものの、全てを焼き尽くす火球魔法を使用する最強の魔法生物の一角だ」
ヘルフェニクスかぁ……初めて帰らずの森に行って囲まれたときは死んだと思ったよ。今思えばたしかにヘルフェニクスの群れはオレをすぐに殺さなかったが……そんな癖があったとは。
「次にホワイトサーペントだ。この魔法生物は聖地ミリアウリスにある聖峰ルノヴァンに生息する種族だ。滅多に人を襲わないというが、攻撃したが最後……全身に巻きつかれ身体中の骨を粉々にされた後に丸呑みされる……自分の体より遥かに大きな生物すら消化してしまう恐ろしい一面も持っている」
オレ、そんなヤバい魔物と風呂に入っていたのか……無防備にも程があるだろ。
「そして、銀の毛並みに筋骨隆々な体格をもつ人狼……これはおそらくグランフェンリルのことだろう。エルマン帝国内にある世界最大の草原地帯……グランステップの覇者だ。エルマン帝国の陸軍は世界最強と名高いが、グランフェンリルの群れの脅威には及ばないともいわれている……地上最強の魔法生物といっても過言ではない」
五大帝国の陸軍並みの破壊力を持っているってことか? マジで? 帰らずの森って本当にヤバいな。少し手が震えてきた。
「闇のような体毛に血のように赤い瞳の鳥……これはおそらくヘルクロウだ。ガルダンディアス島に生息する魔法生物で『不可視の暗殺者』とガルダンディアス帝国内で恐れられている。死角から目にも止まらぬ速さで突っ込んでくるので狙われたら終わりだ。恐ろしさでいえば1番かもしれない」
宵闇の翼のことか。長は結構気のいいヤツだったけどな。オレのことを森の出口まで送ってくれたし。
「最後の、頭に禍々しい2本の角が生えていて手には巨大な棍棒を持っている巨大な牛だが……これはアトラスオックスだ。オルドー地方の山脈地帯に生息する最強の膂力と耐久力をもつ魔法生物だ。温厚な性格だが襲ってくる相手には一切の容赦をせずに一瞬で肉塊に変える化け物だ」
オルドー地方ってのはドラコニア帝国とオルドレイク帝国のある地域だったよな。それにしても見事に分布がバラけているなぁ。
「はぁはぁ……」ドサッ
ドレスマルク伯爵は魔物について喋っているうちに熱が入ったのか、いつの間にか立ち上がっていた。そして息が切れて座り込んだ。一息に喋るから……
「それは……凄いですね。……それでどの辺がおかしいのでしょうか……?」
「いずれも冒険者ギルドが定める特級指定危険魔法生物に該当する。しかもそれぞれ生息地域が大幅に異なる。そんな魔法生物たちが帰らずの森という同じ環境にいるのだ……おかしいに決まっているだろ!!」
……言われてみればそうだな。ヴェルダーンの竜鳴火山、ミリアウリスの聖峰ルノヴァン、エルマンのグランステップ、ガルダンディアス島、オルドー地方の山脈地帯。見事にバラバラだ。
「……でもオレは見たまんまを書いただけなので……」
「一種族いるだけでその地域一帯を支配できる力を持った魔法生物たちが五種族もいるのだ……それは一体どんな魔境なのか……これが本当なら帰らずの森が立入禁止区域に指定されるのも不思議ではない。あぁ、とても気になる……実際にこの目で確かめたい……」
オレからしたら帰らずの森の全魔物よりもノヴァス様の方が恐ろしいけどな。
「……ということでお前が率いる調査隊に儂も同行することにした。当日はよろしく頼むぞ」
ドレスマルク伯爵が今までの不機嫌そうな態度から一変してあっさりとそう言った。え……? そういう話だったの?
「あれ……? オレの冗談みたいな報告に文句を言いにきたのでは……?」
「もちろん、お前の言葉が嘘と分かればぶん殴ってやろうと思っていたが……こうして実際に会って嘘ではないと判断した。それに儂も学者だ。未知の領域に関する調査となれば居ても立っても居られない! ……ということでさっそく本国に帰って準備を済ませてくる。ではなっ! アル=ヴァートルよ、ミティス支部長よ!」
ドレスマルク伯爵はそう言ってすぐに支部長室を出て行った。なんというか凄まじい行動力だな……
オレはミティス支部長の方に視線を向ける。ミティス支部長も呆気に取られたかのような表情をしている。
「……話を聞きたいとは伺っていたのだが、まさか調査隊に同行するなんて言い出すとは思っていなかった。しかもすぐに帰ってしまったし……」
「えっと、つまり調査隊に関してはドレスマルク伯爵待ちになりますかね?」
「そうだな。ミリア圏ではかなりの影響力を持つ方だ……無碍にはできない。後でドレスマルク伯爵を追いかけてどれくらいで戻ってくるか確認せねばな。調査隊についてはまだ先のことになるだろうが……頼んだよ、アル君。今日は時間をとらせてすまなかったね」
ミティス支部長はそう言って立ち上がった。これは退室を促されている感じだな。話は今度こそ終わりということだ。
「いえ、それでは失礼します」
オレもそう言って支部長室を出た。
そして来た道を辿るように歩き出した。
支部長室は建物内の奥の方にあるから出口にたどり着くまで結構時間がかかる。オレは廊下を歩きながらさっきまでの出来事を思い返す。
急に銅に昇級したかと思えば、立入禁止区域の調査隊の代表に抜擢され、しかもドラコニア帝国の貴族様を連れていくことになった……
うん、今日は少し疲れたからこのまま依頼を受けずに家に帰ろう。
体力的には問題ないけど精神的に疲れたからな。こういうときは無理せず休んだ方がいいだろう! ここにはハム吉先生がいないのだから!
それにしても帰らずの森かぁ……既に懐かしく感じる。
ノヴァス様は今頃何をしているのだろうか? ……オレの予想は真紅の楽園で昼寝をしている、かな。
「フフッ……」
普通の人からしたら恐ろしい場所なんだろうが、オレにとっては第2の故郷のようなもんだ。それが少しだけ可笑しく感じた。
ノヴァス様に会ったら銅になったことを自慢するか! ハム吉先生に会うのは……また特訓が始まりそうで少し怖いな……
そんなことを考えながらオレは冒険者ギルドの出口を目指して歩き続けた。
世界地図です→https://ncode.syosetu.com/n5542ju/1/
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