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72 出航

 とうとうイルシプを出発するときが来た。



 別に誰かに急かされているわけでもないが、あまりに居心地がよくてこのままダラダラし続けていると旅立つのが面倒くさくなってしまうからな……



 思い返すと随分長い時間をイルシプで過ごした気がする。帰らずの森を出てから城塞都市カーメリアにはじまり、首都アルハンドラやオアシス都市リヴィラと数々の都市を巡った。



 この世界での初めての人里ということで緊張していたのが懐かしいな。イルシプでは多くの出会いがあった……盗賊や冒険者、王族に兵士。色々な立場の人間がいたが、どれもよく覚えている。



 何より、巨大石像には心底驚かされた。すっかり外の世界を舐めきっていたときに、あれほどの強大な存在を目の当たりにして心底肝が冷えたものだ。それと同じくらい王弟イーシス殿下の反逆も衝撃的だったがな。



 こうして記憶を反芻するとなかなかに刺激的だったように思う。既に思い入れが強くなったこの国を発つというのは少し寂しい気もするが……まだまだこの世界には気になる場所が他にたくさんある。



 きっと俺には想像もつかない新たな出会いが待っているはずだ! ワクワクがとまらねぇぜ!



 そんなことを考えている俺は現在、アルハンドラで1番大きな港にいる。まさにイルシプの玄関口ともいえる場所だ……多くの船が停泊しており、漁や輸送、貿易などそれぞれの目的に応じて人々が活発に行き交っている。



 何故俺がこんなところにいるのかというと……



 「お前さんがイルシプの女王陛下のお気に入りのノヴァスとかいう小僧かっ! 儂の船に乗れるのだ! ありがたく思うがいいっ! ガハハハハハハッ!」



 突如俺の目の前にいるジジイがデカい声で言った。立派な髭を生やし、海賊服のような格好をしたエネルギッシュなジジイだ。そう、このジジイの言った通り、俺は船に乗るためにこの港にやってきたのだ。



 「これが用意していたやつということか」



 ジジイの後ろには巨大でこれまた立派な船が港にとまっていた。いくつもの帆が展開された存在感のある帆船で、船体は黒地に金の装飾が施されているためこの港内においてもかなり目立つ。



 イーシアが何の要望も出さなかった俺のために用意してくれたもの……それはこの船に乗る権利だったのだ。船の持ち主であろうこのジジイにあらかじめ話を通しておいてくれたようなのだ。



 それを知った俺は……素直に嬉しかった。正直砂漠の移動にはすっかり飽きていたし、前世でもあまり船というものには乗ったことがない。そういうこともあって船旅というのは俺にとって大変新鮮なものであり、それ自体が楽しみの一つでもあるのだ。



 「うむ! そういうことだ! お(ぬし)は中央大陸にも興味を示していたからな。これならちょうどよいと思ったのだ!」



 そんな声が後ろから聞こえてくる。俺が後ろを振り返ると、そこには平民のような格好で変装をしたイーシアが腕を組んで立っていた。俺の見送りに来てくれたのだ。



 「ハッハッハ! 凄い船だ! おれもこれほどの船には乗ったことがないぞ!」



 「一級の軍船のようなしっかりした造りでありながら、豪華客船のように意匠を凝らしているようです」



 「ふむ、これを造るのにどれだけの金と労力がかかるのか……想像もつかないですな……」



 見送りに来たのはイーシアだけではなくドンさんにシンディさん、ルサール侍従長も一緒だ。護衛のイルシプ兵も数人おり、中には以前にアルハンドラ宮殿内の演習場で手合わせをした門番兵士とエリート魔術師もいた。



 少し大袈裟な気もするが、こうして見送ってもらえるのはありがたいことだな。……それにしてもイーシアはあの格好で本当に誰にもバレてなさそうだな……



 「其奴(そやつ)は中央大陸に拠点を置く大商家の頭だ。これからニルブニカ王国を経由してオルドレイク帝国に行くようでな、快く引き受けてくれたぞ」



 「それは助かる、ありがとうイーシア。……そして改めて、俺はノヴァスだ。よろしく頼む、えーっと……」



 そういえば名前は何だったかな。



 「儂はゲイル=ヴァートルである! 中央大陸一の大商家・ヴァートル商会の元当主だ! 既に家督は息子に譲った故、今は長年の夢であった海の冒険に精を出しておる! よろしく頼むっ!」



 俺たちは互いに挨拶を済ませた。それにしてもゲイル=ヴァートルか……なんか聞き覚えがあるような。主に後半部分が……



 「(わらわ)もゲイルとは以前から懇意にしていてだな。今回もよいタイミングでやってきたものだ……」



 「ガハハハハハハッ! ……風の噂で今のイルシプは色々とご入用かと思いましてな。既に引退した身なれど、まずはご挨拶をと参上した次第ですぞ。何かご希望の品があれば是非我がヴァートル商会をご贔屓に……」



 「まったく……どこで聞きつけているのやら。是非これからもヴァートル商会とは末永く付き合っていきたいものだ……それではノヴァスを頼んだぞ!」



 「えぇ! お任せくだされ! 儂の愛船であるキング・ライハート号は例えどんな状況においても無事に航海を成し遂げますぞ!」



 ゲイルの爺さんは自信満々に言った。中央大陸一の大商人か……やっぱり鼻が効くというか、機を逃さないというか、なるべくしてそうなったというのが会ったばかりの俺でもわかるぞ。今回もイーシアに恩を売りつつ、商機を狙いにきたのだろう。



 まぁ、いずれにせよ俺は両者に感謝の気持ちしかないがな。



 「それではノヴァス、もう少しで出航するぞっ! 最後に挨拶を済ませておけっ!」



 ゲイルの爺さんはそう言ってからイーシアたちにお辞儀をして、この船……キング・ライハート号に乗り込んでいった。



 さて、それでは言われた通り最後の挨拶といこうか。



 「長い間世話になった。ありがとうな」



 俺は見送りに来てくれた人たちの顔を見渡しながらそう言った。



 「うむ! それはこちらのセリフだ、ノヴァスよ! それにおれとお前はどれだけ離れていても既に同じチームの仲間だ! またいつか必ず会おうぞ!」



 「ドンさん……城塞都市カーメリアに戻るんだったよな? カリンさんやラウル神父にもよろしく言っておいてくれ」



 「あぁ、任せろ!」



 ドンさんは笑顔で親指を立ててそう言った。



 「ノヴァス様、本当にありがとうございました。どうかお気をつけて……」



 「ノヴァス殿、玉座の間での件は感謝しても感謝しきれませんぞ! お詫びといってはなんですが……次にアルハンドラを訪れた際には是非儂とお手合わせを……」



 「シンディさんにルサール侍従長……2人とも体には気をつけてな」



 「えぇ、善処します」



 「儂はまだまだ現役ですぞ!」



 シンディさんは丁寧にお辞儀をしながら、ルサール侍従長は元気よくそう言った。



 「よぉ! ノヴァス、お前とは一勝一敗だからな! いずれ決着をつけよう!」



 「ふん、逃げるんじゃないぞ」



 「あんたらは……門番兵士とエリート魔術師の。一勝一敗って……俺はいつ負けたんだ?」



 「お前、歓迎会でぶっ倒れたじゃないか! 酒に飲まれたやつは等しく負けだからな!」



 「お前も精々鍛えておくんだな……肝臓を……」



 なんてめちゃくちゃな。こいつらはやっぱりおかしい。他のイルシプ兵もワイワイ言っているが、こいつらの対応はこんなもんでいいだろ。



 「ノヴァスよ」



 最後にイーシアが話しかけてきた。



 「健闘を祈る。ドンはお(ぬし)のことを救世主と言っておったが……あまり気にするな。お(ぬし)は自分の気の向くままに、自由気ままにこの世界を楽しめばそれでよい。もちろん行く当てもなくどこかに腰を据えたくなるようであれば……イルシプは其方(そなた)をいつでも歓迎しよう」



 「イーシア……あぁ、そっちもな。あんま気負いすぎるなよ。またイルシプには必ず来るよ」



 「当然だ! リヴィラでの約束とあわせて必ず遂行するように! ……それから、この者がお(ぬし)に会いたいと申してな。来るがいいっ!」



 イーシアが合図をすると、イルシプ兵らを割って1人の青年が歩いてきた。なんか見覚えがあるな……



 「あ、イーシス殿下か」



 「…………」



 それはイーシア同様平民服に身を包んだ……イーシス殿下であった。周囲の人間は誰も気づいた様子を見せない。不思議だ……



 「えっと……俺に何か用で……?」



 イーシス殿下とは直接仲直りしたわけでもないから少し気まずいんだよな……そんなに睨みつけるなよ……



 「……貴様さえいなければ私の計画は成功していた。この疫病神が……」



 ……………………



 「パンチッ!」ゴンッ!



 「痛いっ!?」



 わざわざそんなこと言いにきたのかよ……思わず頭をぶん殴っちまった。頭を抱えてうずくまるイーシス殿下からイーシアへと視線を移す。イーシアも少し困ったように苦笑いしている。



 まぁ、あれか。一言くらい嫌味を言わなければ気が済まなかったという感じか? そういうことにしておいてやるか。俺も今ぶん殴ったので大分(だいぶ)スッキリしたし!



 「イーシス殿下、たしかにイルシプ人は単純でアホなヤツが多い。だが……あんたはイーシアの脱走を見抜いたり、外国から新しい手法を取り入れようとしたり…それは他のイルシプ人には出来ないことだ。これからのあんたの活躍には期待しているよ」



 俺は手を差し出した。イーシス殿下は相変わらず俺を睨みつけているが、その手をとり立ち上がった。



 「偉そうに言いおって……貴様にとやかく言われる筋合いはない」



 イーシス殿下はそう言ってそのままソッポを向いてしまった。まぁ、次会うときには一緒に酒でも飲もうや。



 これで全員と挨拶は済んだかな。じゃあ船に乗り込むか。そう思って俺は船の方へ歩いて行こうと体の向きを変える……



 「あ、そうだ! 忘れておった。ノヴァスよ、これも持っていってくれ」



 イーシアが慌ててそう言ったので今一度イーシアたちの方に向き直る。視線の先ではイルシプ兵たちがなにやら大きな籠を運んできて俺の目の前の地面に置いていた。これはたしか……



 「ピィ?」



 雛ラージイーグルだな。こいつは俺とドンさんが依頼を受けて捕獲したやつだが……



 「なんで俺がこいつを……?」



 「どうやらこのラージイーグルはイーシスがドラコニアに送るために捕獲を依頼したらしいのだが……今はドラコニアとも少し微妙な感じでな、宮殿内に置いておくにも騒がしくて仕方がない。お(ぬし)の前では大人しいようなので、どうだ?」



 ようは持て余しているから持っていってくれということか? それにしてもこの鳥……いつも厄介払いされてるな。たしかカーメリアの冒険者ギルドでも騒いでいたんだっけ。



 「そうか、ドラコニア帝国が欲しがっていたのか……不思議だったんだよな。こんなの捕まえてどうするんだと思っていたが……」



 「ゲイルにも持ち込みの許可は取っている。ドラコニアに直接届けて報酬を受け取ってもよいし、他の高く買ってくれる者に売ってもよい。好きにしてくれ。……お(ぬし)の場合は非常食にもなるか」



 そういうことなら受け取っておくか。俺は雛ラージイーグルの入った鳥籠を担いだ。



 「じゃあ、もらっていくよ。またよろしくな、雛ラージイーグル」



 「ピィ……(やっとこの化け物から逃げれたと思ったのに……神はいないのか……)」



 すっかり大人しくなったようだな。こいつの扱いは旅の道中で考えるとするか。



 「おーい! そろそろ出航するぞ!」



 おっと、甲板の上からゲイルの爺さんが声をかけてきた。俺は急いでキング・ライハート号に乗り込んだ。



 それからあっという間に出航の準備が完了して、そのまま船が動き始めた。



 船はゆっくりと、だが確実に港を離れている。



 俺はイーシアたちがいる港の方へと船から身を乗り出して手を振った。



 「またなー!」



 俺は最後にそう叫んだ。



 「また会おう!」「気をつけるのだぞ!」「うぉぉぉ!」「達者でなぁ!」「お元気でぇ!」「女王陛下、万歳!」



 それぞれ思い思いの反応をしている。手を振って叫ぶ者、頭を下げて見送る者、ただこちらをジッと見守る者……まぁ癖の強いヤツらだったが、それ以上に気のいいヤツらだった。



 少しウルっときてしまったが……何も今生の別れではない。また会う日までどうか元気でいてくれ。




 そしてとうとう港が見えなくなった。




 俺はふと空を見上げる。




 そこは雲一つない快晴……これほどの出航日和はなかなかお目にかかれないのではないか、そう思うほどに澄み渡っている。




 俺の旅路を祝福している、そう思うのは少し傲慢だろうか?




 どちらでもいいか。




 俺はこの世界で竜として生まれたのだ。帰らずの森の支配者にして、偉大なる竜の王に……少しくらい偉そうなことを考えてもバチは当たらないはずだ。




 俺は船の進行先へと視線を向けた。広大な海が眼前に広がっている。当然目的地は見えない、まだまだ旅は始まったばかりなのだから。




 それにしても救世主、か。




 やたらとその単語を耳にしたが、実際どうなのだろうか。俺には何か果たすべき使命でもあるのだろうか。




 何故俺はこの世界に来たのか、どうして竜になったのか、竜鳴火山にいるという竜は一体何者なのか、俺はこの世界で何をするべきなのか……




 疑問は絶えないが、気にしても仕方がないか。




 イーシアも言っていた通り、今は自分の思うままに、自由気ままにこの世界を楽しむことに集中しよう!




 俺は周囲を見渡す。




 そこは一面に広がる大海原。




 太陽が甲板を強く照りつけ、冷たい潮風が頬を撫でる。




 この広大な海の中心にて、




 これから待ち受けるであろう新たな出会いへと……




 俺は思いを馳せた。





 第2章・完

世界地図です→https://ncode.syosetu.com/n5542ju/1/


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