71 月下の酒
時間が経つのは早いもので辺りはすっかり暗くなっている。
俺はイーシアとの会合が終わってからしばらく自由に過ごし、日が沈み始める頃にはアルハンドラ宮殿へと戻りドンさん、イーシアと待ち合わせをして目的地に向けて出発した。
そして現在アルハンドラ北部の街の大通りをラクダみたいな生物が引く馬車……いや、駱駝車に乗って進んでいる。このラクダ、砂漠を渡る商隊も利用していたがイルシプでは一般的なのだろうか?
駱駝車の中には俺、ドンさん、イーシア、そして……ルサール侍従長が座っている。4人もいるのに不思議と窮屈に感じない。むしろ快適なくらいだ。流石は王族の乗り物といったところか。
ちなみにシンディさんは御者台に座ってラクダみたいな生物をあやつっている。この人、影武者やったり、お茶を淹れたり、御者になったりと何でもできるな……天井の裏に隠れていたこともあったっけ……
「まったく……何故ルサールがついてくるのだ」
イーシアが若干面倒臭そうにしながらルサール侍従長を見る。
「まったくはこちらのセリフですぞ! 女王陛下が頻繁に宮殿を脱出していたと知ったときは肝が冷えましたぞ! これからは厳しめに見張ることになるでしょうな!」
一方、ルサール侍従長は堂々と言い返した。実はイーシス殿下の事件でイーシアが宮殿をよく脱出していたことがバレてしまい、宮殿内はそれはもう大騒ぎになったらしい。そのせいで現在のイーシアには常に監視の兵がつき、すっかり宮殿を抜け出すのが困難になったようなのだ。可哀想にも思うが……仕方がない気もするな。
そういうわけで今回のお出かけはルサール侍従長がイーシアの監視役でついてきたのだ。この様子だとしばらくは無茶な真似はできそうにないだろうな。
「はぁ……面倒なものだ」
イーシアは若干不貞腐れているような態度だが、自分に非があること自体は理解しているようでそれ以上は何も言わない。王族ってのも大変そうだな……
「流石にアルハンドラ内では出歩くわけにはいかないのか?」
何気にこんな大袈裟な乗り物に乗るのは初めてで少し落ち着かないので、俺は気を紛らわすつもりでイーシアにそう尋ねた。
「ん? まぁな。アルハンドラの住人は妾の容姿を知っている者も多い。それに王族が無闇に姿を晒すものでもないからな」
色々と事情があるんだな。いや、待てよ……
「あれ……? じゃあ宮殿を抜け出したときは騒ぎにならなかったのか?」
「変装していたからな。この前の旅の格好だ。あれならまずバレることはない」
あの程度の変装で誤魔化されるのかよ……イルシプ人って本当によくわからん人種だな。そういえばイーシス殿下はイーシアが抜け出していたことを知っていたよな? それも回数までしっかりと。
「イーシスって意外と優秀なのかもな」
案外、責任ある立場を任せれば張り切ってその能力を発揮しちゃうのでは?
「うむ、妾もあれには驚かされた。洞察力に長けているのかもしれぬ。彼奴のドラコニアと手を組むという考え自体もやり方に問題はあれど、間違ってはいないのだろう。イルシプも今までの古い考えを見直すときかもしれぬな……」
イーシアも俺たちとの旅から始まって現在に至るまでの間に、今まで見えてなかった部分に意識が向くようになったのかもな。
「たしかに儂らは今まで近接戦闘に重きを置いていましたが、あの魔導機杖なる兵器……あれには遅れをとるでしょうな。仮にドラコニアがイルシプに本格的に侵攻するとして、あれを大量に投入されたらまず勝ち目はない……そこに気づけたのは大きな収穫と言えるでしょうな!」
ルサール侍従長も色々と思うところがあるようだな。なんにせよ現状に甘んじることなく疑問を持つというのはいい傾向だ。まさに歴史の転換点になり得るかもしれないな。
「はぁ……中央大陸の大戦など対岸の火事程度にしか思っていなかったが、ヤツらが南方大陸に強い興味を示している以上、最悪の事態を想定せねばならん。やるべきことが次々と湧いてくる……」
「ふむ、ものすごく忙しそうだ……そんな状況にも関わらずおれの我儘でついてきてもらって申し訳ないな……」
ドンさんが申し訳なさそうに言う。このお出かけもドンさんのイーシアへのお願いが関係しているからだろうな。
「フフフ、気に病むことはないぞ、ドンよ。忙しいときこそ、こういった時間は大切にしなければならない。それにお主の働きに対して願いを聞くと言ったのは妾だ。それを蔑ろにするなど恩知らずもいいところだからな!」
イーシアは臣民の前であることを思い出したのか、自信満々にそう言った。
「おぉ……流石は女王陛下だ!」
ドンさんも先ほどの申し訳なさそうな態度から一変して、すっかりイーシアに尊敬の眼差しを向けている。イルシプ人である以上、イーシアのカリスマ性には抗えないとでもいうのか?
「そういえば俺、明日には出発しようと思ってるんだけど……俺にも何か用意したって言っていたのは大丈夫か? 急いでいるわけではないから待つのは構わないが」
イーシアは何か用意してくれてる風なこと言っていたから一応確認しておこう。
「そうか、随分と急な気もするが……お主の決めたことなら致し方あるまいな。……安心するといい! むしろ好都合かもしれん! 是非明日を楽しみにしておくといい!」
おぉ、随分引っ張るな。そんなに勿体ぶると期待しちゃうぞ?
「できれば盛大に別れの宴でも開きたいところだが……それは厳しそうだ。すまぬな」
今度はイーシアが申し訳なさそうにしているが、あんな大袈裟な宴会を何回も開催されてたまるか! 普通に恐れ多いわ!
「玉座の間だってまだボロボロなんだろ? そんなことに金を使うくらいならそっちに回してくれ」
ソルツ外交武官たちが派手にぶっ壊したからな。以前の状態に戻るまでに結構な時間がかかることだろう。
「むぅ、気を遣わせてしまったな。たしかにこれを機に王宮の大規模改修に乗り出してもいいかもしれぬな……その際に隠し通路の一つでも……」
「女王陛下、何か言いましたかな?」
ルサール侍従長がイーシアの不穏な発言を聞き逃すことなくしっかりと釘を刺す。
「フフフ、冗談だ」
本当に冗談だよな……?
「そうか、ノヴァスは明日には旅立つのか……慎ましやかにはなるが……この後別れの宴会をしよう! 酒もあることだしな! ……もちろん、今から行く場所で騒ぐのはご法度だぞ?」
ドンさんがそう言って酒を取り出す。イルシプでよく飲まれる度数の高いブランデーだ。
「そんな強い酒持ってきやがって」
「ノヴァスも言ったではないか! ……魂を慰めるにはより強い酒を、とな!」
そんな頭の悪いこと言ったっけな……? あながち間違いでもなさそうなのが腹立つな。
「それにおれたちは冒険の後はいつもこれを飲んでいたのだ! 共に分かち合おうではないか!」
なるほど、思い出の味ってやつか? そういうことなら仕方がないな。
「まぁ、せっかくだしな。俺も銅になったことだし、先輩冒険者には敬意を払わねばな」
「ハッハッハ! いい心掛けだ!」
「妾もしばらく酒を飲んでいないな……ゴクリ」
「儂もですなぁ……ゴクリ」
イーシアとルサール侍従長がドンさんの持つ酒瓶を見て喉を鳴らす。別に忙しくても酒くらい飲めばいいだろうに。歯止めが効かなくなるってか? それくらい我慢しろや。
「皆さま、そろそろ目的地に到着いたします」
お、御者台に座るシンディさんが俺たちに声をかけてきた。ようやく着いたらしい。俺はカーテンを少し開いて外の景色を見る。
すっかり日は沈み、人の往来もほとんど見られない。街が夜の闇と静けさに包まれている。昼の熱狂に比べると少し寂しい印象を受けるが、街灯の淡い光が暗闇を照らす光景はどこか幻想的にも見える。
そして俺の目線の先には、2つの巨大な尖塔が特徴の神秘的で荘厳な建物がある。2枚の翼のようなマークが描かれた旗を見るのも既に懐かしく感じる。暗闇においても圧倒的な存在感を放つ巨大な芸術作品ともいえる美しい教会。
俺たちは目的地・アルハンドラ大聖堂に辿り着いた。
◇◇◇
俺たちはアルハンドラ大聖堂の裏の丘の上にある墓地に来た。聖竜神教が管理している墓地だ。
日中においても閑静な場所だが、夜闇の中では一層静かに思える。まるでこの世ではない別の世界に来てしまったかのような不思議な感覚に囚われる。
それでもこの見晴らしのいい丘から一望できるアルハンドラの街並みが、今いる場所が現実の世界であることを示してくれているような感じがする。
点々とした街灯や屋内を照らす光が夜を彩っている様は人工的かもしれないが……それは人の営みによるもので自分がこの世界において1人ではないと暗示しているようでむしろ安心感を覚える。
そんなことを考えながらも俺たちは奥の方に進み、3つの石碑の前で立ち止まった。それぞれの石碑……墓には銅色の冒険証石がかけられていた。
「こんな時間にすまないな、オルトノヴァク大司教よ。人払いのような真似までさせて」
イーシアが俺たちの後ろに立つ、オルトノヴァク大司教にそう言った。アルハンドラ大聖堂の責任者にしてイルシプ地区の総責任者でもある聖竜神教の聖職者だ。
「ふぉっふぉっふぉ、構いませんぞ。この時間に訪れる方はいませんし、何より女王陛下の頼みともなれば当然のことです。……女王陛下には日頃からよくしてもらっていますしな……」
相変わらず髪も髭も真っ白もさもさで優しそうな人だが……
「あぁ、そうだったな。ほんの少しばかりだが受け取ってくれ。シンディよ……例のものをオルトノヴァク大司教に」
イーシアがシンディさんに命じて何かが入った袋を手渡した。あれは……金だろうな。
「ふぉっふぉっふぉ! それでは遠慮なく……催促したようで申し訳ありませんな」
「気にするでない。妾たちの仲ではないか」
「そうですな! それではごゆっくり……」
意外とちゃっかりしてんだな、あの爺さん。ウキウキした様子で墓地の入り口の方へと歩いていった。流石は何かと金をせびってくる聖竜神教の聖職者だ!
「さて、始めるとするか。ドンよ……」
「はい! お願いします! こちらをどうぞ!」
イーシアの呼びかけにドンさんが応じて、あるものを取り出す。そしてイーシアに手渡す。それは……先ほど駱駝車内で見せたブランデーであった。
ドンさんはこの場にいる人数分、それに加えて3つの盃も取り出した。そして盃を一つずつしっかりと両手で持つ。そこにイーシアが順番に酒を注いでいく。
俺とシンディさん、ルサール侍従長はそれを後ろから眺めている。
「なんていうか……儀式みたいだな」
俺がそう呟くと……
「イルシプでは酒とは神聖なものですからな。普段から浴びるように飲んではいますが……決して適当に扱っていいものではないのです」
ルサール侍従長がそう返してきた。
酒というのは俺の前世においても古来から神事と密接に関わってきたものである。そのせいか、イーシアが酒を注いでいるだけにも関わらず、どこか神々しいものに見えてくる。
そして酒の満たされた盃は人数分俺たちに手渡され、残りの3つは石碑の前に置かれた。
「敵討ちを祝して、って感じか?」
俺はドンさんにそう尋ねた。
「もちろんそれもあるが……パトレイシア・クレストから無事帰還したら、女王陛下の酌で酒が飲みたいなどと言っていたヤツらがいてな……それを叶えたかったのだ」
ドンさんのかつての仲間のことだろうか。たしかに金をいくら払っても実現できるようなことではないか。
「それは……無事、叶えられてよかったな」
今頃、あの世で同じように酒盛りでもしているかもしれないな。この墓地は大冒険の後に宴会をするには少し場違いな気もするが……せめて、その思いが届いているといいな。
「あぁ、女王陛下には願いをきいてもらって感謝しかない……だが、それよりも……ノヴァス。お前には本当に感謝している!」
ドンさんが笑顔でそう言った。
「色々と慌ただしかったこともあってしっかりと伝えることができなかったが……お前がいなければおれは心の中であの巨大石像を恨み続けていただろう。それに仲間の形見も見つけることができなかったはずだ。すべてはお前との出会いが始まりだった。本当にありがとう!」
改めて礼を言われると照れくさいな……
「成り行きみたいなもんだ。それに俺もドンさんには世話になったしな。お互い様ってことでいいだろ」
素直に感謝の気持ちを受け取ることはせずに、こういう言い回しになってしまう。俺の悪い癖だな。
「……ハッハッハ! お前はそういうヤツだったな! ラウル神父も言っていたが……聖竜神教の救世主とは案外お前のことかもしれないな!」
また、それかよ……やめてくれよ。柄じゃないんだわ。
「そんな大層なものではねぇって。たまたまそうなっただけだよ」
「あぁ、そうかもしれない。だがノヴァスよ、お前はきっとこれからも多くの出会いを繰り返して……その度に多くの者を救っていくのだろうな。お前には不思議な何かがある。……それでも時にはどうしようもないことが起きるかもしれない。そのときは是非おれを頼ってくれ! 例え何があっても、おれはお前の味方でいよう!」
ドンさんが確信をもって力強く言い放った。なんていうかものすごく背中がムズムズするな。もちろん悪気はしないんだがな……
「妾からも改めて礼を言わせてくれ。お主のおかげでイルシプ王国は……妾は旧来の価値観、慣習から未来を見据えた新たな一歩を踏み出すことができる。……お主がいなければ国家転覆は成り、最悪の場合は国が分裂することだってあり得た……」
俺とドンさんのやりとりを見ていたイーシアが割り込んできた。そして真面目な表情になり、俺に対して頭を下げた。
「イルシプ王国女王・イーシア2世の名において、貴殿に深い敬意と感謝を」
イーシアの言葉に続いてルサール侍従長とシンディさんまで俺に頭を下げてきた。
なんて大袈裟な……俺のやったことなんて人間の手に負えない化け物を倒したり、反逆者の攻撃からイーシアを守りきったくらいで……うん、大袈裟じゃないかもしれないな。
「あ〜、もういいって! わかったから! それじゃあさっさと酒飲んで宮殿に帰ろうぜ」
それでも俺はまたしても誤魔化すようにそんなことを言った。
「フフフ、こういった非公式の場でなければこのようなこともできぬのだ! 許せ!」
イーシアは意地悪そうな笑みを浮かべてそう言った。王族ってのも大変だよな……その言動一つの影響力が平民とは桁違いなんだからな。
そして数瞬の後、イーシアは盃が置かれた3つの石碑へと向き合った。
「……それからドン、ゴズ、ギード、ラー。誠に大義であった……貴殿らの活躍は色褪せることなく、これからもイルシプの地で語り継がれていくことだろう。せめてもの礼として受け取ってくれ……」
イーシアが盃を掲げてそう言った。その姿は見る者すべてを魅了してしまいそうなほどに堂々としていた。
俺たちは示し合わせていたわけでもないのに、自然とその言葉を合図に酒を呷り、一息に飲み干した。
胃の中が一瞬で熱くなるが、夜の肌寒さと相まって心地よく感じる。
俺はふと空を見上げる。
そこには綺麗な星々が夜空に散りばめられ、中心には月のような天体が浮かんでいた。
例えどこにいても、この光景だけは変わらないのかもな……
俺は寂しくも賑やかな、冷たくも温かいこの場所で……そう思ったのだった。
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