70 あれから
イーシス殿下によるクーデター事件から1ヶ月くらい経った。
俺は現在アルハンドラ宮殿内の客室のベッドの上で寝転んでいる。歓迎会の後に酔っ払って爆睡かましていた例の部屋だ。
何故1ヶ月もの間ここに滞在していたかというと、イーシス殿下やソルツ外交武官含むドラコニア兵たちによる一連の出来事のせいでアルハンドラ宮殿内がとても慌ただしくなりパトレイシア・クレストに関する報酬やらなんやらの手続きが後回しになってしまったからだ。
まぁ、特段急いでいるわけでもないし帰らずの森を出てからずっと駆け足気味だったのでたまにはこういう時間の使い方も悪くないだろう。それにずっと寝ているわけではなく時々宮殿を出てはアルハンドラの街を探検したりそれなりに有意義に過ごしていたつもりだ。
宮殿内のイルシプ兵や給仕の人たちもよくしてくれるしずっとここにいてもいいくらいには快適だ。気長に待つことにしよう。さて、今日は何をしようかなぁ……
コンコンッ
おっと、扉をノックする音が聞こえる。
「どうぞー」
扉の向こう側にいるであろう人物にそう声をかけた。
「失礼いたします」
扉を開けて入ってきたのは黒髪を後ろでお団子にまとめ、クラシックなメイド服を着た少女……イーシアの侍女であるシンディさんであった。
「おはようございます、ノヴァス様」
シンディさんは俺に対して丁寧にお辞儀をした。
「あぁ、シンディさんか。ケガはすっかり良くなったようで」
シンディさんは俺たちが旅している間イーシアに変装していたのだが、イーシスらに捕まり人質として結構酷い扱いを受けていた。ルサール侍従長やイルシプ兵らを大人しくさせるために見せしめで殴られたりしていたので、軽くないケガを負っていたのだが……大分回復したようだな。よかったよかった。
「その節は大変ご迷惑をおかけしました。こうしていられるのもノヴァス様とドン様のご尽力のおかげです。本当にありがとうございました」
そう言ってシンディさんが深く頭を下げた。こう真正面から感謝の言葉を伝えられるとこそばゆいな……
「いいってことよ! ……それより何か御用で?」
わざわざシンディさんが出張ってきたということはイーシア関連か?
「はい。女王陛下……イーシア様がノヴァス様とお話がしたいとのことです。これから応接室へとご案内させていただきます」
それはなんとも急な話だな。まぁ特に用事があるわけでもないし、あれからイーシアともほとんど会っていない。久しぶりに会いたい気もするし丁度よかったかもな。
「じゃあお願いします」
「かしこまりました。それではついてきてください」
俺はシンディさんに続いて部屋を出た。
目指すは応接室。イーシアは元気だろうか?
◇◇◇
俺は応接室にたどり着いた。ここは以前、雛ラージイーグルを引き渡した部屋だ。懐かしの場所で俺を待っていたのは……
「おぉ……来たかノヴァス。とりあえず座るといい……」
もちろんイーシアだった。一緒に旅をしていた頃の平民服ではなく、初めて謁見したときと同じ純白のワンピースドレスの上から装飾品で身を飾った女王スタイルだ。
そんなイーシアだが現在ソファに深く座り込んでグデッとしている。目の下にでっかいクマが出来ているし、覇気というかオーラのようなものがあまり感じられない。相当お疲れのようだな。
「話があるって聞いたけど……少し休んだ方がいいんじゃないか?」
俺はそう言って下座にあたるソファに座った。お、シンディさんがさっそく紅茶を淹れてくれた。どれどれ……うん! 多分美味い!
そしてシンディさんはイーシアの座るソファの後ろに控えた。なんだか護衛みたいだな。
「そうも言っていられないのだ。色々とやるべきことが増えてしまったからな。……今まで放置していたことのツケを払っているともいえるか」
ふむ、宮殿内は大変そうだな。そんな中、俺は遊び歩いたり部屋でゴロゴロしてたり悠々と過ごしていたのだが……特に罪悪感はないな。
「ふーん、じゃあこうして俺を呼び出したってことは一段落ついた感じか?」
「うむ、いつまでもお主とドンを待たせておくのも申し訳ないと思ってな。ひとまず大まかな現状の報告と報酬について済ませてしまおうというわけだ」
「そういうことならわかったよ。そういえばドンさんは?」
「ドンとは既に話を済ませた。最近はアルハンドラの冒険者ギルドで精力的に依頼をこなしていると聞く。今も依頼の最中ではないか?」
そうだったのか。最近ドンさんのことを見かけないと思っていたが、流石は銀だな。冒険者の鑑とはこういう人のことを言うのだろう。
「あれ? じゃあそのとき一緒に呼んでくれたらよかったのに」
別に一緒でも構わないだろう。むしろ二度手間のように感じるのだが……
「あぁ……たしかそのときもシンディに呼びに行かせたのだが……お主はグッスリ眠っていたらしくてな。起きる気配もないので先にドンだけでも済ませてしまおう、ということになったのだ……」
…………
「えっと……ごめんなさい……」
「よい。お主がいなければどうなっていたかわからぬしな。ドンもノヴァスはきっと疲れているだろうから寝せてやってほしい、と言っておったぞ。誰も気にしておらん」
うん、あのときの疲れなんてその日の晩には完全になくなっていたけどね……
「そういうことなら仕方がないな……よしっ、じゃあ話を始めよう!」
「うむ、そうだな。まずは報酬についてだ」
イーシアがそう言うと側に控えていたシンディさんが重量感のある袋を取り出してローテーブルの上に置いた。
「妾をパトレイシア・クレストまで連れて行ってくれたこと、【パトレイシア1世の秘宝】の依頼の達成、そして玉座の間でイーシスの凶行を防いでくれたこと、それらを踏まえて算出した。その袋にはルハーム金貨50枚が入っている。確認してくれ」
イーシアに言われた通り袋の中を確認する。たしかに金ピカに光った硬貨が50枚入っているな。
「ん、確認した。こんなに貰っていいのか」
あくまで俺の感覚だが、イルシプ内であれば数十年は遊んで暮らせそうな額だ。
「少し色はつけたつもりだ。玉座の間での出来事を外で吹聴しないように、ということだ。まぁ、お主がそんなことをするとは思えないがな」
建前ってやつか? わざわざそんなこと言いふらすつもりもないし気にする必要もないだろう。
「そういえばそもそも【パトレイシア1世の秘宝】の依頼を受けたのは冒険者ランクの昇級に繋がるって思っていたからなんだが……流石に厳しいのかな?」
【ラージイーグルの捕獲】と合わせても2つしか依頼を達成していないし、やっぱコツコツ頑張るしかないのかなぁ?
「それなら安心するといい。ノヴァスよ、今持っている冒険証石を渡してくれ」
イーシアがニヤリと笑ってそう言った。よくわからないが……別に断る理由もないので俺は首から下げていた白の冒険証石を素直にイーシアへと手渡した。
「うむ、では今度からこれを身につけるといい」
イーシアがそう言って懐から銅色の冒険証石を取り出して俺に手渡してきた。これは……
「お主はこれより銅の冒険者だ。これからもそのランクに相応しい行動を心がけるように!」
え……? まじですか……? いきなり銅ですか……?
「本当は銀にしてやりたかったのだが…流石に白からだと銅が限界のようだ。すまぬな」
「いや、十分だけど……こんなに一気に上がるもんなんだな」
「あぁ、妾がイルシプ女王の立場から圧力をかければこれくらい容易い」
流石は一国の君主だな……やはり持つべきものは王族の友達だな!
「そういうことならありがたく頂戴しよう」
俺はさっそく受け取った銅の冒険証石を首から下げた。これで俺も上級冒険者か……むふふ。
「フフフ、似合っているではないか。一旦報酬についてはこのへんにしておこう。……次は現状の報告についてだ」
イーシアはそう言うと真面目な表情になった。俺もそれに倣って浮かれた気分から切り替えて背筋を正した。
「今回の件についてドラコニア帝国の本国に問い合わせた。ソルツらイルシプ担当の外交官たちがイーシスを利用してイルシプ内の秩序を乱し、イルシプ王位を簒奪しようとしたことについてだ。ドラコニアからの返答は……簡潔にまとめると『現場の暴走、我々は存ぜぬ、ソルツらの引き渡しに応じるなら相応の額を支払う』といった感じだ」
まぁ……そうなるだろうな。こんな大掛かりな計画に本国が感知していないはずがないだろうが、決定的な証拠でもない限りは認めないだろう。
「わかりきっていたことなんだがな。こちらとしてもそれ以上の追求は出来なかった。なによりドラコニア帝国と正面きって対立することは避けたい……妾たちは罪人の引き渡しに応じた。幸いそれなりの額の賠償金を貰えたからよしとしておいた」
いつのまにそんなことになっていたのか。じゃあソルツ外交武官たちドラコニア兵はもうこの国にいないのか。
「あとソルツらが使用していた兵器についても返還を求められたのでそれも素直に返してやった。少し調べたのだが……どうやら密輸によって持ち込んだもののようでな。詳しい取引内容はわからなかったが随分なやりとりがあったようだ。あの魔導機杖とかいうのも密輸船経由で持ち込んだものらしい。まさかこれほどの事態に発展するとは思わなかったが……これを機に密輸船に対してはより厳しく対応していくことに決めた。手始めにアルハンドラの密輸船と思しきものは徹底的に排除した」
あぁ……たしかカテナログ4式魔導機杖だっけ? ソルツ外交武官は旧式とか言ってたけど、凄い破壊力だったよな。イーシアの話から察するにイルシプ王国とドラコニア帝国の国力の差は大分ありそうだし、素直に返して正解かもな。
そして密輸船か……国内のものをすべてを摘発するってのはかなり大変そうだが、強きな対応を見せればその数は徐々に減っていくだろうな。
「それに伴って国内に蔓延る盗賊たちを軍を使って掃討することにした。ドラコニアからの賠償金を利用して密輸船の摘発と共に一気に進める予定だ。ニルブニカ王国でも盗賊が増えているようで協力しようという話も出ている。これで少しは治安回復に繋がればよいのだがな」
軍を使うとなると金もかかるし、隣国を刺激することにもなるだろう。それをドラコニアからの賠償金がある今のうちに、同じ問題を抱える隣国ニルブニカ王国と共に盗賊排除に乗り出す……長期的な計画になりそうだし本当に大変そうだ。
「上手くいくといいな」
「フフフ、そうだな。お主も盗賊には気をつけるのだぞ? ……いらぬ心配か」
巨大石像でもない限りは人化状態でも遅れを取ることはないだろう。俺も盗賊を見かけたら積極的に狩ることにしよう。
「そして最後に……イーシスの処遇についてだ」
イーシス殿下か……彼のしでかしたことを考えるとその罪は重いものになるかもしれない。現代日本においても内乱罪は死刑もしくは一生牢屋暮らしという重い罪だ。イーシアは一体どのような判断をくだしたのか……
「イーシスの罪については……ひとまず軟禁による行動制限にとどめた。ルサールや他の官僚とも協議して一応の納得は得た」
イルシプの法についてはよく知らないが……おそらく異例の処置なんだろうな。
「妾たちがイーシスとの交流を疎かにしたことで起きた事件でもある……イーシスを直ちに処刑したところで何の問題の解決にもならないだろう。むしろ【パトレイシア1世の悲劇】などという古い慣習を後押しすることになるかもしれん。それに……幸い宮殿内で収まったことで外部には及んでいない。そして死人も出ていない。……その後の扱いは徐々に経過観察をしていく中で判断していくことにした」
イーシアの言い分もわかる。それに弟の処刑なんて外聞もあまりよろしくないだろうしな。……ただ例外というのはつくるのに慎重になるべきだ。それがこのタイミングかどうかは……俺には判断つかないな。
「そっか」
「妾は甘いと思うか?」
イーシアが不安そうな表情で聞いてきた。まるで幼い少女のようだ。
まぁ、人によっては弟可愛さに処刑をしなかったと捉えるヤツもいるかもしれない。それにイーシス殿下がまた同じことをする可能性だってある。だが……
「……いいんじゃないか? イルシプの女王が決めたことだ。それが正しい判断になるかどうかは……これからのイーシアの頑張り次第だろう」
俺はその選択を肯定しよう。どうせどんな選択をしたところでダメなときはダメだ。それなら納得のいく方を選ぶべきだと思う。後の世でこの判断を好き勝手言う人間が出るかもしれないが、少なくとも俺は尊重しよう。
「そうか……そうだな……妾次第だな。その言葉、肝に銘じておくことにする。ノヴァスよ、感謝するぞ」
イーシアが噛み締めるようにそう言った。どこかスッキリしたというか……吹っ切れたような表情をしている。俺の言葉が役に立ったのであればなによりだ。
「まぁ、ほどほどにな。さて、これからどうしようかなぁ……」
いよいよここにとどまる理由もなくなったな。次の行き先についてどうするかなぁ……
「あ! ノヴァスよ、今夜は予定を空けておけ。行くべき場所があるのだ。せっかくだからお主もついてくるといい」
イーシアが思い出したかのようにそう言い出した。行くべき場所……何のことだろうか?
「ん? 別にいいけど……どこに行くんだ?」
「ふむ、そういえばお主は聞いていなかったのだな。それはだな…………」
イーシアからその内容について聞いた。
「あぁ、なるほど。パトレイシア・クレストでドンさんが言っていたヤツか。イーシアがなんでもいうことを聞いてくれるっていう。そういうことならわかった」
「……お主の場合はいつまでたっても何も希望を出さないからこちらで用意してしまったぞ」
なんでもいうことを聞くなんて言われたら優柔不断にもなるさ。俺は元々日本人だからな。
「そういえばそうだったな、すまん。……で、何を用意してくれたんだ?」
「フフフ、それはお楽しみということで……それでは妾は仕事に戻ることにする。時間をとらせてすまなかったな。また後で会おうぞ!」
イーシアがそう言ってシンディさんを伴い堂々と応接室を出て行った。その姿はいつの日か見た、美しくも頼もしい……完全無欠の女王そのものに感じられた。
今後のイルシプ王国の動静には注目だな。
さてと、思いがけない用事が急遽出来たわけだが……ここの出発は明日になるかな。
日が沈むまでまだまだ時間がある。それまでは精々最後のアルハンドラを楽しむとするか!
そんなことを考えながら俺も応接室を出た。
そしてアルハンドラの街を目指して駆け足気味に歩き出した。
その足取りは久方ぶりに軽やかであった。
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