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69 本音

 ◆◆◆



 ソルツの号令の後、玉座の間は爆風に包まれた。爆発の熱気が玉座にまで届く。物凄い破壊力だ。



 あれに巻き込まれたのであればノヴァスとやらは跡形もなく消し炭になっていることだろう。姉上は魔道具で身を固めているため辛うじて命はあるだろうが……無事では済まないはずだ。



 立ち込める煙を見ながら私は思う……終わってみれば案外呆気ないものだな。これまでは邪魔者を排すればいよいよ私の時代が来ると意気込んでいたものだが、いざその時が来ても然程気分が上がらないから不思議だ。



 まぁ、そんなこと今はどうでもいい。



 とりあえず今後は逃げたドン、シンディら此度の事情を知る者を指名手配にして捕らえる。地下牢にいるイルシプ兵らに顛末を伝え、改めて私に恭順するかを問う。姉上が存命のうちに王権を私へと移譲してもらい正式にイルシプ国王として即位する。やるべきことはたくさんある。



 若干の面倒臭さを覚えながらも私は玉座へと座り直し、これからのことについて思案を巡らす。おそらく私が国王即位の宣言をすればイルシプ内は荒れることだろう。



 だが考えはある。姉上に対する不信感を募らせるためにばら撒いた盗賊やならず者たちを撤退させるだけでも、私の名声は上がるはずだ。それからドラコニア帝国より軍事等の最新技術を取り入れ、歴代最強の国家へと導く。それを成し遂げれば私の脆弱な印象を払拭できることだろう。



 手始めにニルブニカ王国あたりから攻めようか……紛争の絶えないアウロフを屈服させるのも悪くないか……ソルツとも相談する必要があるな。



 ソルツからは未だに肝心の技術や具体的な言質を取り付けたわけではないのが少し気になるが、全てが済めば先に進むはずだ。焦ることはない。ここまでくれば成功は約束されたようなものだ。気長に構えることにしよう。



 ソルツも私が面倒なことをする必要がないと言っていたしな。精々、高みの見物でもさせてもらおう。



 そんなことを考えていると魔導機杖による爆撃の煙が徐々に晴れてきた。真っ赤な絨毯は真っ黒に焼け焦げ、後ろの壁も焦げついており扉に関しては吹き飛んでしまっている。まったく……私の玉座の間をこんなにめちゃくちゃにしおって。まずはここの改修から始めなくてはいけないな。



 そして煙が完全に晴れた。さて、然程面白いものでもないだろうが一応確認くらいしておくか。



 「お、おい……」「これは……」「まじかよ……」「こいつら……」「どうなってる……」



 ……なにやら兵士どもがザワついているがよほど酷い状態なのかもしれないな。私は姉上とノヴァスがいた場所に視線を向ける。



 そこには無様に焼け焦げた2つの死体...…



 「いやぁ...…流石にビビったわ...…なんとか無事だな...…」



 「い、生きておる...…」



 ではなく、無事な2人の姿があった。



 ............



 「...…はぁ!?」



 私は思わず声を荒げてしまった。過去の大戦で猛威を振るったという兵器による集中砲火を浴びせたのではないのか...…いや、この玉座の間の惨状を見ればその威力は十分に理解できるのだが...…それなら何故あいつらが無事なのだ!?



 「咄嗟に思いついて盾にしてみたんだが...…どうやら正解だったみたいだな」



 「なんだそれ...…卵の殻の破片か..….?」



 姉上とノヴァスが何か話しているが...…たしかにノヴァスの手には卵の殻のようなものがある。だが、あんなふざけたもので魔導機杖とかいう兵器の砲火を防げるはずがない。まさかそれ以上に強力な防御の魔道具でも持っていたのか...…? いや...…



 「ソルツッ! これはどういうことだっ! まったく効いていないではないか!」



 私はソルツに向かって怒鳴り散らしてやった。きっとソルツらドラコニア兵の持っている兵器が実は大したことがないのだろう。そうでなければこの状況を説明することができない。そうなると私が殺せと命じたにも関わらず出し惜しみをしたということになるが...…この私を舐めているのか..….?



 「馬鹿な...…いくらイーシア様が防御系の魔道具を身につけているからといってここまで無傷なはずがない...…これは一体...…」



 ソルツが何か言い訳をしているがなんとも往生際の悪いやつだ。私の命令が遂行できないのであれば、どれだけ凄い兵器でも意味がない。私はこいつらドラコニア人を過大評価していたのかもしれん...…



 「ごちゃごちゃうるさい! さっさとそいつらをどうにかしろっ! この役立たずがっ!」



 「...…申し訳ございません。直ちに制圧いたします。...…総員っ! 剣を構えろっ!」



 ソルツがそう言うとドラコニア兵たちが魔導機杖をしまい、腰に差している剣を一斉に抜いた。そして姉上とノヴァスを取り囲むように配置につく。



 「おい..….何故剣を構えている。先ほどの兵器はどうした...…?」



 私は疑問に思いソルツに尋ねた。何故もう一度あの兵器を使わない?



 「カテナログ4式魔導機杖は威力は凄まじいですが、その分魔力充填に時間がかかります...…実際の軍事作戦ではありったけの魔核を使って短縮しますがこの場では...…」



 「フンッ、使えんな。ドラコニア帝国もこの程度の技術力で威張っていたのか...…滑稽だな」



 「...…申し訳ございません」



 ソルツはそれだけ言って姉上とノヴァスの方に向き直る。不満そうな態度を隠そうともしていないな。所詮こいつもこの程度の人間か...…まぁ、これほどの人数が相手ならあの2人も簡単に取り押さえられるだろう。面倒なことは後で考えればよい。今はさっさと目の前のことを終わらせるべきだな。



 私はイライラする心を抑え、視線の先にいる忌々しい2人組を睨みつけながら玉座に深く座り直した。



 ◆◆◆



 いやぁ..….焦ったわ。



 戦争に使われるような兵器を向けられたって事実だけでも恐ろしいのに、実際に攻撃してきたんだからそれは焦った。



 何か防ぐ手立てはないか必死に脳をフル回転させていたのだが……そのおかげであることを思い出したのだ。



 それは俺が入っていた卵の殻だ。



 基本的に鏡としてしか使わないので忘れていたのだが、この卵の殻は俺のことをずっと外敵から守り続けた代物なのだ。銀風の牙の(おさ)...…えーっと、キバ(よし)が攻撃してもビクともしないと言っていたのを間一髪で思い出して凄い防御能力があるんじゃないかと咄嗟に空間収納から取り出して正面に構えたのだが...…見事に魔導機杖の集中砲火から俺とイーシアを守り抜いてしまったというわけだ。



 まさかこれほどの性能を持っているとは思わなかったぜ。巨大石像との戦いでもこれがあればもう少し楽に戦いを進めることができたかもしれなかったな。



 ...…まぁ、もしかしたらこの卵の殻だけではなくイーシアが身につけている防御系の魔道具や俺の鱗や牙を素材にしたマント、ローブがあってこその結果かもしれないので過信するのはやめておいた方がいいか...…



 何はともあれ魔導機杖とかいう兵器の対処法はこれで何とかなるだろう。これをずっと前に構えとけば時間稼ぎとしては十分だろう。よしっ! どんどん撃ってこい!



 「ノヴァスよ、ヤツら剣を抜きおったぞ」



 「え? …...あ、本当だ。なんだよ、せっかく楽できると思ってたのに...…」



 気付けば既にドラコニア兵たちが魔導機杖をしまい剣を俺らに向けて構えている。そして逃げ道を塞ぐかのように俺たちを囲んでいる。



 白兵戦となるとただ突っ立っているわけにはいかないし、これだけ大勢の人間相手に戦うのは初めてだ。上手く立ち回る必要があるだろう。俺は卵の殻をカバンの中に手を突っ込むふりをしながら空間収納にしまう。



 「...…どんな方法で防いだか知りませんが...…後でじっくり吐いてもらいましょう。命乞いをするなら今のうちですよ? 少しは腕に自信があるかもしれないですが、この人数相手にはどうすることもできないはず..….」



 ソルツ外交武官が俺たちを囲むドラコニア兵らから一歩引いた場所にてそう言った。さっきまでは殺されそうだったのに今となっては命は助かるかもしれないのか...…まぁ大人しく従う気はないがな。



 「悪いが命乞いはしない! むしろ手加減してやるから安心してかかってこい」



 俺は初めて人化したときに5種族の(おさ)どもの集中攻撃を躱し続けた経験がある。戦闘技術はまだまだかもしれないが、こいつらの攻撃を避けることなら容易いだろう。ここにいるドラコニア兵たちが5種族の(おさ)どもより強いとは思えないからな。



 「...…そうですか。では腕の1、2本ぐらいは覚悟してもらいましょうか。...…総員っ! かかれっ!」



 ソルツ外交武官の掛け声が合図となり周囲のドラコニア兵たちが一斉に斬り掛かってきた。



 「イーシア、しっかり捕まっとけ! 振り落とされるなよっ!」



 俺はイーシアの手を縛っていた縄を引きちぎり、そのまま背負った。久しぶりのドラゴンライダー(おんぶ)モードである。



 「おっと...…うむ、頼んだ! やりすぎるでないぞ! …...できればドラゴンの状態で乗りたかったのぅ...…」



 ん? イーシアが最後に何か呟いていたが聞こえなかったので気にしないでおこう。とりあえずイーシアが俺の首にしがみついたので準備は完了だ。



 こちらから積極的に攻撃を仕掛ける気はない。玉座の間にのさばる反逆者どもを制圧するのは正規のイルシプ兵の役目だからな。ドンさんが彼らを解放してここに辿り着くまでの間、精々時間稼ぎに徹するとしよう。



 俺は両手でファイティングポーズをとる。スタイルはいつも通り...…オーソドックスだ。



 ◆◆◆



 何がどうなっているのだ...…



 「こ、こいつ...…!?」「ちょこまかと鬱陶しい!」「攻撃が当たらん...…」「おのれ冒険者ごときが!」「舐めた真似を..….!」



 これだけの兵士が一斉に斬り掛かっておいて、何故いまだに取り押さえることすらできていないのだ...…



 ノヴァスは姉上を背負った状態でドラコニア兵たちの攻撃を躱し続けている。凄い勢いで動き回っているため背中にいる姉上は今にも振り落とされそうになっているが、ドラコニア兵たちもまたその動きに対応ができていない。



 すっかり包囲陣形は乱れてしまっており、一向に決着がつく気配がない。それにノヴァスはドラコニア兵に対して攻撃行為をする素振りもみせずに逃げ続けている。



 一見、情けないようにも見えるがその割には余裕そうで...…まるで手加減をされているかのようだ。



 「ソルツッ! 貴様らはたった2人相手にいつまで遊んでいるつもりだっ!」



 私は険しい表情をしているソルツに向けて怒鳴った。



 「............」



 しかしソルツは私の言葉に反応することはなく、ただ目の前の光景を苛立たしそうに見ているだけだ。こいつ私のことを無視したな...…



 「貴様...…この私を無視するとはいい度胸だな...…私が王権を握った(あかつき)には重要な役職を任せようと思っていたが、考え直す必要が...…」



 私は今一度立ち上がりソルツに向けて怒鳴り散らそうとしたが……



 「...…黙れ、劣等人種の無能が...…」



 ソルツによって遮られてしまった。それは今まで聞いたこともない罵倒であった。



 「...…は? 今のは私に対する言葉か? …...貴様っ! 誰に向かって...…」



 「お前が王権を握ったところで、人事の差配に...…いや、政治を含めたあらゆることに関わることはない。そもそもお前に期待していることなど何もない。ただ黙って玉座にふんぞり返っていればそれでいい」



 ソルツはそう言いながら私の方に振り返った。その表情は酷く冷たいものであった。



 「なっ...…貴様が...…私こそがイルシプ王に相応しいと言ったのではないか!」



 「お前のような世間知らずの能無しが国王である方が傀儡にするのに都合がいいからな。機嫌を取るために優しくしていればいい気になりやがって...…これは逆らう気も起きないように徹底的に痛めつける必要がありそうだな...…」



 ソルツはわかりやすく私のことを見下(みくだ)している。まるで同じ人間とは思っていないかのように……



 「そ、そんな...…それでは、イルシプをより強大な国にするというのは...…」



 「あくまでドラコニア帝国主導で行う。すべてはドラコニア帝国が南方大陸で自由に行動するための建前なんだからな。お前らの事情など知ったことか。仮初の王位で満足しておけ」



 なんだ、それは……それでは姉上の言った通りではないか...…私は本当にただ利用されていただけ...…



 私は踊らされていたのか、そう理解した瞬間に身体中の力が抜けてしまった。そのまま崩れるように地面に座り込んだ。今になってとてつもない後悔の念に襲われるが……もう遅い。



 ...…思えば私は少し浮かれていたのかもしれない。基本的に誰からも相手にされない私にドラコニア帝国という大国の外交官が上手い話を持ってきた時点で怪しむべきだったのだ。私が話に飛びついて舞い上がっている(さま)はドラコニア人からしたらさぞ滑稽であっただろうな。



 血筋だけは確かな私のやることに周囲の人間は煙たがりながらも何も言うことはなかったし姉上も私にそこまで干渉しようとはしなかった……なによりあのドラコニア人に頼られたという事実に盲目的になってしまったようだ……



 こんなことになるのであれば姉上やルサールらに相談すべきだったのか...…いや、それは無理だな。



 いつからだったか、周りの人間と素直に会話できなくなったのは...…



 「フッ、今更そんなことを考えても手遅れか...…」



 「ったく、お前なんかの相手をしている余裕はないんだ。今はあの2人をどうにかせねば...…って!? これは...…!?」



 突如、ソルツが驚愕したような声を発した。私はソルツが見ている方向に視線をやると...…



 「待たせたな、ノヴァスよ! 少し時間がかかってしまったが...…なんとか捕らえられていたイルシプ兵らを解放して連れてきたぞ!」



 「ご無事ですか! 女王陛下!」



 「貴様らぁ! この間はよくもやってくれたなぁ...…人質さえいなければこっちのもんよ! 勇敢なるイルシプ兵よ! この反逆者どもを捕えろっ!」



 「「「「「うおぉぉぉぉ!!!」」」」」



 そこには先ほど玉座の間から逃げていったドンにシンディ、そして地下牢に叩き込んだはずのルサールや姉上派のイルシプ兵たちが溢れかえっていた。



 「こいつら強いぞ!」「なんて馬鹿力だ!」「この脳筋集団がぁ!」「ぐはっ...…」「おのれイルシプ人め...…」



 「誰1人として逃すなぁ!」「ドラコニアの軟弱者がぁ!」「この程度か!」「まったく、張り合いのない!」「オモチャに頼っているからこうなるのだ!」



 突然の事態にドラコニア兵たちも戸惑ってしまい、その隙に玉座の間に雪崩れ込んできたイルシプ兵らに次々と制圧されていった。



 「くそっ! 放せっ! …...こんなことをして許されるとでも思っているのかぁ! 五大帝国の一角であるドラコニア帝国を敵に回すことになるぞ!」



 ソルツも例外ではなく他のドラコニア兵同様取り押さえらていた。



 ドラコニア兵も弱いわけではないのだろうが近代的な戦闘に慣れている中央大陸の国家とまだまだ前時代的な手法を取る南方大陸の国家とでは兵の白兵戦能力に差があるようだ。その光景を見て気持ちが少し晴れたような気分になるから不思議だ……



 「すべては上手くいっていたのだ...…それもこれも……全部お前のせいだ! イーシス! お前が焦って行動を起こした結果がこれだ! この無能の役立たずがぁ!」



 ソルツがなりふり構わずに私を罵倒する。今まで私に聞こえのいい言葉を発していた男が今では私のことを口汚く罵っている。これでも信頼していたつもりだったのだが……この程度の関係だったというわけか。虚しいものだな。



 そしていつの間にか私の周囲を多くの人間が囲んでいた。ルサールに他のイルシプ兵たち、シンディにドンにノヴァス、そして...…



 「姉上...…」



 目の前には姉上がいた。すっかり玉座の間は姉上たちに掌握されたようだ。



 「イーシスよ...…大人しく縄につくのだ...…」



 ここまでのようだな...…



 私を見下ろす姉上はどこか申し訳なさそうな表情をしている。今更何故そんな表情をしているのか私にはよくわからない。だが、そんな表情をする理由がとても気になる。



 まぁ、それを尋ねるような機会が今後訪れるはずもないか...…



 これほどの事態を引き起こした私にこの先待っているのはその罪に相応しい刑の執行だ。できれば苦しむことなく一思(ひとおも)いに処刑してくれれば気が楽なのだが...…既にそれを(こいねが)う立場にはないか...…



 私は特に抵抗することなくイルシプ兵らに捕らえられた。



 こうして私のイルシプ王位簒奪は失敗に終わった。



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