66 手記
俺はイーシアと倒れているドンさんを置いて周囲を散策している。
おそらくだが巨大石像の中から出てきたあの本とナイフ……イーシアのお目当てのものだろう。そして巨大石像も既に破壊された。
このパトレイシア・クレストでやるべきことは終わったということだ。まぁドンさんは自分が意識を失っている間に全てが終わってしまったことに悔しい思いを抱くかもしれんが……仕方がないな。
あの巨大石像はマジで強かった。帰らずの森にいるどの魔物よりも圧倒的に……人間にどうにかできる存在ではなかっただろう。イーシアが現れてからの暴走状態は特にな。……まぁ、こんな場所で懐かしのドラゴンの姿に戻るとは思わなかったがな。
俺は久しぶりのドラゴン状態に思わずテンションが上がりすぎてうっかり必要のない破壊行為までしてしまった。巨大石像だけでなくこの広大な空間を好き勝手暴れ回ったせいで、すっかりボロボロになってしまった。柱は崩壊し、天井も地面も表面が崩れ落ちている。崩落しないのが不思議なくらいだ……
そのせいであれだけあった財宝は軒並み瓦礫に埋もれてしまったようで、どこにも見当たらない。掘り起こすのは流石に面倒なのでこうして無事なものがないか探し回っているのだが……成果は芳しくない。
財宝は諦めるとするか。こういう採掘作業なら他の冒険者にもできるだろう。いつか有望な冒険者チームがきっと成し遂げてくれるはずだ。
俺は空間内の観察をするため改めて周囲を見渡した。それにしても凄い場所だよなぁ。あれだけ暴れて崩落しないのもそうだが、古の時代にこんなものを建造するなど考えられない。
もはや魔法の領域だろう。昔の人間は魔法が使えたのだろうか。もしもそうならその技術は途絶えてしまったのだろうか。疑問は絶えないな。
まぁ巨大石像はいなくなったし、考古学者的な存在の研究もこれから進むかもしれない。それを気長に待つ方がいいか。
そんなことを考えながら歩いていると壁際までたどり着いた。
遠くからはハッキリと見えなかったが、壁際には何やら複雑な彫刻が施されているようだな。うーん、よく見ると仰々しい見た目のプレートアーマーのような鎧の彫刻が無数に壁に並んでいるようだな。まるで、先ほどまで戦っていた巨大石像がたくさんいるようだな……
……………………え?
これ全部あいつと一緒? だとしたら流石にちょっと肝が冷えるのだが。俺は念のためジックリ観察する。あの巨大石像のように血に塗れたものはないようだが……
うん、どうにも動き出すようには見えないな。この彫刻はさしずめ巨大地下神殿の財宝を守る兵馬俑的な存在だろう。そう思い込むことにした。この数の巨大石像が襲ってきたら面倒すぎるからな。
あの巨大石像に関しては何かしらの要因で魔物化してしまったのだろう。魔力濃度の高い場所ではそういった不思議な現象が起きるということだし、何かしらの要素が積み重なって発生したイレギュラーであることを願おう。
結構長い間散策したことだし、そろそろイーシアたちの元に戻るか。後は帰還するだけだし、行きよりは気楽だ。
あ、そうだ。イーシアに俺がドラゴンであることがバレてしまったのだった。本人は言いふらしたりしないと言っていたから大丈夫だろうが……少し迂闊だったな。ドンさんにバレなかったのは不幸中の幸いだが。
まぁ、とりあえず合流してしまうか。
俺は少し駆け足でイーシアたちのいる場所を目指した。
◇◇◇
「おぉ! ノヴァスッ!」
「お、ドンさん。目が覚めたか」
俺がイーシアたちの元に戻ると、バラバラに砕け散った巨大石像に、本とナイフを抱えながら目を瞑って何かを思案しているイーシア、そして目が覚めてストレッチをしているドンさんがいた。
「ノヴァスよ! おれが倒れている間にお前が倒してくれたようだな! やはりお前を頼ってよかったぞ!」
イーシアから聞いたのだろうか? 既に状況は把握しているようだ。
「まぁドンさんがいなければイーシアも危なかったし、お互いに頑張ったってことでいいだろ」
「ハッハッハ! そう言ってくれると救われるぞ! おれもいつかお前ほどの高みに至るために精進しなければな!」
ドンさんは十分今のままで化け物だと思うがな。あの巨大石像みたいなイレギュラーは冒険者チームではなく、それこそ人間の軍隊で挑むべきものだろう。相手が悪かったのだ。
「まぁほどほどに頑張れよ。それより、その足元のって……」
俺はドンさんの足元に置かれている剣、杖、短剣に目をやった。それぞれ錆びていたり、折れていたりと酷い状態だ。
「あぁ、おれも少し近辺を散策していてな。瓦礫をかき分けて進んでいたら偶然見つけたのだ。これはあいつらのものだ。間違えるはずもない。これしか見つからなかったが、見つけられてよかった……」
ドンさんは感無量といった感じで床に置いてあった形見の装備品らを抱えながらそう言った。もしかしたらそれも目的の一つだったのかもな。探しにくくしてごめんな……
「それはよかった……それでイーシアのやつは一体どうしたんだ?」
さっきから一言も喋らずに目を閉じて座っているのだが……
「どうやら気持ちの整理をつけているようだぞ。あの本はパトレイシア1世の弟パトレイシスの手記とのことではないか。何か思うところがあるのではないか?」
ドンさんが形見の装備品をカバンにしまいながらそう言った。
えーっと、たしかパトレイシア・パトレイシス姉弟とイーシア・イーシス姉弟とでは優秀で国民に慕われている姉と平凡で国民に蔑ろにされている弟という共通点がある。そして姉は弟に同情や憐憫の気持ちを抱き、弟は姉に嫉妬や劣等感を抱いている。
弟イーシスと碌にコミュニケーションが取れていない姉イーシアは弟の気持ちを理解する一助となると信じてここまでやってきた。そして諸に気持ちが書き連ねてあるだろうパトレイシスの手記に目を通した結果……現在の状態になっているということか。
なんと言うか……回りくどいな。もしも俺がイーシスの立場なら、自分の気持ちを理解するために姉がパトレイシア・クレストの地中深くまで行ったと知ったらドン引きしそうだけどな……
「それにあの巨大石像はパトレイシスの怨念とのことではないか! まさかそんな超常現象を目にするとは思わなかったぞ!」
「まぁ、本当にそうかはわからないけどな。ただイーシアをパトレイシア1世と勘違いして襲ってきたのがそれっぽかっただけで。……だが、もしそうだとしらイルシプ人が尊敬するパトレイシア1世と間違えられるなんてイーシアはよっぽど似ていたのかもな。よかったな」
俺がそう言うと、イーシアはピクリと動きゆっくりとこちらを振り返った。その表情は嬉しそう……ではなく何とも微妙な表情であった。
「あれ、なんか複雑そうだな。どうかしたか?」
「いや……帰り道で話そう……」
ふむ、どうにも様子がおかしいな。俺はパトレイシスの手記であることを確認するためにザッと目を通しただけなので何が書いてあったか知らないのだが……
「そういうことならひとまずはここから抜け出すか」
「うむ、そうしよう」
「あぁ! 帰り道に出てくる魔物は全ておれに任せてくれ! 巨大石像との戦いで意識を失ってしまったからな! ノヴァスとイーシアはしっかりと休んでくれ!」
「いや、そうはいかんだろ」
戦いの最中に気を失ったことを気にしているのか? あんま無茶しないでくれ。
そして俺たちは広大な空間を出ようとしたが、ふと俺は足を止めて振り返り巨大石像に対して手を合わせた。
「ん? ノヴァス、お主何をしておるのだ?」
「何か忘れ物か?」
イーシアとドンさんも突然の俺の行動に疑問を抱いているようだ。
「いや、もしも本当に怨念だとしたら長い間大変だったなぁと思って。一応、成仏できるように祈っておこうと……」
あんな危険な存在にはさっさとこの世から退場してもらいたいしな。
「ふむ、意外に信心深いのだな。妾も祈ろう」
「たしかに大変だったかもしれないな……よしっ! 決着は既についたのだ! 恨みはあれど……おれも祈ろう!」
その後イーシアとドンさんもしばらくの間祈り、それが終わると俺たちは広大な空間を後にした。
◇◇◇
「うぉぉぉぉっ! くらえっ!」
「ゴガッ……」バキバキバキッ!
俺たちは行きと同様の配置で地上を目指し深層を進んでいる。相変わらず不快な環境ではあるのだが、帰りということで幾分か気持ちが楽だ。
さらに前方に視線を向けるとドンさんが襲いくる魔物を打ち倒しまくっている。先ほどの宣言からしても気合が十分に入っているようだ。時折イーシアが魔術で援護をしつつ、俺たちは順調に出口に向けて進めているというわけだ。
「それでイーシア、あの手記には何が書いてあったんだ?」
俺は前を歩くイーシアにそう尋ねた。
「あぁ、その……なんだ」
イーシアはバツの悪そうな顔で言いあぐねている。なんとも歯切れが悪いというか……らしくないな。そんなに言いにくい内容が書いてあったのか?
「言いにくいようなら手記をもう一回見せてくれ。多分読めるから」
イーシアは少しの間悩み、観念したように手記を手渡してきた。俺は本を開き、中身を確認した。
うわぁ、まじでボロボロじゃん。まぁ形が残っているだけでも奇跡みたいなもんか。えーっと、どれどれ……
【パトレイシア、あの女は悪魔だ。民衆は皆騙されている。少しばかり戦や腕っ節が強いからといって盲目的に崇め奉っているが、それは全てまやかしだ。私だけが知っている。あの女がどれだけ横暴で残虐かを。あの女はその一面を決して外に漏らさない。だから皆気づくことができない。私の精神はもう限界だ。いつ何をしでかすかわからない。誰か私を救ってくれ】
何やらパトレイシスはパトレイシア1世にとんでもない恨みがあるようだな。
【今日も私は尊厳を踏み躙られた。宮殿内の一室。誰も入ることのできない閉ざされた空間にて男としての尊厳を踏み躙られた。我々イルシプの男は強くあることを第一と考える民族だ。それにも関わらず私はパトレイシアに※※※※※させられた】
………………ん?
【パトレイシアは弟を執拗に愛する変態だ。筋骨隆々とした頼れる男に対して過度な嫌悪感を抱き、可愛らしい女のような男に興奮をする化け物だ。私が少しでも※※※※※※素振りを見せようものなら憤怒の形相で全身を痛めつけ、※※※※※※※するほどだ。それが恐ろしく私はいつまでたってもナヨナヨしたままだ。そのせいで民衆には男らしくない、情けない、頼りないと馬鹿にされる始末だ】
えっと…………
【それから私が少しでも役に立とうと何か行動を起こそうものなら『そんなことをする必要はない。面倒なことは妾が全てやる。お前はそこにいてくれるだけでいい。』と言って、何もさせてくれない。私に仕事を持ちかけて来た者を速攻クビにしてしまうほどに徹底していた。そのおかげで民衆からは怠け者、無能と罵倒された】
…………最後の方だけ読むか。
【とうとうパトレイシアを殺した。あの女から贈られたナイフで。私の前では油断していたので思いの外、容易であったが死の間際に『最愛の弟の手にかかるのならば本望。』と言い残し、この世を去った。最後まで気色の悪い女であった。これから私はこの国を変える。私のような者が生まれない素晴らしい国を。きっと同調してくれる者もいるはずだ。私の人生はここから始まるのだ】
………………。
【……私はこの巨大地下神殿の奥深い場所にてパトレイシアを殺したナイフで死ぬことにした。もう疲れた。この手記を手に入れた者はどうかこれまで私が書き連ねた事実を白日の下に晒してくれると嬉しく思う。無知蒙昧なイルシプの民族に呪いあれ。悪魔パトレイシアには終わることのない苦しみを。イルシプの地に永劫の災いあれ】
俺は本を閉じた。
「ごめん、気分が悪くなった……」
「お主もか……」
イーシアも読み終わった後、俺と同じ気持ちだったのか……
「これが事実ならパトレイシス君もそりゃ化けて出るわ。てかパトレイシア1世ヤバすぎるだろ……とんでもない暴君じゃねぇか」
「英雄とは時代が創るものだ。荒れていたイルシプの地をまとめ上げたこと自体は他に並ぶ者もない偉業なのだが……そのせいで負の側面が目立たなかったのかもしれん。この手記によるとパトレイシア1世は取り繕うのが上手かったようだしな……」
「……イーシアってもしかして、イーシスに同じようなことを……」
「するわけないだろ!? お主、それは侮辱であるぞ! 妾とパトレイシア1世を一緒にするでない!」
イーシアが必死に否定している。よかった、これを異常と思える感性を持っているようで。
「悪い悪い。それで、参考になったか……?」
「妾とイーシスの関係はこれに比べれば大分マシだと思う……そういう意味では参考になったかもしれん……」
もはやこのレベルまでいくと修復不可能だろうが、イーシアとイーシス殿下はここまではいっていないようで安心した。
「ふぅ〜、いい汗かいたぜ! ……おーい、2人とも深刻そうな顔してどうしたんだ?」
ドンさんが魔物を倒し終えたようだ。今までの会話は聞こえていなかったようだな。
「おぅ、大丈夫だ! ……で、この事実を公開するのか?」
俺はドンさんに返事をしてからイーシアに小声でそう聞いた。
「……いずれすべきであろうな。ただ、時期を見誤ればイルシプ王室に対する不信感を強めるだけになるかもしれん。なんとも悩ましいことだ……」
まぁ、今更感あるよな。こういうのは時間が経つにつれ徐々に理解が広まるのを待つ方がいいのかもしれないな。古くから伝わる慣習ってのは直ちに是正できるようなものでもないだろう。俺の前世の世界でも王家の不祥事というのは革命にまで発展したしな。
「とりあえずイルシプ王家で代々語り継いでいくことにしとけばいいんじゃないか? いつかこの手記を公開しても大丈夫な時代が来るかもしれない。その時代をつくるためにイーシアは今まで以上に頑張る必要があるけどな!」
そもそもこの手記の内容が全面的に正しい保証もないしな。
「……事実を隠蔽するようで情けなく思うが、致し方あるまいか。ノヴァスよ、礼を言うぞ。妾にできること……まず第一歩としてイーシスとの対話を成功させねばな!」
今のイルシプは筋肉マッチョばかりで暑苦しいしな。イーシアには是非頑張ってもらおう。……俺もイーシス殿下にはもう少し優しくしようかな。
ひとまず俺たちの冒険の目的は達成した。何かが解決したわけでもないが、とりあえずは首都アルハンドラに戻ろう。
俺とイーシアは気持ちを切り替えてドンさんと共に魔物を倒しつつ地上を目指した。
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